香港「民主の女神」と「報道の自由」が国安法の餌食になった「りんご日報」への支援広がり株価21.5倍に
最終段階に入った「白色恐怖」
[ロンドン発]香港警察は10日、香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で中国に批判的な香港紙、蘋果(りんご)日報などネクストメディアの創始者、黎智英(ジミー・ライ)氏(71)や2014年の抗議デモ「雨傘運動」を通じ「民主の女神」と呼ばれた活動家、周庭(アグネス・チョウ)氏(23)ら9人を逮捕しました。
外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えた容疑が含まれており、最高刑は無期懲役です。1989年の天安門事件を契機に民主化運動にかかわるようになった黎氏は昨年7月、米ワシントンでトランプ政権のマイク・ペンス副大統領やマイク・ポンペオ国務長官らと会談し、「逃亡犯条例」改正案を巡る香港情勢について意見交換したことがあります。
中国共産党による「白色恐怖(白色テロ、権力による反政府運動の弾圧)」はついに最終段階に入り、香港における「報道の自由」は完全に葬り去られる恐れがあります。黎氏と複数の幹部らが逮捕された蘋果日報は翌11日朝刊の1面で「報道の自由」を守るため徹底抗戦を宣言しました。
蘋果日報を購入するため香港市民は午前1時半に即売店に列をつくり、印刷部数は7万部から35万部に、午前8時には20万部が増刷され、異例の55万部が発行されました。
民主化団体「学民思潮」元リーダー、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏(23)も購入した写真をフェイスブックにアップしました。
「彼らは露骨に法を無視し、権力を乱用した」
蘋果日報のツイートを見ておきましょう。「月曜日にネクストメディア創設者の黎智英や幹部が国安法違反容疑で逮捕されたのに続き、数百人の警察官が蘋果日報の本社を捜索しました」
「警察官は編集局の文書を手早く漁り、恐怖によって報道の自由を侵害し、白色テロの空気を作り出しているのが見えました。蘋果日報は憤りを覚えています。逮捕や捜索を強く非難します」
「香港警察はルールに従って行動していると主張しているにもかかわらず、露骨に法を無視し、彼らの権力を乱用しました」
「例えば捜索令状の制限を無視し、手当たり次第にニュース資料を漁りました。編集局員の報道を制限したり、報道機関の活動を妨害したりしました」
「こうした違法で非合理的で野蛮な行為に直面して、蘋果日報のスタッフは恐れず編集局にとどまり、迫害されてもなお真実を語り続けるでしょう」
「中国の香港国家安全維持法は、香港市民の言論・報道・出版の自由を保障しているというものの、当局の行動はそれとは逆のことを証明しています」
「報道機関を強制捜査することは報道の自由に対する深刻な攻撃であり、文明社会では容認されるべきではありません」
「権力は、私たち蘋果日報が脅迫や嫌がらせによって沈黙し、国際都市を独裁化させることができると信じています」
「香港の報道の自由は今やクモの糸で生きながらえている状態です。私たちスタッフは報道の自由を守るという義務を全力で果たします」
「蘋果日報の発行者であるCheung Kim Hungは次のように述べています。蘋果日報は闘い続ける、と」
中国では115人のジャーナリストが拘束されている
蘋果日報を購入するだけではなく、親会社のネクストデジタル株を買う動きもフェイスブックを通じて広がりました。10日午前10時の0.075香港ドルから11日午後1時半には約21.5倍の1.61香港ドルにまで高騰しました。
国際NGO「国境なき記者団(RSF)」の「報道の自由」指標で香港のランキングは2002年の18位から20年には80位まで下がっています。ちなみに115人のジャーナリストが拘束されている中国は180カ国・地域中、177位です。
RSFによると、逮捕されたネクストデジタルの関係者は黎氏のほか2人の息子と、少なくとも黎氏のチームに属する7人です。黎氏の裁判が中国で行われた場合、無期懲役ではなく死刑になる恐れもあるそうです。蘋果日報の捜索を取材しようとした海外メディアは排除されました。
ネクストデジタルは中国の体制を公然と批判し、民主化運動を報道している数少ない香港メディアの一つです。黎氏は無許可デモを組織し、参加した容疑でこれまでにも2度逮捕されています。
2つのウェブサイトが悪意を持って蘋果日報のジャーナリストの個人情報をさらし、閉鎖されたものの、8月上旬に再びオンライン上で公開される事件があったそうです。RSFのクリストフ・ドロワール事務局長は次のように訴えています。
「今回、蘋果日報の創設者である黎氏に香港警察は『外国勢力との共謀』という嫌疑をかけたことで報道の自由を象徴する人物を倒そうとしています。即刻、容疑を取り下げ、関係者を釈放することを求めます」
報道の自由は共産主義の敵
中英共同宣言では1997年の香港返還から50年間は「一国二制度」と「高度な自治」を維持するとうたわれていましたが、香港の「報道の自由」は次第に侵食されていきます。
中国共産党重慶市委員会書記だった薄熙来氏がクーデターを計画(2012年に失脚)していると中国共産党指導部が考え、習近平国家主席が登場して体制の引き締めが図られます。この中で自由や民主主義、報道の自由は共産主義の敵とみなされるようになったことが大きな転機になります。
中国共産党にとってメディアはイデオロギー闘争の最前線なのです。15年に中国共産党に批判的な本を出版・販売していた香港の銅鑼湾書店の店長ら5人が相次いで失踪。中国で拘束されていることが明らかになりました。
また、香港の外国特派員クラブの副会長を務める英紙フィナンシャル・タイムズのアジア編集長は18年10月、ビザ更新を拒否され、追放されました。香港で外国メディアのビザが拒否されるのは初めてのことでした。
香港メディア所有者の半数以上は中国本土と商業上の利益を持ち、全国人民代表大会や中国人民政治協商会議のメンバーです。昨年6月時点の調査では、香港の主要メディア26社のうち8社は中国資本に所有されているか、多くの株式を保有されていました。
香港の英語日刊紙サウスチャイナ・モーニング・ポストも中国のテクノロジー企業アリババに買収されてから「独立したジャーナリズムから新しいプロパガンダの形を生み出した」と批判されるようになりました。
中国共産党にとってメディアは、マルクス主義に基づき、世論を誘導するプロパガンダの道具に過ぎません。国安法の強行も今回のメディア弾圧も西側諸国が経済的な利益を優先して中国の人権侵害に目をつぶり続けてきたことが招いた結果なのです。
(おわり)