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リアルレポ。西日本豪雨・応援の旅3 『この世界の片隅に』の舞台、レトロな呉はしみじみ面白かった

寺田直子トラベルジャーナリスト 寺田直子
映画『この世界の片隅に』に登場する旧呉海軍下士官兵集会所/筆者撮影

広島を訪れたのは8月中旬。まずは、インバウンド客に人気の高い宮島へ向かった。観光客が減っていると聞いていたが、猛暑の中、外国人観光客でそれなりににぎわいを見せていた。これから紅葉の季節を迎え順調に観光客が戻ってきてほしいところだ。

宮島をひととおり見た後、呉へは週末限定の高速船ブルーラインを利用した。所要時間は約45分。宮島から直行で呉中央桟橋ターミナルまでを結ぶ。遠くに広島港、目の前に江田島などを眺めながらの瀬戸内の青い海を疾走するクルーズは快適だ。

高速船ブルーラインから呉港に入港する直前、巨大な船や自衛艦船が迫力ある姿で迎える/筆者撮影
高速船ブルーラインから呉港に入港する直前、巨大な船や自衛艦船が迫力ある姿で迎える/筆者撮影

呉は戦前、海軍工廠(かいぐんこうしょう)と呼ばれる海軍による軍需工場として栄えた。戦艦「大和」も呉で建造されている。現在は民間の造船企業・施設が港湾をとりまき、また海上自衛隊・呉基地がある。巨大な船が停泊するドックや大小の自衛艦船などが迫力ある姿で広がる風景こそが呉のランドマーク。そして呉はご存知のように漫画、映画、テレビドラマで話題になった『この世界の片隅に』の舞台でもある。

入船山記念館の敷地に入ると木立が美しい。正面にあるのが旧呉鎮守府司令長官官舎/筆者撮影
入船山記念館の敷地に入ると木立が美しい。正面にあるのが旧呉鎮守府司令長官官舎/筆者撮影
郷土館には漫画『この世界の片隅に』に出てくる米軍が散布したビラ(伝単)の実物が展示されている/筆者撮影
郷土館には漫画『この世界の片隅に』に出てくる米軍が散布したビラ(伝単)の実物が展示されている/筆者撮影

呉中央桟橋ターミナルを降りると戦艦「大和」に関する資料、模型を含む呉の海事歴史を知る「大和ミュージアム」、日本で唯一、実物の潜水艦を展示する「てつのくじら館」があるが、筆者が向かったのは「入船山記念館」。国の重要文化財に指定された「旧呉鎮守府司令長官官舎」を中心に郷土館、歴史民俗資料館が森に囲まれた敷地内にゆったりと広がっている。もともとここは旧呉市の総氏神として親しまれていた亀山神社があった場所。明治19年に第二海軍区鎮守府を呉に置くこととなり、亀山神社を移転してこの地を接収。戦後は占領軍が使用し、その後、国有財産になり昭和41年、市の史跡に指定されている。

旧呉鎮守府司令長官官舎の応接所。壁にはみごとな金唐紙の細工が施されている/筆者撮影
旧呉鎮守府司令長官官舎の応接所。壁にはみごとな金唐紙の細工が施されている/筆者撮影

旧呉鎮守府司令長官官舎は明治・大正期に活躍した建築家、櫻井小太郎が設計。英国風のハーフティンバーの外観、職務に使用していた洋館部分の壁や天井には全国でも珍しい金唐紙をあしらうなど随所に意匠が施され美しい。かたや、歴代の長官と家族が暮らしていた奥の和館部分は端正ながら華美な装飾は一切なく、実につつましく明治の人間の道徳観がうかがえて興味深い。また、隣には呉市立美術館がある。

海軍の歴代司令長官は着退任の際に亀山神社に参詣。現在もその習慣は受け継がれ、新年に海上自衛隊の総監らが年頭安全祈願の参詣を行う/筆者撮影
海軍の歴代司令長官は着退任の際に亀山神社に参詣。現在もその習慣は受け継がれ、新年に海上自衛隊の総監らが年頭安全祈願の参詣を行う/筆者撮影
呉港と市街を見守るように高台に位置する亀山神社/筆者撮影
呉港と市街を見守るように高台に位置する亀山神社/筆者撮影

