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なぜ説明がない? 五輪閉会式「ダンス」で流れたのは、武満徹作曲のドラマ『波の盆』テーマ曲

碓井広義メディア文化評論家
『波の盆』の舞台 マウイ・ラハイナ浄土院(筆者撮影)

8日夜、新国立競技場で、東京オリンピックの閉会式が行われました。

その中盤、一瞬暗くなった会場の中央で、女性によるダンスが披露されました。

ダンサーは、長野県出身のアオイヤマダさん。

灯籠を下げた女性たちが、周囲をゆっくりと歩き、中央でアオイさんがオリジナル・ダンスを繰り広げました。

ダンスのバックに流れた音楽が、スペシャルドラマ『波の盆』(日本テレビ系)のテーマ曲だったので、驚きました。

この美しい名曲を作ったのは、世界的な作曲家である武満徹さん。きちんとした説明がなかったことが不思議です。

『波の盆』が放送されたのは、1983年の秋。

脚本は倉本聰さん。主演は笠智衆さん。音楽が武満徹さん。そして演出は実相寺昭雄監督。当時、最高の「座組み」と言っていい面々です。

制作は日本テレビとテレビマンユニオン。

私自身はアシスタント・プロデューサーとして携わっていました。準備段階から撮影はもちろん、東京コンサーツによるサウンドトラックの収録にも立ち会っています。

『波の盆』は、明治期にハワイ・マウイ島に渡った、日系移民1世が主人公のドラマです。

移民1世の山波公作(笠智衆)は、サトウキビ畑での過酷な労働に耐え、家庭と理髪店を持ち、子どもたちを育ててきました。

しかし1941年、日本軍の真珠湾攻撃により、その運命が大きく変わります。

また成人した子どもたち、つまり2世たちは、アメリカ軍の日系人部隊として、ヨーロッパ戦線などで厳しい戦いを経験しました。

このドラマは、公作が妻ミサ(加藤治子)を亡くして初めて体験する「お盆」、その1日に起きた物語です。

日本で亡くなったはずの四男・作太郎(中井貴一)の娘、つまり公作の孫だという若い女性・美沙(石田えり)が突然訪ねてきます。

それによって、公作の中で、自身が歩んできた激動の「過去」と「現在」が交錯していくのです。

この年の「芸術祭大賞」をはじめ、いくつもの賞を受賞しました。

名作ドラマのテーマ曲が、38年の時を超え、こうしてオリンピックの閉会式で、世界に向けて流されたことに感慨を覚えると同時に、武満さんの名前や曲名も含め、何の説明もないことに違和感をもったのでした。

『波の盆』の加藤治子さん、笠智衆さん(写真:実相寺昭雄研究会)
『波の盆』の加藤治子さん、笠智衆さん(写真:実相寺昭雄研究会)

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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