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韓国は対岸の火事ではない 日本でも尿素水不足で「物流が止まる」の声

橋本愛喜フリーライター
トラックに必要な「尿素水」が今日本でも足りていない(読者提供)

ディーゼル車や工場の操業などに必要な「尿素水」の不足が韓国で大問題になっているというニュースは、10~11月ごろから日本でも頻繁に報じられている。

これまで韓国は、尿素水の元となる「尿素」を中国からの輸入に頼ってきた。

2013年ごろまでは、韓国にも尿素を生産する企業があったが、中国産などに比べて価格競争力が低いなどの理由から国内生産を中止。やがて、韓国の中国尿素の依存率は97%にまで及ぶようになった。

ところが今年10月、中国は尿素の輸出を事実上制限。韓国の物流や工業に甚大な影響が生じたのである。

一方、日本においては「国内生産されているから影響はない」と、対岸の火事のような報道が目立ったが、それとは裏腹に、11月中旬ごろから筆者周辺のトラックドライバーや運送企業経営者たちからは「どこに行ってもアドブルー(尿素水)が手に入らない」「年末トラック走れるのか」「このままでは物流が止まる」という不安の声が多く寄せられるようになった。

「弊社にも販売店やガソリンスタンドから、アドブルーの価格アップの話がきた。販売店は新規顧客を断っています。製造業者は原料の入手遅れが発生中とのこと。この先も騒ぎが大きくなりそう」(40代中小運送会社経営者)

「いつも仕入れているガソリンスタンドは、いつ通常販売に戻れるか分からないとのこと。ごみ収集車は街乗りでマフラーの自動再生も多いので、減りも普通のトラックより早いので心配です」(40代民間ごみ収集員)

「尿素水、どこ探してもありません。現場ではかなり深刻になりつつある。なんで日本はこんなに静かなのか不思議。年末は物流繁忙期。このままでは本当に物流が止まるかもしれないと不安」(50代運送企業社長兼ドライバー)

実際、国内のネット通販サイトやガソリンスタンドなどでは、現在、尿素水の販売規制や値上げなど、何らかの措置をとっているところがかなり多く、中には転売によって価格が10倍になったというケースもある。

あれだけ「大丈夫」と言われていたにもかかわらず、どうして日本でも尿素水が不足しているのか。そもそも、尿素水とはどんなものなのか。

ガソリンスタンドから運送業者に配布された値上げの通知(読者提供)
ガソリンスタンドから運送業者に配布された値上げの通知(読者提供)

尿素水とは

そもそも「尿素水」とはどういうものなのか。

クルマに使用されているものでいうと、難しいことを抜きにひと言でいえば、「ディーゼル車(軽油で走るクルマ)のほとんどに必要な液体」である。

日本におけるディーゼル車には、物流を担うトラックや、建設現場の重機、さらには一部乗用車にも対象車があるが、その中でも最も数が多く尿素水の消費が多いのは、やはりトラックだ。

道路を走る最近のトラックを見ると、ひと昔前より煙を吹かしていないことに気付くかと思う。

これは国の「排出ガス規制」によって、従来のディーゼル車よりも有害物質を放出しないよう、クルマのシステムが変わったからなのだが、尿素水はその有害物質を綺麗にする過程で必要になるのだ。

車種や走行、クルマの状況にもよるが、1リッターあたり走行できる距離は、だいたい700~1000km。走行中に尿素水がなくなってもエンジンを切らない限り継続走行できるが、エンジンを一度切った場合、再始動できなくなる。

つまり、この尿素水が確保できなければ、日本の大半のトラックが走れなくなる。言わずもがな、それは「モノを運べなくなる=物流が止まる」ことと同義だ。

中国に起きた「石炭不足」

その尿素水の元となる「尿素」をこれまで大量生産・輸出していたのが、中国だ。

ところが冒頭で紹介した通り、同国は10月、尿素の輸出を制限するようになる。

その原因は、中国国内で深刻化していた「石炭不足」にある。

尿素は、アンモニアと二酸化炭素によってつくられるのだが、そのアンモニアの精製には石炭が必要不可欠になる。

が、もともと国内のエネルギー需要を石炭火力に大きく依存していた中国は、「世界最大の温室効果ガス排出国」として世界から批判の目が向けられるようになり、国内の石炭鉱山の開発を鈍らせる。

これにより石炭不足に陥った中国は、オーストラリアから石炭を輸入しようとするのだが、米中対立の中、オーストラリアがアメリカ側についたことで豪中の間に政治的な摩擦が起き、中国はオーストラリアからの石炭輸入をストップ。そこへさらに、国内最大の石炭生産地域で豪雨と洪水が発生し、尿素の生産はもはや完全に間に合わなくなった。

この尿素が使われるのは「自動車」だけでない。化粧品や製造業などにも広く使われる。

中でも大量に使用されるのが「農業」だ。

尿素の生産量が少なくなった中、人口の多い中国にとっては農業で使用する尿素が必要不可欠となる。これにより、中国政府が「国内での流通」を指示。結果、中国による尿素輸出が止まったわけだ。

ガソリンスタンドに掲げられた貼り紙(読者提供)
ガソリンスタンドに掲げられた貼り紙(読者提供)

日本で尿素水が不足している理由

では、「国内生産しているから大丈夫」といわれていたにもかかわらず、なぜ日本でも尿素が不足しているのか。

1つは他でもない、日本も中国から相当量の尿素を輸入していたからだ。

日本は、尿素の主原料であるアンモニアの80%近くを自国生産しているとされているが、今回の取材で話を聞かせてくれた3社の尿素水製造販売業者は、どこも「尿素は日本も中国からの輸入にかなり依存している」と口を揃える。

