コロナで高まる「内定取り消し」のリスク 相談事例から対処法を解説する
新型コロナ感染拡大の影響による“内定取り消し”が話題になり始めた。
一般に、卒業見込みの学生に対して採用内定通知を送付した後に会社から内定を取り消すことを“内定取り消し”という。
リーマンショックや東日本大震災の時にも“内定取り消し”が問題化したことを踏まえれば、今回も同様の事態が発生することは想像に難くない。
“内定取り消し”は就活生に計り知れないほど大きなダメージを与える。就職活動に励み、ようやくつかんだ内定を失う精神的なショックを考えるだけでも相当なものだろうし、4月からの収入減を失うことが生活に与える影響も大きい。この時期では他の会社をすでに辞退しているはずだから、長期にわたる就職活動をやり直さなければならない。
新型コロナの感染拡大による経済活動への影響は今後さらに広がるとみられている。そうしたなかで、4月に入社を控える新社会人やその親たちの間には「もしも内定取り消しに遭ったらどうしよう」との不安が広がっているようだ。
そこで、この記事では、もしもの場合に備えて、“内定取り消し”をめぐる法律や、内定を取り消されてしまったときの対処法について解説していきたい。
“採用内定”の段階で労働契約が成立
新卒採用の場合、採用内定が出てから実際に就労を開始するまでの間に相当な期間がある。その間に、今回の事態のような想定外のことが起きてしまうと、慌てた企業が少しでもコストを削減して経営リスクを抑えようと、“内定取り消し”に踏み切ってしまうことがある。
このような“内定取り消し”は法的に認められるのだろうか。
結論からいえば、まだ「内定」に過ぎないといっても、会社は簡単にそれを取り消すことはできない。というのも、多くの場合、会社が採用内定を通知した時点で労働契約が成立していると考えられるからだ。
採用内定によって労働契約が成立している場合には、“内定取り消し”は解雇(労働契約の一方的な解約)に当たり、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利を濫用したものとして無効となる。
これは、「解雇権濫用法理」といって、通常の解雇の際に適用される法律上の考え方である。このように、一度契約が成立している以上、正当な理由なく「内定=労働契約」を解約することはできないのだ。
それゆえ、“内定取り消し”を通告された場合、労働契約がすでに成立していることを前提に、労働契約上の地位の確認を求めることができる。“内定取り消し”が無効である場合には、労働契約は存続し、その会社で働くことができる。
“内定取り消し”が認められる場合は?
ただし、“内定取り消し”には一般的な解雇とは異なる点もある。
採用内定の段階で契約が成立するといっても、無条件の労働契約が成立するわけではない。採用内定時点で成立するのは、入社予定日を就労の始期とする“解約権留保付労働契約”だと考えられている。
例えば、採用内定通知書に、予定された時期に卒業ができなければ内定を取り消すといった取消事由が記載されている場合、この事由が現実に発生すれば、会社は内定を取り消すことができる。このように、採用内定段階では、一定の場合に労働契約を解約できる権利が会社に留保されているということだ。
ただし、ここで「一定の場合に」と書いたところが重要だ。内定取消の事由とされていた事実が発生したからといって、必ずしも“内定取り消し”が認められるわけではないからだ。
最高裁は、取り消しが適法と認められるのは、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」があり、「解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としている(大日本印刷事件・最二小判昭54.7.20民集33巻5号582頁)。
客観的に合理的な理由があれば、“内定取り消し”が有効と認められることもあるが、それは、例えば就労ができないほど健康状態が悪化してしまった場合など、内定の段階では「知ることが期待できないような事実」で、就労という目的に照らして解約もやむを得ないと考えられるような、限られた場合だけだということだ。
では、経営状況の悪化を理由とする“内定取り消し”についてはどうだろうか。
この場合も、通常は合理性が認められる可能性は低い。というのも、採用内定を出してからそれほど時間が経たない間に採用ができない程に経営状況が悪くなるとは考えにくいし、もしそうであったとしても、それを予見できなかった会社に責任があると考えられるからだ。
