3000本安打に王手のプーホルスの打席で感じた大谷の気配りと優しさ
5月3日(日本時間4日)にアナハイムで行なわれたロサンゼルス・エンゼルス対ボルティモア・オリオールズ戦には3万5000人以上のファンが球場に詰めかけた。
二刀流の活躍でメジャーリーグに旋風を巻き起こしている大谷翔平や、現役メジャー最高の選手と言われるマイク・トラウト、そしてフリーエージェント権を手にする今オフには総額3億ドル以上の超大型契約が確実視されるオリオールズのマニー・マチャドとプレーでファンを魅了する選手は多かったが、この夜はファンが最も楽しみにしていたのはアルバート・プーホルスの打席だった。
前日の試合でホームランを含む2本のヒットを放ったプーホルスは、メジャー通算3000本安打まで残り2本でこの試合を迎えた。
メジャーでは3000本安打は殿堂入りへの切符と考えられている。長いメジャーリーグの歴史の中で3000本安打を達成したのは、僅か31人のみ。現役のエイドリアン・ベルトレー(テキサス・レンジャース)と来季以降に現役復帰が濃厚なイチロー、そして殿堂入り資格を得られる現役引退後5年が経過していないデレク・ジーターとアレックス・ロドリゲスの4人を除くと、殿堂入りしていないのは野球賭博で永久追放処分を受けたピート・ローズとステロイド使用疑惑が囁かれるラファエル・パルメイロの2人だけだ。
また、620本のホームランを打っているプーホルスが3000本安打を打つと、ハンク・アーロン、ウィリー・メイズ、ロドリゲスに次ぐ歴代4人目の3000本安打&600本塁打達成者となる。
エンゼルスは翌4日からシアトルとコロラドへの遠征が控えているために、本拠地での大記録達成を願う地元のファンたちは、プーホルスがこの試合で2本のヒットを打つことを期待して球場へ応援に駆けつけた。
そんなファンの期待に応えるように、プーホルスは1回裏の第1打席に二塁打を放ち、3000本安打にリーチをかける。
一塁側オリオールズ・ベンチ外側からプーホルスの2999安打目を撮った私は、記念すべき3000安打目は三塁側のエンゼルス・ベンチ内側で撮るために撮影ポジションを移動した。
このポジションから右打者のプーホルスの打席を撮ると背中側からの撮影となってしまうので、ほとんどのフォトグラファーは一塁側から撮影。他のフォトグラファーと同じような写真となることを避けるため、私はあえて誰もいない三塁側の内側から記念の一打を撮ることを選んだ。この場所からだと、通算620本塁打を放っているプーホルスが3000本安打を本塁打で決めたときには、ホームへ生還後に良い写真を撮れるし、本塁打でなかったとしても、プーホルスがバットを思い切り振ってくれれば、振り切り直後に顔も見える。出塁後には塁上からベンチに向かって喜びのポーズを決めるプーホルスの絵も撮れると判断した。
上の写真を見てもらうと、ネクストバッターズサークルの後ろに地下に掘られたVIP席があるのが分かるはずだ。この席は目線がフィールドの高さとほぼ同じで企業向けに年間指定席として部屋単位で販売されている。ちなみに最も内側のホームベースに近い部屋は、辣腕代理人のスコット・ボラス率いるボラス・コーポレーションのものだ。
3000本安打に王手をかけた4番打者のプーホルスが打席に立ったとき、ネクストバッターズサークルにいたのは5番打者の大谷。球場にいる全員の目が歴史的快挙を成し遂げようとしているプーホルスに注がれていたが、この席に座っていたファンは大谷に立ち塞がれて、打席のプーホルスが見えなかった。そのことに気づいた大谷はファンに向かって笑顔を見せると、ベンチの方向に3、4歩ずれてあげたのだ。
ただし……。その場所に立たれてしまうと、今度は私がプーホルスを撮れなくなってしまう。こんな感じに。
この場所は狭く、隣には中継用のテレビカメラがあるので、場所を動くこともできない。途方に暮れていた私に気づいた大谷は軽く会釈すると、さらに2歩ほどずれてプーホルスが撮れるように場所を空けてくれた。
残念ながらプーホルスは1安打に終わり、3000本安打はお預けとなってしまったが、私の中ではプーホルスの3000本安打の瞬間を撮れなかった無念さよりも、試合中にも関わらず大谷が見せてくれたさり気ない気遣いと優しさに触れることができた嬉しさが勝っていた。
これまでに1000試合以上もメジャーリーグの試合を撮ってきたが、試合中に選手がそのような気遣いをしてくれたのは初めての経験だった。
大谷は打席に入る前には審判と捕手に向かって軽く一礼をするし、出塁すると塁審と内野手に挨拶もする。人として大切な礼儀を忘れないだけでなく、周囲への気配りもできるのは、精神的に余裕を持ってプレーできているからだろう。
慣れ親しんだ日本球界からメジャーへ移り、開幕してからまだ1ヶ月しか経っていない。しかも約100年間、誰も成し遂げたことがない投打の二刀流に挑む。自分のことだけで必死で、周りに目を配る余裕がなくても不思議ではないのに、23歳の大谷はファンやフォトグラファーにまで気遣いができる心の余裕を持っている。
大谷はプレーでもファンを魅了できる選手だが、その素晴らしい人間性でも多くのファンの心を掴んでいくことだろう。