2人のKOJIが快挙!役所広司のカンヌ男優賞作、渋谷のアート公共トイレ仕掛けたユニクロ柳井康治氏製作
“2人のKOJI”が第76回カンヌ国際映画祭で快挙を成し遂げた。5月27日(日本時間28日)、東京・渋谷の公共トイレ清掃員の日々を描いた映画「PERFECT DAYS」(ヴィム・ヴェンダース監督)で最優秀男優賞を受賞したのは、役所広司氏。もう一人は、この映画を製作した柳井康治氏だ。「UNIQLO(ユニクロ)」を率いるファーストリテイリング柳井正会長兼社長の次男で、同社の取締役兼グループ上席執行役員としてマーケティングやサステナビリティを管掌する人物である。
今回の快挙を語るうえで知っておきたいのは、この映画は渋谷区の17の公共トイレを16人の建築家やクリエイターが生まれ変わらせた「THE TOKYO TOILET(ザ トウキョウ トイレット)」プロジェクトの一環であるということが一つ。もう一つが、東京オリンピック・パラリンピック2020を機に、日本が世界に誇る「おもてなし」文化の象徴であるトイレを、デザインとアートの力でイノベーションし、問題解決・問題提起と良質な体験を実現するために、この映画を創ったということだ。さらに、あの個性的かつ明るく清潔に生まれ変わったトイレ群は、日本財団が渋谷区と協力して運営しているが、映画だけでなくこのプロジェクト全体のオーナーが柳井康治氏であるということだ。
柳井康治氏は昨年11月、英国発のファッションビジネスメディア「Business of Fashion」(BoF)の年次カンファレンス「VOICES2022」のセッション(テーマは「グローバルカルチャー&クリエイティビティ」)に登壇。商社勤務時代に駐在経験もあるロンドンで、堂々と英語でスピーチを行い、このプロジェクトの全体像と、映画に込めた想いをこんな風に説明した。
このプロジェクトは、1本のショートムービーがインスピレーション源になっています。英国の公共テレビ「チャンネル4」が英国パラリンピック協会と2016年のリオ・オリンピック・パラリンピックの放映に際して制作した「We’re The Superhumans」です(筆者注:障害者で構成されたバンドが演奏する「Yes I Can」の曲に合わせて、さまざまなスポーツや車の運転などを行うシーンなどで構成されたテレビ広告で、奇しくも2017年のカンヌ国際映画祭のフィルム部門で満場一致でグランプリを獲得している)。この映像を2016年に見て、ショックを受けるとともにとても触発され、オリンピックほど脚光を浴びていなかったパラリンピックに興味を持ちました。
私たちファーストリテイリングでは、車椅子テニスの生きるレジェンドである国枝慎吾氏をユニクロ初のグローバルブランドアンバサダーに起用していました。2020年の東京オリンピック・パラリンピックについて話した際に、「東京はホストシティだけれど、障害者や外国人にとって十分にフレンドリーな街ではない」と言われ、がっかりするとともに、目を見開くきっかけになりました。そこで、日常生活に深く根ざしながら、多くの人々がうらやましいと思えるようなラグジュアリーで美しくてプレミアムな障害者向けの特別な施設を作って、エモーショナルな感情や瞬間を創出できたら――というのが私のオリジナルのアイデアでした。
けれどもある日、私は父・柳井正の服づくりの精神を思い出しました。「特別であることはいいことだけれど、もっと大切なことは『Made for All』、すべての人のために作られたものであることだ」というものです。人種、性別、年齢、宗教、政治、障害の有無に関係なく、すべての人のために――というのは、ユニクロのとてもとてもコアなコンセプトであり、自分のプロジェクトでも同じように、すべての人のためのものを作ろうと、考え方を変えたのです。
そして、気付いたのです。忙しくて食事をとれない日や寝られない日はあっても、トイレに行かない日はない。まさに、No Toilet, No Life(笑)。人間が生きるうえでトイレは必ず行かなければならない場所です。そこで、誰もが使える魅力的な公共トイレを造ろうと決め、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトをスタートしました。
公衆トイレには、暗くて汚くて臭くて怖いといったイメージがありますが、渋谷区の17のトイレを16人の建築家によって明るくキレイにクリエイティブにしながら障害者の方々を含めて誰もが快適に使えることを目指しました。パートナーとして協力いただいた安藤忠雄氏や隈研吾氏、坂茂氏、NIGO氏、マーク・ニューソン氏などには、1人1人ダイレクトに、メールを送ったり、電話をしたり、手紙を書いたりしてオファーをしました。そのプロセスも興味深く、クリエイターたちとの対話からとても刺激を受けました。
