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医療から介護へのタスク・シフト 日本式介護は輸出できるか?

高山義浩沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科
(写真:イメージマート)

急速な高齢化の進行に伴って、医療と介護の連携強化が喫緊の課題となっています。そうしたなかで医療から介護へのタスク・シフトを積極的に推進していく必要があります。しかしながら、日本では、医療的な処置について過度な規制があるため十分に進んでいません。

今月26日、私が専門委員を務めている規制改革推進会議(内閣府)のワーキンググループが開催されました(動画はこちら)。テーマは「介護現場におけるタスク・シフト/シェアの推進について」でした。特定非営利活動法人あやの里の岡元奈央さん、社会福祉法人小田原福祉会の時田佳代子さんと連名で意見書を提出いたしました(意見書はこちら)。

ここでは、提出した意見書に基づいて、書ききれなかったところも含め、この問題について考えてみたいと思います。

介護職員が実施できる処置の見直し

利用者本位の観点から、介護職が日常的に実施できる処置を見直していく必要があります。現状では、介護職でも実施可能であるはずの処置について、多くの制限がかけられているため、適切なタイミングでのケアが提供できず、暮らしを支えることができていません。

信じがたいことですが、薬のシートから錠剤やカプセルを取り出すことは医療行為とされており、介護職が行うことは認められていません。爪切りも水虫があるとダメです。傷のある皮膚にガーゼを当てることも認められません。一般家庭であれば、家族が日常的に行っていることなのに、ケアの専門職であるはずの介護職に認められていないのは不合理です。

私たちは、安全に関するリスクが少なく、状況判断が容易であって、特段の知識や技術を必要としないのであれば、介護職が処置することも認めていくべきではないかと提案しました。高齢化が急速に進展して、人手が足りなくなっていくなかで、規制を柔軟化していかないと地域ケアが持ちこたえられません。

何かあれば、医師や看護師を呼び出せるほど、地域医療は潤沢ではなくなっているのです。これまでどうであったかにこだわり過ぎず、現実はどのように進んでいるのか、これからどうすべきなのかという視点が必要です。そうしなければ、地域包括ケアの推進は掛け声ばかりとなってしまいます。

介護職を対象とする教育環境の整備

介護職が、医療的な処置を安全に実施するため、わかりやすい手順書を作成しておく必要があります。この手順書では、介護職が自ら判断すべき場面を最小限にして、実施が認められる条件、使用する器材、具体的な手順、観察すべき項目、異常時の対応などを明確にします。

手順書だけでは手技の体得が難しい場合には、研修プログラムを整備して、体系的な教育環境を整えることが必要になります。インスリン注射や血糖チェック、在宅酸素の流量調節といったことが想起されます。もちろん、医師の(事前)指示に基づいて実施されるべきことは看護師と変わりありません。

すでに喀痰吸引や経管栄養については、介護職が実施することが認められており、2012年から研修制度も始まっています。ただし、講義時間は合計50時間にもなり(実施主体にもよりますが)10万円以上もの参加費が必要となります。これではとても普及することはできないでしょう。

タスクシフトの障壁を高めるのではなく、短期間で修了できる実践的なプログラムとして研修体系を再検討いただければと思います。実際のところ、解剖学や生理学まで学んでいただく必要はありません。必要なのは理屈ではなく、わかりやすい手順書と手技なのです。

加えて、オンライン受講を可能として地方での研修機会を充実させたり、参加費を助成したりすることも検討が必要だと思います。

介護報酬上のインセンティブの拡充

こうしたタスク・シフトに取り組んでくださる介護現場に対しては、ぜひとも介護報酬へと反映されるインセンティブをつけていただければと思います。質の高いケアに対しては、それに見合う介護報酬がなければ地域包括ケアは向上していきません。

質の高いサービスの実施を認め、それを適切に評価・報酬する仕組みを構築することが不可欠です。また、介護職のキャリアアップの仕組みを整備し、専門性の向上に応じた処遇改善を図ることも重要です。これにより、介護職の確保・定着にもつなげることができるはずです

介護費が上昇することを心配する向きもあるかもしれません。ただ、介護現場で医療的な処置が実施できるようになることで、早期退院が実現するなど医療費節減が生じます。そのバランスにおいて検討される必要があるはずです。縦割りになることなく、社会保障全体を見据えた検討が求められます。

介護サービスの質の管理体制

医療から介護へのタスク・シフトを推進するためには、介護サービスの質を管理する基盤が求められます。実施しているサービスが適正に評価される体制がなければ、より高度なケアへと取り組むインセンティブに繋がりませんし、十分な知識や経験がないにも関わらず危険なケアへとチャレンジする施設が出てしまいかねません。

実は、医療的な処置のみならず、介護全般に潜むリスクについて質の管理ができていないという課題が日本にはあります。私は、よく介護現場に感染症予防の指導に伺っていますが、介護職に認められていない尿道カテーテルのバッグ交換よりも、入浴など体位交換のあるケア時のバッグ管理の方が、よほど危険であり、感染症リスクを高めていると感じます。

