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一銭も持たず、アメリカ大陸を走り続ける“レディ・フォレスト・ガンプ” 「信じることから始めよう」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
一銭も持たず、アメリカ大陸を横断中。(写真提供:Yanise Ho)

 アメリカ大陸をランニングしながら横断した、映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』の主人公フォレンスト・ガンプを覚えているだろうか?

 レディ・フォレスト・ガンプ。

 今、アメリカには、そう呼ばれて注目されている女性がいる。ヤニス・ホーさん(23歳)だ。ヤニスさんは、インラインスケートで、一人、アメリカ大陸を走り続けている。3月14日にマイアミを出発、北上してニューヨーク州まで走り、現在は、オレゴン州ポートランドに向かってアイオワ州を横断中だ。

 体重52キロの小柄なヤニスさんが背負っているのは重さ20キロもあるバックパック。中に入ってるのは、3日分の衣服、ラップトップコンピューター、そして数多くの充電器だけ。

 お金は、入っていない。

 ヤニスさんは一銭も持たずに横断しているのだ。ヤニスさんに毎晩の寝場所と食べ物を提供しているのは、旅の途中、毎日出会う見知らぬ人たちである。

 犯罪が多発するアメリカで、怖くないのか? そんな疑問がわき上がる。ヤニスさんは、護衛用具なども持っていない。それでも、ヤニスさんは怖くはない。なぜか?

 マイアミを出発してから、毎日30〜50キロ走り、これまでの走行距離は約3700キロ。現在、アイオワ州を走っているヤニスさんに話を聞いた。(ヤニス・ホーさんのウェブサイト。彼女がどこを走っているか知ることができます。

時には、ヤニスさんをフォローして走る人々も現れるという。まさに“レディ・フォレスト・ガンプ”だ。(写真提供:Yanise Ho)
時には、ヤニスさんをフォローして走る人々も現れるという。まさに“レディ・フォレスト・ガンプ”だ。(写真提供:Yanise Ho)

世界にはたくさんの愛や思いやりがある

ーー今夜の寝場所は見つかりましたか?

 見つかりました。1週間前、シカゴを走っていた時に、サイクリングをしていた男性と出会ったのですが、彼の義理の兄弟がアイオワ州に住んでいて、その方が空いているアパートの部屋を用意してくれたんです。

ーー毎晩、違うところに泊まっているんですね。

 そうです。毎日、知り合った人々が寝場所や食べ物をオファーしてくれます。寝場所は、ゲストルームの時もあるし、リビングルームのソファーの時もあるし、何億もするような豪邸の一室の時もあります。トレイラー暮らしをしている貧しい家族が寝場所を提供してくれたこともありました。

ーーあらゆる場所に泊まって来たんですね。

 泊めてくれた人々はみなそれぞれ違っていました。社会的背景も、職業も、人種も、性的指向も。でも、一つだけ共通点がありました。それはみんな助け合うという精神を持っていたことです。みな違っていましたが、みな家族のような気持ちで、私を助けてくれました。

ーーなぜ、一銭も持たずに走っているのでしょうか?

 世界を見渡すと、流れているのはネガティブなニュースばかりです。まるで、世界は危険でいっぱいだといわんばかりです。また、ネガティブな見方をする人々も少なくありません。彼らは言います。「誘拐やレイプにあうかもしれないから、女の一人旅は危険だ」、「人のことは信じるな」、「人には構うんじゃない」。でも、そうではないと思うんです。世界には悪よりも、より多くの善があるからです。「金なし、武器なし、計画なし」で走っている私に、見知らぬ人々が進んで助けの手を差し伸べてくれるのです。世界にはたくさんの愛や思いやりがあることを伝えたいんです。

             

