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「起きていること、すべてが現実」 森保監督の"フラットで重い"言葉

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
(写真:松尾/アフロスポーツ)

2代目兼任監督は「いい人」

サッカーの日本A代表と五輪を目指す世代との兼任監督は、史上2人いる。初代はエキセントリックな言動も目立ったが、現在の森保一監督は全身から「いい人」オーラがあふれている。

シドニーオリンピック、ワールドカップ日韓大会で指揮を執ったフィリップ・トルシエ監督は、練習場で常に大声を張り上げていた。今では当たり前となったが、相手選手がオフサイドであることを主張するジェスチャーをするよう、DFにがなり立てて教え込んでいたのも、このフランス人指揮官だった。

対して、森保監督は試合中のベンチ前に立っていても「いい人」だ。それは他国のメディアにも伝わるようで、韓国『中央日報』はアジアカップ今大会、準決勝イラン戦での先制点直後の控えめな森保監督の様子を、少しの驚きを持って伝えていたそうだ。

あのシーンには、森保監督の真髄が見えたように思う。

過去2度同席させてもらった対談の場で、森保監督はその場にいる人々への態度も発言も、常に"フラット"だった。響きは似ていても、刺激があるのは「フラット3」といった目新しいキーワードの方だし、時にメディアを挑発するような過激な言動も、書き手としては「ネタ」になる。だが、対談で訥々と話す森保監督の言葉は、違和感なく、自然に染み込んできた。

そんな落ち着いた語り口で紡がれつつも、重みを持ってずっと頭から離れない言葉がある。

起きていること、すべてが現実」――。

イラン戦の先制場面に見えたもの

前述のゴールの後も、わずかに口元を緩めただけでメモ帳にペンを走らせ始めた冷静な指揮官だが、審判の判断に大きく抗議の声を上げることもある。それもまた、「現実をフラットな姿勢で受け入れる」ことを尊重するからだろう。

対談の席で、森保監督はこう話していた。もちろん判定に異を唱えることもあるが、自分のチームの反則に笛が吹かれなかった場合にも、第4の審判などに「ちゃんと、うちのファウルも取ってください」と声をかけるのだという。

アピールで優位な判定を1つ勝ち取るよりも、場が公正であることが、最終的にはプラスとなる。結果がどうあれ、自分たちにとっても納得がいくし、次の試合につなげる要素を見つけやすくなるはずだ。

イラン戦の先制点の場面、ドリブルで突進した南野拓実がペナルティエリア手前で相手と接触して倒れると、イランは5人もの選手が足を止めて、主審に南野の「ダイビング」をアピールしていた。その裏で南野はボールから目を離さず、すぐさま立ち上がって走り出した。追いついた南野のクロスが先制点を導き、試合の潮目を大きく変えた。

攻撃的・守備的だとか、ポゼッションといったことよりも、大事な原理がある。どのようなものであっても、起きている現実と向き合い、自分たちがすべきことをする、ということだ。

負傷者が出れば、現存のメンバーで対処する。相手の攻撃に押されたら、しっかり守り切る。笛が鳴るまで、プレーを続ける。そうした哲学の体現のようなゴールが、森保監督の口元をほころばせたのかもしれない。

2度目の対談となった2016年のシーズン終盤、サンフレッチェ広島は優勝戦線から遠のいていた。それでも森保監督は、連覇を狙うシーズンに入ろうとする10カ月前の対談の際と何ら変わるところのない、「フラット」で「いい人」のままだった。

対談取材を終えて、先に席を辞した。振り返ると、真っ赤な広島カープのキャップをかぶった隣の席の年配の男性と、笑顔で言葉を交わす森保監督がいた。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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