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野良猫はなぜ子捨て・育児放棄をするのか… ついに「おかぁさん」は家猫になった

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:アフロ)

春先になると、カルガモの親子が引っ越しをするシーンがニュースなどで流れます。親鳥のうしろを何匹もの雛鳥がヨチヨチと歩く可愛らしい姿です。自然界では、このように子育ては子どもに対して平等に行われていると思いたいですね。しかし、残念ながら野良の母猫は子捨てをするのです。

なぜ、野良の母猫は子捨て・育児放棄をするのか?

外で暮らす野良猫の環境

野良猫は、人が作りだしたものですが、現実に多くの猫が、自然界で生活しています。そして、外で暮らすということはとても過酷なのです。

・いくら春になったからといっても朝晩、寒暖の差があります。

・夏は暑いし、冬は寒い。

・雨が降ることもある。

・室内飼いの猫のように、フカフカの敷物など用意されていない。

・食事も食べたいときにありつけるとは限りません。空腹のときももちろんあります。

そんな中で妊娠して出産するのです。子育てはもっと過酷になります。何匹も産みますから。

なぜ、一度の出産で数匹産むのか?

犬や猫は、一度の出産で数匹産みますが、それには訳があります。

・産んだ子猫が均等に大きくなればいいのですが、やはりお乳の吸いの悪い子も出てきます。

・寒さに弱い子もいる。

・雨に弱い子もいる。

・生まれつき免疫力の弱い子もいる。

そのため、多産でないと、種を残せないという理由で、環境に適応するためです(魚なども上手く育たないので、多くの卵を産みます)。

猫は、発情期に数匹のオスと交配する場合もあります。つまり同腹でお父さんが違うわけです。そうなると自然環境の違いで、自分の産んだ子でも違いが出てくるのです。

弱った子は、子捨て・育児放棄の対象に

母猫は、弱った子猫を育児放棄します。

元気な子猫を中心に育てていくのです。「そんなかわいそう」と思われるかもしれませんが。自然界は厳しいところで、自分のエネルギーを注いで、その子が亡くなってしまうことは母猫にとっては、大損失です。子供を産むということは自分の遺伝子を残すことに意味があります。

人のように弱い子を手厚く面倒を見るということは、行わないのです。

人の場合は、子どもがいれば、病気がちな子ほど、親は気を配りますが、野良猫は、そのようなことはできないのです。自分自身が食べていくのも過酷な環境下にいるのですから。

たとえば、鳥の場合、雛に餌をとってきてあげるのですが、一番大きな口を開けている子にしかあげないのです。雛全部に均等にはあげないのです。確かこの子は、あまり食べてないからといって、無理に口にねじ込むことはしません。そのような自然界の厳しい現実があるのです。

「おかぁさん」と呼ばれていたメス猫の実話

飼い主の平田さん(仮名)は、ひとりで自宅の近所の野良猫を保護しています。

空き家があり、そこに「おかぁさん」と呼ばれているメス猫が住みついていました。「おかぁさん」は、毎年、2回は出産するのでその辺りは野良猫が急に増えました。

「おかぁさん」を捕獲して避妊手術をすればいいのですが、とても気性の激しい猫で捕獲できません。それでも平田さんは世話をしていました。何度も捕獲を試みましたが、その度に、平田さんは、「おかぁさん」に引っ掻かれて流血騒ぎを起こしていました。猫は1回の出産の度に3匹から5匹子猫を産みます。

平田さんは、私たちの動物病院に来て「また、「おかぁさん」、お腹が大きいみたい。あの空き家で産むのかな」とこぼしていました。数日間、姿を見せなくなるとお腹周りがすっとしているそうです。それを見て平田さんは、出産が終わったことを知ります。出産の後は、おかぁさんは食欲旺盛になります。

「おかぁさん」は弱った子猫を捨てにくる

平田さんの近所では、「おかぁさん」は、子猫を連れて移動しています。生後間もなくは、子猫の首をつかんで移動させていました。何匹産んでいるかわからないのですが、セッセとどこかに運んでいます。平田さんが引っ越しが終わったのかな、と思っていると家の前にあまり動かない子猫を見つけました。

「あの「おかぁさん」の子どもです。まだ、いると思うのですが、こうやってうちの家の前に置いていくのです」と言って平田さんは、子猫を何度も動物病院に連れてきました。平田さんは、離乳が終われば里親を探していました。そんなことを何回か繰り返して、同腹の子猫を全て捕獲することに成功しました。

「おかぁさん」を避妊手術しないと、またこれの繰り返しです。

「おかぁさん」、ついに掴まる

「おかぁさん」は、平田さんの家の中に入ってくるようになりました。でも、子猫の世話をしようとはせず、眺めている感じです。子猫が近づくとシャーと言って怒っていました。「おかぁさん」も平田さんがよくしてくれるので、だんだんと心を許してくれるようになり、キャットフードを食べているところを通っても怒らなくなりました。そうこうしているうちに、平田さんは「おかぁさん」の隙を見て捕獲に成功しました。「ついに捕まえました!避妊手術お願いします」と平田さんは、嬉しそうに来院。私は平田さんの「おかぁさん」に対するひるみない行動力と愛情に、心の中でガッツポーズをとりました。このようにして、あまり懐かないけれど、「おかぁさん」は家猫になり平田さんちの周辺は、野良猫がいなくなりました。

まとめ

室内飼いの猫は、「今日はこのフードを食べないから」というように飼い主の判断によって 他のものを食べさせてもらったりしています。「3日同じフードが続くともうダメなの」と言われる飼い主は、たくさん動物病院に来られます。

一方、野良猫は今日、食べ物にありつけるかどうかさえわからない。食べられるものなら何でも食べる子が多いですね。野良生活が長い子が、トイレのある種類の砂を食べてたいへんな症状になったこともありました(その子は、砂を新聞に替えてもらい、ことなきを得ました)。そんな中、何匹も出産して子育てをするのだから、「もう無理」と思って、子捨て・育児放棄をするのは仕方のないことかもしれませんね 。それがわかっているので、平田さんは、苦労されながら「おかぁさん」の気持ちを動かし、いまでは家猫になりました。野良猫は、人のエゴが作りだしたもの です。この世から、1匹でもいなくなることを願っています。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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