仮に、採用内定通知書に、経営が悪化した場合に、内定を取り消すことがある旨が記載されていたとしても、客観的合理性と社会的相当性がなければ“内定取り消し”は有効とはならない。
新型コロナを理由とする“内定取り消し”への対処法
今回の新型コロナ感染拡大の影響を原因とする経営難の場合はどうだろうか。
新型コロナの感染拡大による経営状況の悪化は、確かに会社が予見できるものではなく、一般的な経営難の場合と比べると、会社の責任の程度は低いといえる。
しかし、だからといって、自由に“内定取り消し”ができるわけではない。倒産の危機が迫っているような厳しい状況でもない限り、“内定取り消し”が有効と認められることはないと考えられる。
“内定取り消し”を通告されてしまった場合、その会社で働きたいという気持ちが強い場合には、まず、その意思を明確に伝えるべきだ。それでも取り消しを撤回してもらえない場合には、法的手段に訴え出ることも考えるべきだ。
このようなときは、労働組合や労働弁護士などの専門家に相談するとよい。“内定取り消し”が無効だと判断されれば、労働契約は存続し、その会社で働くことができる。場合によっては、訴訟を起こさなくても、法的な話を持ち出すだけで会社側の対応が変わる可能性もある。
諦めて他の就職先を探す場合でも、金銭的な補償を求めることが可能だ。翌年の新規採用に応募するしかなくなることを考えると、損害賠償として1年分の賃金全額を請求しても何らおかしくない。
この点については、厚生労働省の「新規学校卒業者の採用に関する指針」においても、「事業主は、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、採用内定取消し又は入職時期繰下げを受けた学生・生徒からの補償等の要求には誠意をもって対応するものとする」とされている。
いずれの場合にも個人で加盟できるユニオンは労働者の強い味方になる。入社前でも、個人加盟のユニオンに加入することができるし、団体交渉を申し込むこともできる。個人で話し合うことは難しいため、弁護士やユニオンの制度を活用するべきだろう(末尾に無料労働相談窓口を添付した)。
“内定辞退”の強要に注意
“内定取り消し”に法的なリスクがあることを知っている会社はもう少し狡猾な手段をとる。何からの形で、学生側から内定を辞退させるという手口だ。
例えば、突然学生を呼び出し、その場で内定を辞退してほしいと伝える。入社する予定の会社と学生との間に強い権力関係が働くから、会社の人が言うことにノーは言いづらい。その状況で内定辞退を促されれば、ショックと動揺で言われるままに書類にサインさせられてしまうということもある。
内定を辞退する旨の書類にサインしてしまえば、自らの意思で辞退したという証拠が残ってしまうので、法的に争うのは難しくなる。このような場合には、「落ち着いて考えたい」、「家族に相談したい」などと言ってその場を切り抜け、サインをしないように注意してほしい。
新型コロナを理由に労働条件の切り下げを迫ってきた場合も同様だ。例えば、正社員の約束だったのに「最初の1年間は契約社員ね」などと言われて、契約書にサインを求められることがある。こうした場合にも、その場でサインをせず、専門家に相談することが重要だ。
明確な“取り消し”の意思を伝えずに、入社日が近づいても連絡して来ないというパターンもあり得る。通常であれば連絡があるはずの時期に何も連絡がなければ、自分から連絡して見た方がよい。不自然な点がある場合は、早めに専門家に相談しよう。
“採用延期”への対処法
“内定取り消し”まではしなくても、「景気の先行きが見えないから入社日を延期する」、「しばらく自宅待機しておいて」などと言い出す会社もある。悪質な場合は、意図的にいつ入社できるかを伝えずに、労働者が諦めて自ら辞退するのを待つというケースもある。
こうした場合でも、採用内定によって入社予定日を就労の始期とする労働契約が成立しているのだから、入社日以降は労働契約上の地位が認められる。そのため、実際に働いていなくても、入社日以降の働けなかった期間について賃金全額を請求することができる。
このように、法律は“内定取り消し”を容易には認めず、就活生や労働者を守っている。もし不運にも“内定取り消し”に遭ってしまった場合でも、このような法律を活用して、泣き寝入りだけは避けるべきだ。
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