高齢者施設でレクチャーする筆者(左) 熱意ある介護職は多いのだが、看護師がいなければできないケアが多すぎる。それがゆえに、住み慣れた施設で暮らし続けられない入所者が出ている。
高齢者施設でレクチャーする筆者(左) 熱意ある介護職は多いのだが、看護師がいなければできないケアが多すぎる。それがゆえに、住み慣れた施設で暮らし続けられない入所者が出ている。

日本の市町村は、要介護者の認定評価に多大なリソースを注いでいますが、介護サービスの質の評価には関心が薄いのです。質を管理するだけの人材が配置されていない市町村もあるため、介護サービスの質の管理を専門に担う独立機関を設立し、指導監督を委託できるようにすることも検討すべきです。

具体的には、介護サービスの評価・監査のための基準やガイドラインを整備し、市町村や保険者による指導・監督の実効性を高めるとともに、介護報酬上のインセンティブとも連動させることで、サービスの質の向上を後押しすることが考えられます。

イギリスとアメリカにおける取り組み

イギリスでは、Care Quality Commission(CQC)という独立機関が設立され、介護サービスの監視・検査・規制を行っています。CQCは介護サービスの提供者に対して定期的な監査を実施し、問題がある場合には、改善策を提示する能力と権限を有しています。サービス提供を停止させたり、罰金を課したりすることも認められているのです。

喀痰吸引などの医療的な処置について、高齢者施設ごとにCQCが定期的に評価を行って、それぞれの処置を実施して良いかを認可しています。認定プログラムを修了した介護職個人にも資格を与えていますが、施設単位でも認可していることが日本との違いです。

一方、アメリカでは、Centers for Medicare & Medicaid Services(CMS)が保険者としての監督権限を持って、介護サービスの質の向上に向けたイニシアティブを推進しています。CMSは、高齢者施設に対する感染対策の徹底、居住者の尊厳の尊重、身体拘束の最小化など、サービスの質に関する詳細なガイダンスを示しており、基準を満たさない施設に対しては保険請求を認めないなどの措置を講じています。

加えて、Long Term Care Institute(LTCI)という非営利組織が、連邦政府や州政府からの委託を受けて、介護サービスの評価・認証を行っています。LTCIは、高齢者施設やホスピス、在宅ケアなどを対象に、サービスの質や安全性、コンプライアンスに関する査察を実施しており、基準を満たした施設に認証を付与しています。また、介護サービスの提供者からの相談にも応じ、サービスの質の向上に向けた支援も行っています。

つまり、最低ラインが守られているか厳しくチェックするCMS。良いところを延ばして質の向上をめざすLTCI。2つの質の管理体制により高齢者ケアを守っているのです。残念ながら、日本には、このような実効的な取り組みは見当たりません。

おわりに:「日本式介護」は世界に輸出できるか?

2016年に開催された日・ASEAN首脳会議で、当時の安部総理は、アジアの介護人材育成に貢献するべく「アジア健康構想」を表明しました。これは、現在の武見敬三・厚生労働大臣が委員長を務めていた国際保健医療戦略特命委員会での議論が土台となっていると聞きます。

その基本方針のひとつとして、「日本的介護の輸出」というものがありました。先進的な日本の介護技術をアジアに紹介するのだと誇り、日本の介護事業の海外展開を政府が後押ししていく政策です。たしかに、日本のケアのレベルは高いと私も思いますが、技術については周回遅れになりつつあります。通用しません。

私は沖縄県に住んでいることもあって、しばしば、お隣の台湾の現場を見学させていただいています。介護へのタスク・シフトは明らかに進んでいます。

台北の訪問診療に同行(筆者撮影/2019年8月)
台北の訪問診療に同行(筆者撮影/2019年8月)

この写真は、ある高齢者の自宅へと訪問診療に同行したときのものです。医師が「血糖はどうかな?」とつぶやくと、インドネシア人の住み込み介護士(中央)が、サッと血糖測定をしていて驚きました。でも、よく考えると驚くようなことではありません。手順さえ理解すれば、誰だってできることです。

日本では、家族か看護師でなければ血糖測定は行えず、介護職には認められていません。傷口にガーゼを当てることも、軟膏を塗ることも、摘便をすることも、それどころか薬のシートから錠剤を取り出すことすらできないのです。果たしてこれを「日本式介護」として、アジアに技術輸出することができるでしょうか?

急速に高齢化が進んでいる日本だからこそ、医療から介護へのタスク・シフトを進めていかなければなりません。そして、その手順書を作成し、研修プログラムを運用し、サービスの質を管理する体制を構築する。そこまで進められれば、私たちは「日本的介護」として誇ることができるし、先進事例として世界に紹介できるようになるはずです。

沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科

地域医療から国際保健、臨床から行政まで、まとまりなく活動。行政では、厚生労働省においてパンデミック対策や地域医療構想の策定支援に従事してきたほか、現在は規制改革推進会議(内閣府)の専門委員として制度改革に取り組んでいる。臨床では、沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また、同院に地域ケア科を立ち上げ、主として急性期や終末期の在宅医療に取り組んでいる。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)、『高齢者の暮らしを守る 在宅・感染症診療』(日本医事新報社、2020年)など。

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