移転された亀山神社がどこにあるか検索してみたら、入船山記念館からそれほど遠くない場所にあることがわかった。せっかくなのでぜひ、参拝したいと思い歩いて向かう。

この日も猛暑の一日、歩いているとじっとりと汗をかく。ゆるやかな坂をのぼり顔をあげると大きな鳥居。高台にある亀山神社の境内からは呉港と呉市街が見渡せてみごとだ。

亀山神社の創立年代は正確にわかっていないが、大宝3年(703)と記す古文書が見つかっている。運向上・安産・学問にご利益があるといわれ、プロスポーツ選手や受験生などに人気がある。汗をぬぐい、手水で清めた後、心静かに参拝する。願うのは豪雨で被害にあった場所の一日でも早い復旧。呉を見守ってきた総氏神さまに祈りをささげる。

呉市街を走る呉線は市民の足。豪雨で一時運休していた広島間が再開し、観光への影響もなくなった/筆者撮影
呉市街を走る呉線は市民の足。豪雨で一時運休していた広島間が再開し、観光への影響もなくなった/筆者撮影

それにしても大小さまざまな船舶が停泊する港、背後にひかえる山肌にそって広がる市街の風景は、『この世界の片隅に』に登場する風景そのままだ。ロケ地を示したイラストマップなどもあり、たどるのも楽しい。たとえば旧呉海軍下士官兵集会所。すずが周作に帳面を届けにいくシーンで登場する特徴ある建物だが、現存する。老朽化が進み解体の声もあったが映画のヒットの影響もあり、現在は保存の方向で動いているという。

バスに揺られて音戸まで。呉港の海運施設を眺めながらが楽しい/筆者撮影
バスに揺られて音戸まで。呉港の海運施設を眺めながらが楽しい/筆者撮影
渋いムードの渡船乗り場。このときの客は筆者ひとりだけだった/筆者撮影
渋いムードの渡船乗り場。このときの客は筆者ひとりだけだった/筆者撮影
音戸大橋を眺めているとあっという間に対岸に到着/筆者撮影
音戸大橋を眺めているとあっという間に対岸に到着/筆者撮影

その旧呉海軍下士官兵集会所の目の前のバス停からバスに乗って次に目指したのが音戸(おんど)だ。呉市の南に位置する素朴な街並みのエリアで、目指すは「日本一短い定期航路」のキャッチフレーズを持つ音戸の渡し

バスに揺られて30分ほど。「音戸渡船口」バス停で下車すると目の前が渡船乗り場になっている。渋い風情の乗り場にはこれもまた渋い風貌の船頭たち。声をかけると船を出してくれる。

ここは音戸の瀬戸と呼ばれる呉市本州と音戸・倉橋島の間を流れる海峡。とはいえ、距離として70m。まさに目と鼻の先といったところ。「音戸大橋」があるのでバスや車はそちらを通行する。渡船の所要時間はわずか3分、料金は大人100円。船内で硬貨を船頭に手渡すと、かなり年季の入った船のエンジンをかけてゆっくりと進んでいくのがなんとものどかで楽しい。対岸から戻ってくるときは大きく手を振って合図をすれば来てくれる。

130年続いた呉服店がおしゃれなカフェと雑貨のショップになった天仁庵/筆者撮影
130年続いた呉服店がおしゃれなカフェと雑貨のショップになった天仁庵/筆者撮影
地元の食材を丁寧に手作りしたShunpuランチ/筆者撮影
地元の食材を丁寧に手作りしたShunpuランチ/筆者撮影

音戸は注目したい呉の新しい観光スポット。かつてにぎわった旧道に沿って昔ながらの町並みが続き、レトロなムードが魅力的だ。ここでぜひ、訪問したいのが天仁庵。130年にわたって続いた呉服店が代替わりをきっかけにリニューアルされ、すてきなカフェと生活雑貨の店になった。ここで地元の食材を使った手作り感たっぷりのランチを味わう。瀬戸の渡し乗船、瀬戸内の島のくらしを感じる町歩きとあわせて楽しむと呉の観光の幅が広がるだろう。

トラベルジャーナリスト 寺田直子

観光は究極の六次産業であり、災害・テロなどの復興に欠かせない「平和産業」でもあります。トラベルジャーナリストとして旅歴40年。旅することの意義を柔らかく、ときにストレートに発信。アフターコロナ、インバウンド、民泊など日本を取り巻く観光産業も様変わりする中、最新のリゾート&ホテル情報から地方の観光活性化への気づき、人生を変えうる感動の旅など国内外の旅行事情を独自の視点で発信。現在、伊豆大島で古民家カフェを営みながら執筆活動中。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『東京、なのに島ぐらし』(東海教育研究所)

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