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日本の流行は「世界最悪」なのか? 変化している検査戦略

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
筆者撮影

ここのところ、テレビメディアなどで「世界の先進国において、現在、日本がもっとも流行している。最悪だ!」との論評が定着しかけているようです。これは本当なのでしょうか? ちょっと雑だなと感じるところもあり、少しだけコメントいたします。

まず、実際のサーベイランス情報を確認してみましょう。

各国が公開している陽性者数をもとに、7月25日の週の人口10万人あたり感染者数を計算してみました(国内比較のために都道府県別も入れています)。すると、日本は1,113人となり韓国 1,118人よりわずかに下回るものの、ドイツ 624人、フランス 571人、アメリカ 275人、イギリス 136人と比すれば、かなり高い値です。たしかに、日本で大きな流行が生じているように見えます。

筆者作図
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ただし、各国が公表する陽性者数を比較するためには、そもそも誰に検査を行っているのか、あるいは検査陽性者を報告しているのか・・・ を揃えなければなりません。それができないのであれば(できないわけですが)、どのようなバイアス(偏り)があるのかを理解して、データを読むことが求められます。

そこで、欧州CDCが4月27日に公表した"Transitioning beyond the acute phase of the COVID-19 pandemic"というレポートをみてみましょう。そのなかに「検査戦略」というセクションがあり、以下のように報告していました。

1)多くの国々は、現在、ハイリスク者集団やハイリスク者集団と接触する人々を含む特定のターゲットグループに検査活動を集中させ、無症状/軽症例とその接触者の検査にはあまり重点を置いていない。

2)検査対象となるグループとは、医療従事者、ハイリスク者と接触する人、医療機関や高齢者施設などハイリスク者がいる環境、ハイリスク者、65歳以上の人々である。一部の国では、接触者検査、接触者追跡、隔離を継続しているが、大半の国では、無症状 / 軽症例については実施せず、ときにワクチンの有無で区別する方向へと移行している。ある国では、現在、症状のある人にのみ検査を推奨しており、65歳以上またはハイリスク者(妊娠を含む)にのみ必要としている。

3)症状のある非リスク群や医療環境外の人々の検査には重点を置いていないが、公衆衛生サーベイランスの目的で、外来部門や急性・慢性期の医療環境における有症状者の監視サーベイランスの維持とさらなる拡大のための投資が継続されている。

4)こうした検査方法の結果、現状では、全体の検査量が少なくなっており、自己検査や迅速抗原検査が多く、そのため陽性率の解釈が難しいという共通の特徴がある。

要は、リスクの低い若者に検査をしなくなっているわけですね。実のところ、無症状者への検査を積極的にしている国は稀でしょう。もちろん、希望者への検査アクセスを閉じているとは限りません。ただ、中国のように、強制検査をしているわけではなく、希望しなければ検査は行われないわけで・・・ たとえばイギリスのように、インフルエンザと一緒と言い切っている国において、あえて若者が検査を受ける理由は失われているはずです。

また、検査陽性者が報告されているのか・・・ というバイアスもあります。いま、世界的に抗原検査キットを用いた自己検査が急速に普及していますが、一部の国を除いて、こうした自己検査の陽性者は報告対象になっていません。もはや全数報告など形骸化しているのですね。

これは国内においても同じです。

たとえば沖縄県では、今年の1月から抗原検査陽性者登録センターというものを立ち上げ、簡便にオンライン上で報告できるようにしています。また、小学生から高校生まで、発症したら無料で家族分も含めて抗原検査キットを郵送しています

この制度により現在、1日に1000件弱の報告をいただいています。一方、こうした制度がない自治体では、医療機関に行かなければ報告に乗らないわけで、当然ながら報告数に差が生じているはずです。いろんなところにバイアスってあるのです。

では、実際に流行している規模を推定する方法はあるでしょうか?

ひとつ目安になるのは、人口10万人あたり死亡者数をみるという方法があります。もちろん、死亡報告にもバイアスはありますが、先進諸国であれば、コロナ感染が確認されて死亡している症例は、ほぼ報告に乗っているものと考えられます。ただ、感染から死亡までは10日ほどの遅れがあるので、リアルタイムの流行状況とは言い切れないことは留意すべき点です。

各国が公表している7月25日の週の死亡数をもとに、人口10万人あたりで計算をしてみました。すると、日本 0.60人に対して、韓国 0.35人と、さすがに韓国、今でも徹底して検査をやっているようですね。日本よりも陽性者数は多いですが、実際は日本の方が流行していると推察されます。一方、アメリカ 0.93人、ドイツ 0.94人、フランス 0.97人、イギリス 1.81人と高い死亡率を認めています。

筆者作図
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もちろん、日本の死亡率が低い背景には、医療アクセスの良さ(裏返すと医療崩壊しやすい)、抗ウイルス薬などの医療費が無料であること、ワクチン接種率の高さなどもあると思います。一概に、欧米と比して流行していないから死亡者が少ない・・・ とは言えません。

ただ、報告される陽性者数だけをみて、「日本が世界で一番流行している」と安易に論評すべきではなさそうです。繰り返しますが、自己検査が普及している時点で、もはや国内でも全数報告は形骸化しています。報告される陽性者数により、トレンドを追う意義はありますが、他との比較は難しくなっています。

大切なことは、周囲をキョロキョロして一喜一憂するのではなく、私たちの社会が何を目標としており、それをサポートする検査戦略をどうするのか、そして、その報告方法をどうすべきかを決めることだと思います。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミック対策や地域医療構想の策定支援に従事してきたほか、現在は規制改革推進会議(内閣府)の専門委員として制度改革に取り組んでいる。臨床では、沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また、同院に地域ケア科を立ち上げ、主として急性期や終末期の在宅医療に取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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