建築家だけなく、プロダクトデザイナーやクリエイティブディレクター、ファッションデザイナー、ユニバーサルデザイン専門家など幅広い人材をセレクションしました。課題に多角的な視点で向かい合うことが、問題解決の成功の鍵の一つになるからです。私は「Design is a solution of a problem, Art is a question to a problem.~デザインとは問題の解決であり、アートとは問題を問いかけることである」という、ジョン・マエダ氏(日系アメリカ人のグラフィックデザイナー、テクノロジスト、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン学長)の言葉が好きで、プロジェクトを通じて常に心に留めています。私は公共トイレによって世界を変え、日本をさらにユニークで素晴らしい国にすることができる、この問題解決と問題提起の両方が実現できたとき、人々の価値観を変えることができると信じています。そのイノベーションを起こすために、多くの世界的なトップクリエイターを招へいしたのです。
次のステージとして、誰もが快適に利用できる公共トイレを維持するため、トイレそのものだけでなくプロジェクト全体を「デザイン」することにチャレンジしています。人は美しいものは汚しづらいものです。渋谷エリアの通常の公共トイレの清掃は1日1回ですが、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトでは1日3回を基本とした清掃体制の確立も行っています(複数の組織・企業によるメンテナンスのチームを組成し、体制や費用などを改善中。清掃員が着用するユニフォームはNIGO氏のデザインだ)。
また、トイレをきれいに使ってくださいと大声で呼びかけるのではなく、どうしたら自然に、無意識レベルで、トイレをきれいに使おうと思ってもらえるのか?その答えが、アートでした。人々は芸術的で美しいものに自然と心を動かされるものです。そんなエモーショナルなものを作って、人々の気持ちを動かす触媒になればと考えました。
そこで、トイレの清掃人に光を当てた映画を作ることにしました。とてもラッキーなことに、私の大好きなドイツの巨匠、ヴィム・ヴェンダース監督と、日本の素晴らしい俳優である役所広司氏、アナザーKOJIがプロジェクトに共感し、参加してくれました。渋谷の公共トイレを中心に、2022年に約半年かけて撮影を行いました。美しい日常の日々を丁寧に追うもので、とても美しい映像になっています。この映画を観ることで人々にポジティブな影響を与えられるものになると思っています。映画を観て、「THE TOKYO TOILET」プロジェクトのトイレを訪れて、体感して、そして、ぜひ使ってみてください。
「PERFECT DAYS」は、東京の公共トイレに“small sanctuaries of peace and dignity(平穏と高貴さをあわせもった、ささやかで神聖な場所)”を見出し、役所氏演じる清掃員の男・平山の日常生活の中の小さな揺らぎを美しい映像とともに丁寧に追った2時間5分の長編映画。カンヌでの期待度と満足度の高さは、25日のコンペティション上映時に起こった、関係者の入場時の5分間の拍手と、上映後の10分間のスタンディングオベーションにも表れている。日本での上映は未定だが、凱旋上映が待たれる。
(*以上、写真はBoFのVOICES2022オンラインカンファレンスの映像より)
<主なキャスト>
主演:役所広司
柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
<スタッフ>
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治
エグゼクティブ・プロデューサー:役所広司
プロデュース:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬、
國枝礼子、矢花宏太、ケイコ・オリビア・トミナガ、大桑仁、小林祐介
撮影:フランツ・ラスティグ
インスタレーション:ドナータ・ヴェンダース
編集:トニ・フロシュハマー
美術:桑島十和子
キャスティング・ディレクター:元川益暢
ロケーション:高橋亨
スタイリング:伊賀大介
ヘアメイク:勇見勝彦
「THE TOKYO TOILET」参加クリエイター:担当トイレ
安藤忠雄:神宮通公園
伊東豊雄:代々木八幡
後智仁:広尾東公園
片山正通:恵比寿公園
隈研吾:鍋島松濤公園
小林純子:笹塚緑道
坂倉竹之助:西原一丁目公園
佐藤可士和:恵比寿駅西口
佐藤カズー(博報堂Disruption Lab Team):七号通り公園
田村奈穂:東三丁目
NIGO:神宮前
坂茂:はるのおがわコミュニティパーク、代々木深町小公園
藤本壮介:西参道
マーク・ニューソン:裏参道
マイルス・ペニントン(東京大学DLXデザインラボ):幡ヶ谷
槇文彦:恵比寿東公園
(以下、写真は日本財団のプレスリリース素材より)