「表では『日本で作ってるから大丈夫』とは言っているが、実際は日本もかなりの割合を中国からの輸入に頼っている。現に、物流の現場でも農業の現場でも尿素水が足りていない」(中部地方尿素水製造販売業者)

工場の尿素水タンク。固定客が本当に困ったときのためにわずかに残してあるという(製造販売業者提供)
工場の尿素水タンク。固定客が本当に困ったときのためにわずかに残してあるという(製造販売業者提供)

日本で尿素水が足りていない理由は他にもある。

尿素を製造している国内大手メーカー「三井化学」が40日間の定期修理に入っていたことだ。

三井化学は、10月20日から尿素などを製造する大阪工場の稼働を停止し、定期修理を実施。中国の輸出規制と時期がかぶり、国内から尿素水が一気に減ったのだ。

中部地方にある尿素水製造販売業者は、「11月28日で定期修理は終了していますが、この尿素水不足の状態から流通が元に戻るのにはある程度時間がかかるのでは」と、推測する。

さらに、日本の尿素水不足には、ひと足先に影響が出た韓国からの受注も影響しているといえる。

問題が深刻化したのは、中国尿素の依存率の高い韓国が先。そのため、10月に中国が輸出規制を開始した時点で、韓国からの注文が日本にも多く発生したのだ。

ただ、これに対しある尿素水メーカー社長は、「韓国からの『お金はいくらでも出す(から売ってほしい)』という甘い言葉にのった日本国内の業者も一部いるだろうが、10月の時点で、すでに中国の情勢と、三井化学の定期修理があることは分かっていたはず。固定客に供給できなくなる危機感から、韓国への販売をしなかった/最低限にとどめたりするなどで、韓国への転売による影響は限定的なのでは」と話す。

見えない今後

日本の自動車に使用される尿素水は、「AdBlue(アドブルー)」という製品が使われていることがほとんどだ。

それは、自動車用の尿素水は、濃度や精度が不安定だと関連部品が故障する恐れがあるため、品質を保つべく、関連部品(尿素SCRシステム)の製造国であるドイツの自動車工業会によって商標が付けられたためだ。

トラックのAdBlueタンク。故障につながるため、AdBlueしかいれてはいけないと書かれていることも(読者提供)
トラックのAdBlueタンク。故障につながるため、AdBlueしかいれてはいけないと書かれていることも(読者提供)

一方、品質をそのままに、AdBlueと同等の尿素水を製造し、安く販売している業者も日本には少なくない。

大阪のある尿素水製造会社も、自社で製造した尿素水を、大手メーカーがつくったAdBlueよりも低価格で運送会社に販売している。もちろん規格に準拠した製品だ。

その原料の仕入れ先は、やはり価格の安い中国。現在はまったく調達できず、製造もほぼ止まった状態で、尿素水を得意先の運送会社に納品することがほとんどできなくなっているという。

「今後、物流に対する尿素水不足は、より大変なことになると思う。国内生産している大手はまだマシだと思うが、中国からの輸入に頼っている私たちのような極小メーカーは、どこも製造がほぼ止まっています。うちの顧客はトラック台数が50台以下で、低賃金を強いられる下請・孫請の中小零細の運送業者さんばかり。うちのような無名ブランドの尿素水を使ってコストを下げている。固定のお客さんには、高い国産の尿素水を仕入れてでも入れてあげたいが、本当にどこに問い合わせても手に入らない」

従業員も早々に帰らせた工場には、電話だけがフル稼働の状態。筆者が取材時も、後ろで電話が鳴り続けていた。

「年寄りばっかりの小さな工場。いかんせんいつ原料が入るかの情報が全くないため、工場を閉めることも考えていますが、お客さんのために『あと1日待ってみよう』という思いを繰り返す日々です」

尿素水を製造する機械(尿素水メーカー提供)
尿素水を製造する機械(尿素水メーカー提供)

製造業者の間では、この尿素不足の状態が長期化するという見方もある。

「今冬、中国は『冬季オリンピック』を控えている。世界にはできるだけきれいな空を見せたい。炭鉱はそれまで活発には動かないのでは」

「中国にとって尿素の原料が高く売れるのはやはり国外。今は政府から国内の農業向けに売るように言われているが、いつかは輸出を再開してくれるはず。が、中国で農業がひと段落するのは6月。つまり、来年の6月までこの状況が続く可能性も考えられる」

「現地には、中国の石炭以外の発電燃料に対する新たな政策が動き出すまでには5年くらいかかるのでは、という見方もあるようです」

昨今の燃料高騰に加え、尿素水の不足・値上げ。

年末の物流の繁忙期に、現場は世間が思っている以上に混乱している。

参考文献:

「韓国で尿素水が品薄に、物流が混乱する恐れ」(JETRO)

https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/11/50300a8ceb9a2545.html

※ブルーカラーの皆様へ

現在、お話を聞かせてくださる方、現場取材をさせてくださる方を随時募集しています。

個人・企業問いません。世間に届けたい現場の現状などありましたら、TwitterのDMまたはcontact@aikihashimoto.comまでご連絡ください(件名を「情報提供」としていただけると幸いです)。

フリーライター

フリーライター。大阪府生まれ。元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆・講演などを行っている。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。メディア研究

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