普天間移設の交渉力
安倍総理は5日、沖縄にある米軍基地の返還計画でアメリカ側と合意した事を発表し、「日米双方が沖縄の負担軽減について強い意志を示すことになった」と胸を張った。しかし合意の内容を見るととても胸を張れるものではない。TPPを巡ってもそうだったが、それを成果のように言いくるめるパフォーマンスだけが先行している。
TPPでは「聖域なき関税撤廃が前提である限り交渉には参加しない」と選挙公約したため、初の日米首脳会談で安倍総理はアメリカ側から「聖域」があるかのようなリップサービスを受ける必要があった。そこで安倍総理はハーグ条約批准、原発維持、米国産牛肉の輸入、尖閣諸島への公務員常駐見直し、そして普天間基地の辺野古移設などアメリカが望む事をすべて自身の方針とした。
すり寄って来る者にはリップサービスはするが決して譲歩はしない。それが交渉の基本である。だからアメリカはTPPに「聖域」があるかのようなリップサービスはしたが譲歩は全くしていない。日本は初めから足元を見られているのである。それを安倍総理は「日米同盟の強い絆が戻ってきた」と胸を張るパフォーマンスでカバーして見せた。
今度も似たパターンが繰り返されている。安倍政権は辺野古移設の本気度を見せるため、まずそもそも移設に反対していない名護市の漁業協同組合に辺野古の埋め立てに同意させ、次いで沖縄県に対して埋め立ての承認申請を行った。さらにグアムの空軍基地の整備費として93億円の支出をアメリカ側に約束した。米海兵隊のグアム移転に日本国民の税金を投入する約束をしたのである。それらが今回の米軍基地返還計画合意の背景にある。アメリカにすり寄らなければ相手にされないと考えるところから交渉は始まっている。
そもそも普天間基地の辺野古移設はアメリカの要求ではない。1995年の米兵による少女暴行事件で沖縄県民の反基地感情がピークに達した時、その怒りを鎮めるため当時の橋本龍太郎総理が市街地に隣接する普天間基地の返還をアメリカ側に要求した。アメリカは普天間基地を日本が言うように「世界で最も危険な飛行場」とは考えていないが、当時の政治情勢から代替施設の建設を条件に要求を受け入れた。
その頃のアメリカは沖縄の海兵隊を撤退させ、オーストラリアに移すことも検討した。海兵隊の活躍の場は東アジアではなく中東地域で、沖縄に配備しなければならない理由はなかったからである。一方、普天間返還合意で橋本政権幹部の政治家たちは次々に沖縄事務所を開設した。沖縄に代替基地が建設されれば多額の予算が投入され、沖縄が利権の島になる事が予想されたためである。
海上ヘリポート案や埋め立て案など様々な構想が浮上し、日米の業者や政治家たちが利権獲得に暗躍する様をアメリカ政府は冷ややかに眺めていた。地元の反対で移設は困難と思われた頃、アメリカは冷戦後に見合う米軍再編に着手し、06年には沖縄の海兵隊をグアムに移転させ、また14年までの辺野古移設を条件に今回の嘉手納以南の6基地を返還する計画を日本側と合意した。問題はグアム移転に伴う費用を日本に求めてきた事である。米軍が米国に帰還する費用を日本国民が負担する事に自民党政権は苦悩した。
昨年、民主党政権とアメリカ政府は14年までの辺野古移設は不可能と判断し、海兵隊のグアム移転と普天間移設と嘉手納以南6基地の返還とを切り離し、基地返還計画を年末までに作ることにした。それが突然の解散で返還計画は発表されることなく安倍政権に引き継がれたが、安倍政権は普天間移設と切り離された返還計画を再び一体化し、沖縄県知事の辺野古埋め立て承認にプレッシャーをかける事に利用する事にしたのである。
今回の合意で普天間基地の返還は「返還条件が満たされ、返還手続きが完了後、2022年度、またはその後」とされ、その他の施設も玉突き状の県内移設を前提として、返還時期は「13年度~28年度」「またはその後」となっている。当初、5年から7年で実現すると言われた普天間基地の返還はいつのことやら分からない不確実な話になった。そのどこが「沖縄の負担軽減」になるのだろうか。
ところが政権の中からは「安倍総理の指導力でここまで前進した」という話がもっぱら外に流れてくる。官僚の世界には「応答要領」というのがあり、外の世界に発言する時には勝手な発言を許さず、「金太郎飴」の発言をさせる仕組みがあるが、安倍政権の100日を見て感じるのは、みんなで安倍総理の指導力を持ち上げる「応答要領」が徹底されている事である。
これこそナチスのゲッベルスが得意とした「嘘を頻繁に繰り返せば人々は嘘を信ずる」という大衆操作の極意である。小泉政権と同様のメディアコントロールがこの政権の身上になると思われる。パフォーマンスに力が入るのはそのためである。