家族ぐるみの付き合いだった「くまちゃん」 LINEからにじみ出る岩隈久志の人柄と引退試合の是非
また1人、名投手がユニホームを脱ぐ。
10月23日。巨人の岩隈久志投手が引退会見を行った。「最後まで1軍のマウンドに立つことを考えていました。21年間、感謝しかありません」。会場に駆け付けた原辰徳監督から花束を受けたその表情は晴れやかだった。近鉄、楽天、米大リーグのマリナーズで日米通算170勝。会見では8月に東京ドームのマウンドで行ったシート打撃の初球で右肩を脱臼したことが明かされ、本人も「その一球が僕のできる全力の一球。体力的な限界という意味でも引退を考えました」と振り返っていた。巨人での2シーズンは1軍登板なしに終わったが、力を出し切ったと納得できたからこその表情だったのだろう。
くまちゃん(岩隈)とは2004年アテネ五輪でともに日本代表として戦った。実は妻同士の仲が良い間柄でもある。19年のわずかな期間だったが、巨人でチームメートにもなった。律儀な性格で、引退発表の前夜、LINEで引退することを連絡してくれた。さわやかな顔とは対照的な芯の強さを持った選手だった。
近鉄が消滅し、オリックスと合併したとき、新規参入する楽天行きの希望を曲げなかった。「寄せ集め」と揶揄された球団の大黒柱として08年には21勝をマークした。コントロールが抜群でスライダーも逸品。一時期、二段モーション禁止で投球フォームの修正を迫られたが、見事にアジャストした。今となっては二段モーション禁止って何だったのかと思うような理不尽なルール改正だった。
2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝に貢献し、東日本大震災の11年、楽天の開幕投手もくまちゃんだった。メジャーでも3度の2桁勝利をマーク。引退会見も終わり、まずはゆっくり休んでほしいなという気持ちと同時に、これから何をやるのかなと思っていたら、会見では「野球の伝道師になりたい」と語っていたそうだ。自分がやりたいことを見つけて、これからの人生を歩んでほしい。くまちゃんの引退セレモニーは、東京ドームで行われる11月7日のヤクルト戦の試合後に開催される。知っている選手、一緒に戦った選手たちがプロの世界からいなくなってくるのは正直、寂しい気持ちもある。
少し話題は変わるのだが、皆さんは功労者に用意される「引退試合」について、どう思っているのだろう。私は、引退セレモニーは悪くないが、「引退試合」は必要ないというのが持論だ。正確には、戦力構想から外れていたり、すでに1軍レベルのパフォーマンスを発揮できなかったりする選手の1軍での「引退試合」についてだ。
ファンや家族に「最後の雄姿」を披露する場として、引退試合は確かに盛り上がる。しかし、残念ながら引退する選手は「戦力」ではないからユニホームを脱ぐことになる。それは、どれだけ実績を積み重ねた選手も例外ではない。そんな選手をチーム成績が固まった本拠地最終戦などに合わせて1軍登録して引退試合が用意される。その打席、そのマウンドは「真剣勝負」なのか。
引退する打者の現役最後の打席は「まっすぐ」と相場が決まっている。投手の場合は、打者はバットに当てず、三振に倒れる。しかし、野球には必ず相手がいる。忖度して凡退した打者は打率を下げ、投手は被安打が増える可能性が高い。その「引退試合」は本当に必要なのか。
私は引退試合をしていない。最後にマウンドで投げたくなかったかと聞かれれば、いまでもユニホームを着てマウンドに立ちたいというのが偽りのない本音だ。だけど、自分が戦力ではなくなったから、もう1軍のマウンドに呼ばれないと思ったからやめることにした。それだけの話なのだ。
くまちゃんのように引退セレモニーによってそのシーズン限りでお別れをするのもいいかもしれないが、私は球団が功労者にセレモニーの場を用意するのなら、翌シーズンの本拠地試合で「始球式」がいいと思っている。第2の人生を歩み始めた証として、スーツ姿でも、新たな職業の制服でもいい。相手打者も迷うことなくスイングしてバットが空を切る。打者なら始球式の打席に立ってもいいと思う。スタジアムに集うファンの温かい拍手で功労者を送り出す。家族を呼んでもいい。そんな光景から開幕するシーズンは悪くない。
皆さんは「引退試合」、どう思いますか。