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ヨーロッパに「4000万円の価値ある学生生活」を証明できるか 大学サッカーの夢を背負う22歳の挑戦

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
ブレーメンへと加入した佐藤恵允(左)と明大サッカー部の栗田大輔監督

ヨーロッパ各国で、新シーズンが続々と幕を開けている。今週末には、日本人選手も多く所属するドイツでもブンデスリーガが開幕する。

新天地でリスタートを切る日本人選手たちもいる。移籍先が注目された鎌田大地は、イタリアの首都での挑戦を決めた。上田綺世はオランダの名門フェイエノールトへ、1000万ユーロに出来高を加えるという同クラブ史上最高額で招かれた。現在の1ユーロ=158円というレートで計算すれば、15億円を超える金額だ。

契約を満了してフリーで移籍した鎌田、クラブ記録をつくった上田と、移籍にまつわる形態も金額もさまざまだ。一方で、こんな声もある。

「1400万となると、なかなか…」

明治大学体育会サッカー部の栗田大輔監督は、少し困ったような表情で語った。教え子の会見の後、取材の輪が解けた後でのことだった。

ブンデスリーガに、新たな日本人選手が参戦する。明治大学の4年生、U-22日本代表にも選ばれている佐藤恵允が、ヴェルダー・ブレーメンへと加入した。卒業を待たずに、7月末で明大サッカー部を退部。今月に入り、リーグ戦開幕を待つドイツへと渡った。

明大サッカー部は、多くのプロ選手を輩出してきた。昨年のカタール大会で自身4度目となるワールドカップを戦った長友佑都も、その一人。明大在学中にプロへと転向した先例ではあるが、それでも今回はやはり「異例」である。Jリーグを経ることなく、最終学年のシーズンを残して、ヨーロッパのクラブへと「移籍」するのだ。

プロジェクトの始まりは、昨秋だった。佐藤と面談した栗田監督は、「恵允の持つビジョンを確認して、その強い意志を感じ取った」という。「パッションがあり、コミュニケーションスキルが高い」、何よりも「壁が高くなればなるほど、吸収していける力がある」。世界で活躍する選手になるという「そのビジョンに対して最短のルート」は、海外にあると直感した。

プロ志望の大学生にとって、プロクラブの練習への参加は「就活」の一部である。栗田監督はプロジェクトのパートナーを得て、その場を海外に求めた。今年に入り実現した2カ国でのテストのうち、その後もU-22日本代表での活動も見守ったブレーメンと、晴れて契約に至った。

大学サッカーの認知度

就職活動に面接はつきものだが、今回は栗田監督もプレゼンテーション役を担った。佐藤ではなく、日本の大学サッカーのプレゼンである。

「海外の人は、『大学って何?』みたいな感じなんですよね。分かっていないんですよね、大学(サッカー)の制度とか立ち位置が」

日本サッカー界にとって、大学はもはや選手育成に不可欠だ。高校を卒業する年齢から、すぐにプロの世界で活躍できればベストだが、簡単なことではない。高校卒業後の数年間を空白にすることなく第一線でプレーさせ、切磋琢磨させてくれるのが大学の4年間だ。その成果は、昨年のカタールW杯での日本代表の登録メンバー26選手中、9人が大卒選手だった事実が物語る。

世界最高峰と言われるイングランドのプレミアリーグでプレーする三笘薫も、筑波大学で過ごした日々が現在につながっている。ブライトンにおける昨季のブレイク時には、大卒であること自体や卒業論文が現地でも話題となった。

ヨーロッパには存在しない「プロにつながる大学サッカー」も、認知されるようにはなっているのかもしれない。だが、理解されるまでには至っていないのだろう。

アマチュアに「賭ける」金額

プレゼンするだけではなく、起用法や育成方針について尋ねる栗田監督に対して、ブレーメンは非常に誠意ある対応をしたという。その思いが、何よりもオファーしたこと自体に表れる。22歳のアマチュア選手に対して、9000万円を支払う覚悟を決めたのだ。

サッカーの世界では23歳になる年の末までにアマチュア選手がプロ契約を結ぶと、それまでの育成に対する「トレーニング・コンペンセーション」(TC)が発生する。プロに代わって選手を育てたクラブなどのアマチュア組織に、指導に費やした労力や時間、金額を補填するのだ。

日本でも高校や大学などに支払われるが、その額は決して大きいとは言えない。だが、国内のアマチュアがいきなり国外でプロになると、文字通り「ケタ違い」となる。

TCは大陸や国など移籍先のレベルによって基準額が設定されており、ブンデスリーガはその最上位に位置付けられている。TCは選手が12歳から21歳まで所属した育成組織に支払われ、今回の総額は58万ユーロ。1ユーロ=158円換算で9164万円にも達するのだ。

年代で基準額は違うが、大学時代の1年間に対しては9万ユーロが支払われる。上記換算で1422万円。佐藤のこれまでの大学生活3年間の合計は、4266万円となる。

欧州トップの1部リーグで戦うクラブにとっては大金ではないかもしれないが、プロ経験のないアジアの22歳に「賭ける」額としては、どうなのか。だからこそ、栗田監督は「(支払いが1年につき)1400万ともなると…」と、壁になり得ることを示唆したのだろう。

TCは育成した組織が請求することで支払い義務が生じるものであり、かつては日本でも減額などが交渉されてきたという。強国の名門クラブと極東の非プロ組織の間で、どんなやり取りが行われたかは分からない。

だが、少なくとも明大には約4000万円を受け取る権利があったことは確かだ。明大での3年半がなければ、佐藤がドイツでプロになる道は開けなかった。

這い上がる力

佐藤は高校時代まで、無名の存在だった。明大との練習試合に出た高校3年時の佐藤の印象は、「かなりガサツだが、推進力は強い選手」(栗田監督)。だが、力強く突破を仕掛ける姿に、感じるものがあったという。

佐藤自身にも、大学では「無名で入ってきて、一番下からのスタート。自分自身這い上がろうと思っていた」との自覚があった。だからこそ、他の選手のスケジュールの都合で得た部内でのチャンスを活かし、年代別日本代表入りにまでつなげた。

昨年のU23アジアカップにも追加招集で滑り込み、現在もパリ五輪を目指すチームに残り続けている。栗田監督にも「自分の目の前のチャンスをつかむ何かを持っている」と、海外へ送り出す決意を固めさせるものがあった。

日本代表の選手たちを含め、あらゆる大卒Jリーガーがピッチ内外における大学生活での成長を口にする。佐藤も「自分自身、人として成長できたと実感できる」と断言した。

今回のような例が頻発するかは分からないが、栗田監督は「こういう実績をつくったことが他の大学生が希望を持つというか、間口が広がり、夢を持つことにつながる」と話す。佐藤自身も「大学からドイツ、海外へ行くことで、大学サッカーの価値もすごく上がると思う。大学サッカーを代表して、海外で活躍して成功例をつくって、夢と希望を与えられたら」と思いを口にした。

大学で過ごす時間には、4000万円の価値があるのか。ヨーロッパの想像を超える「プライスレス」を証明する挑戦が始まる。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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