レアル・マドリー、ベンゼマは「役立たずの猫」なのか?
レアル・マドリーのフランス人FW、カリム・ベンゼマは在籍10年目にもかかわらず、決して人気の高い選手とは言えない。
「(ゴールを)狩りに行くのに犬がない。猫を連れて行く」
かつての指揮官であるジョゼ・モウリーニョは、ベンゼマを猫に喩えた。気まぐれで、物事がうまくいかないと、肥って動かなくなる。犬のように番もしないし、狩りもしない。飾り物同然だ、と。
ベンゼマは、”役立たずの猫”なのか。
人気が出ない理由
今シーズンも、ベンゼマ不要論は沸き立っていた。昨シーズン、リーグ戦でわずか5得点に終わって以来、懐疑の声は否定に変わってしまった。今シーズン、得点数は増えたものの(35節終了時点で21得点)、年間50得点近くを叩き出し、決戦では必ずと言っていいほどゴールを記録したクリスティアーノ・ロナウド放出の穴を埋めるには及ばない。
「9番にふさわしくない。補強が必要だ」
最近になってゴールを量産し、その論調は変化しつつあるのだが、懐疑は消えない。
マドリディスタ(マドリーファン)にとって、9番の条件は、「絶大な得点力」と「マッチョ(男らしさ)」の二つである。過去、9番にはディ・ステファノ、サンティジャーナ、ウーゴ・サンチェス、ロナウドという系譜がある。どの選手もその条件を満たし、チームを牽引した。
得点数もさることながら、雄々しさという観点から見ても、ベンゼマは物足りないのだろう。信じられないかもしれないが、マドリディスタにとって、ストライカーのパスは「怯懦」に映る。モウリーニョも同じように、ベンゼマの"気弱さ"を嫌った。
だが、パスは弱さなのか――。
9番と10番と両方の特質
ベンゼマはストライカーと言うよりも、「最前線の司令官」のように映る。アレックス・ファーガソンをして「ジダンを彷彿とさせる」と絶賛させたように(リヨン時代に対戦したとき、マンチェスター・Uの監督だったファーガソンは、試合後にベンゼマに近寄って移籍を持ちかけ、リヨン関係者が猛烈に抗議したエピソードがある)、トップ下のプレーメーカーとしての才能も十分に備える。背番号的には、10番だ。
ベンゼマは、9番と10番と両方の特質を持っている。それだけではない。11番というサイドアタッカーの技量も備える。ポジションが求めるプレーに適応できるのだ。
相手がブロックを作り、守りを固めてきたとき、その真価を発揮する。限られた空間の中、最高のポジショニングと質の高いスキルで、ストライカーとしてもトップ下としても、あるいはウィングとしても、華麗なコンビネーションプレーを作り出せる。力押しではなく、知謀を巡らして城を攻め落とすのに似ているか。そのプレーはスマートで、無理がない。
「カリムが中盤に下がったとき、もしくはサイドに流れたとき、我々にとってのアドバンテージになる。彼はポゼッション率を劇的に高めつつ、ワイドの選手の得点力を導き出してくれるからね」
かつてマドリーを率いた名将、カルロ・アンチェロッティはそう証言していた。
これでも、ベンゼマは弱いのか?
少年時代のベンゼマ
ベンゼマは性格的に内向的で、感情を表に出すタイプではない。緊迫した場面にもかかわらず、どこか鷹揚と構えている(少なくともそう見える)。勝負における鋭さや荒々しさを不思議と感じさせない。
「僕は眠るのが好きなんだ。日々の日課は、ランチ後の昼寝。でも、1時間以上は絶対に寝ないようにしているんだよ。だってさ、夜眠れなくなっちゃうじゃん」
あけすけに語るベンゼマには、微塵の狷介さもない。
子供の頃のベンゼマは、ひどく太っていたという。そのせいで、学校では相当ないじめに遭っていた。学校に通うのが嫌になって、授業を抜け出し、一人でボールを蹴ることもしばしばだった。太ってはいたが、ボールテクニックはほとんど生来的に光るものがあり、ボールを扱う溌剌とした様子は、いじめられっ子には見えなかったという。
そのサッカー少年の味方になったのが、慈愛に満ちた母だった。
「カリムはボールを蹴るのがとても好きだから、サッカークラブに入るのはどう?」
町のクラブに入ったベンゼマは、めきめきと頭角を現していった。
母は太りやすい息子を気遣い、ダイエットに成功させたという。9歳の時にリヨンのジュニアチームと対戦し、そこで勝利の2得点を挙げ、すぐにスカウトされた。ベンゼマは内気なままだったが、才能は着実に伸び、Uー16、Uー18で得点を量産。17歳でトップチームに引き上げられた。
ピッチでは劣等感はない
プロとしての初日だった。ロッカールームでの逸話は、その本性を示している。
<おデブちゃん、見学にやってきたの?>
ベテラン選手に、冷やかし半分で迎えられる。誰かがからかい、それに追従する笑い声が起こった。
このとき、ベンゼマはこう返している。
「にやにや笑ってない方がいいっすよ。僕はあなたたちのポジションを奪いにやって来たんですから」
当時、リーグアンの王者で最強を誇っていたリヨンのFW陣は、いずれ劣らぬ各国の代表選手ばかりだったが、ベンゼマが物怖じすることはなかった。今でも一人になることを好む人間だし、引っ込み思案で屈折したところはある。しかしピッチでは、劣等感を見せない。
「カリムのプレーを見てなにも理解できない人は、"なにがサッカーか"をまったく理解できない人だ」
最大の理解者であるジネディーヌ・ジダンの言葉である。ジダンは2019-20シーズンに向け、ストライカー獲得を求めていないと言われる。ベンゼマが前線の司令塔として得点力を引き出せるはずだし、ゴールゲッターとしても覚醒する余地はあると見ている。
懦弱さこそが、ベンゼマの無限の強さなのだ。