自分からは助けを求めない

 無銭で走るヤニスさんには一つのルールがある。それは、自分からは助けを求めないこと。それでも、たくさんの人々が、進んで、ヤニスさんを助けてくれた。出発地点のマイアミを出た直後、携帯電話とカメラホールダーが壊れた。夕方、公園で一人途方にくれていたヤニスさんに聞こえてきた声。「ここで何しているの? どうかしたの?」。見ると、立っていたのは7歳の男の子。理由を話すと「うちにおいでよ。お父さんが助けてくれるよ」と助けの手を差し伸べてくれた。その夜は、その男の子の家族が、ヤニスさんにとっての“一夜の家族”になった。

 ジョージア州のハイウェイでスタックした時は、村の人々が総出で助けに来た。「大丈夫?」「何か必要なものはない?」「食べ物はいる?」。ヤニスさんは戸惑ってしまうほど、次々と声をかけられた。

 寝場所や食べ物以外にも、ヤニスさんの旅を助けているものがある。それは、車のクラクションでの応援であり、道ゆく人の“ハロー”という声であり、優しいスマイルだ。彼らは、ヤニスさんが世界には善があることを伝えるために、無銭で大陸を横断していることなどは知らない。一生懸命に走っているヤニスさんの姿に、ただ、心を打たれて声援を送っているのだ。そんなハロー一つ、スマイル一つに、ヤニスさんは走り続けるパワーをもらっているという。

 ヤニスさんは出会った人々からもらった愛や思いやりを他者に与えようともしている。クラウドファンディングを通じて、ケニヤやウガンダに住む女性たちが教育を受け、雇用を得られるよう基金集めをしているのだ。これまで13700ドルを集めたが、2万ドルを目指しているという。

寝場所を提供してくれる人々はみな違えど、助けたいという気持ちは同じ。(写真提供:Yanise Ho)
寝場所を提供してくれる人々はみな違えど、助けたいという気持ちは同じ。(写真提供:Yanise Ho)

人を信じ、自分を信じる

ーーなぜ、出会ったばかりの人々が、ヤニスさんに、寝場所や食べ物など助けの手を差し伸べてくれるのだと思いますか?

 信頼を伝えることができているからだと思います。私は、出会った瞬間から、その人のことを家族のように信頼するのです。世界は自分を映し出す鏡です。私が信頼していることがその人に伝わると、その人も信頼を返してくれます。そして、心を開いてくれます。しかし、悲しいことに、今の世の中からは、そんな信頼が失われています。見知らぬ人のことなどまず信頼しません。でも、私にとっては、見知らぬ人々はこれから出会う友達であり、家族なんです。

ーーヤニスさんのことを“レディ・フォレスト・ガンプ”と呼ぶ人もいます。

 恐れや不安などネガティブな思いを抱かず、ただ、走りたいから走っている。そんなところが、ガンプに似ているのかもしれません。人々は多くのことを心配しすぎ、恐れすぎていると思います。心配しなければ、恐れなければ、事はもっとうまく運ぶと思うんです。準備万端の上で行動する必要などないんです。準備万端でなくても、まず行動を始め、行動する中で、少しずつ学んで行けばいいと思います。そして、後はただ自分を信じて、目的に向かって歩み続けるのみです。

 実際、私自身、インラインスケートを始めて間もないというのに旅に出ました。もともと体育会系ではないし、トレーニングもしたことがありません。身体の小さな私が体重の3分の1以上の重さがあるバックパックを背負ってアメリカ大陸を横断するなんて無謀だという人もいました。でも、走り始めました。「できる」と信じているから。私の中にあるのは“自分を信じること”、それだけなんです。でも、それさえあれば、目的を達成できる可能性は高いと信じているんです。

 毎日出会う人々を家族のように信頼し、そして何より自分自身を強く信じるヤニスさん。明日何が起きるかなんてわからない。しかし、ヤニスさんにはこれっぽっちの不安もない。常に、人を、自分を信じ続けているからだ。

「ポジティブであり続ければ、良いことは起きます。太陽はいつも私を、あなたを照らしているんです」

 そう訴えるヤニスさん。ゴールのポートランドまであと約3200キロ。今日も、“一夜の家族”と出会うのを楽しみにしている。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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