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甲子園V慶応高校の「エンジョイ・ベースボール」その真意を履き違えてはいけない

上原浩治元メジャーリーガー
(写真:岡沢克郎/アフロ)

 第105回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)は、慶応(神奈川)が107年ぶり2度目の優勝を飾った。

 選手たちを歓喜に導いた森林貴彦監督が掲げた「エンジョイ・ベースボール」というワードにも、大きな注目が集まっている。報道によれば、指導方針は「選手が自ら考えて行動する野球」で、選手が練習テーマを設けて課題を乗り越えるために個人練習も多くメニューを組み込んだという。

 厳しい規律や上下関係が根深いとされる高校野球の「常識」を疑い、自分たちの野球で日本一に上り詰めたことは、まさに「あっぱれ」である。

 一方で、こうも思う。野球少年や全国の球児、あるいは、ほかのスポーツや勉強に取り組んでいる子供たちにも、メディアが伝える一つの側面だけをみて「エンジョイ」の意味をはき違えてほしくはない。

 慶応の監督、選手たちは、試合でものすごくエンジョイできていた。その雰囲気こそが、チームの「宝」で「優勝の原動力」でもあるだろう。

 しかし、その裏では、逸材ぞろいの選手たちが、必死に苦しい練習を乗り越えてきたはずである。エンジョイは、嫌なことを避けて、楽しいことだけをやるということとイコールではないだろう。それだけで、頂点に立てるほど日本の高校野球は甘くない。

 野球をやっていて、最大のエンジョイは何か。

 私は試合をすること、そして試合で勝つことだと思っている。決して勝利至上主義ではない。野球に限らず、ゲームをやって勝てば、楽しいのは当たり前である。

 では、試合で「エンジョイ」するためには、どうしたらいいか。やはり、日々の練習では、苦しいメニューや自分の限界を超えるための練習に取り組むことが求められているのではないだろうか。苦しくなったら、「エンジョイできないから、嫌だ」というのは違うと思う。苦しい練習をどうやったら、楽しく取り組めるか、どうすれば乗り越えることができるかを考えることで向き合う中にも、「エンジョイ」の要素はあるはずだ。

 みんなで声を掛け合ってやるのも一つだろう。試合で「エンジョイ」できることをイメージしながら練習に励むこともいいだろう。「苦しい練習」と「エンジョイ」は決して対立軸ではない。できなかった課題ができるようになったときの達成感は、やはり格別なものがある。

 野球をやっている球児の「好き」を奪ってはいけない。だけど、好きを「突き詰める」ための努力を「エンジョイ」という言葉で避けるのも違うと思う。

 この夏は球児たちの丸刈りか否かについての記事も目立った。私自身ははっきり言って、わざわざ報道する必要があるのかな、と思うほど関心がなかった。個人的には、スポーツ刈りくらいのほうが、帽子が頭にフィットして脱げにくいので、実は短髪には合理性があると思っている。だけど、気合いを入れて丸刈りにする球児がいても、本人の意志なら、何も問題ないだろう。

 皆さんの日常や仕事、学業などの中での「エンジョイ」は何か。「エンジョイ」するために必要なことは何か。慶応の優勝を機に、考えてみるのも悪くないのではないだろうか。

元メジャーリーガー

1975年4月3日生まれ。大阪府出身。98年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。1年目に20勝4敗で最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手4冠、新人王と沢村賞も受賞。06年にはWBC日本代表に選ばれ初代王者に貢献。08年にボルチモア・オリオールズでメジャー挑戦。ボストン・レッドソックス時代の13年にはクローザーとしてワールドシリーズ制覇、リーグチャンピオンシップMVP。18年、10年ぶりに日本球界に復帰するも翌19年5月に現役引退。YouTube「上原浩治の雑談魂」https://www.youtube.com/channel/UCGynN2H7DcNjpN7Qng4dZmg

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