映画好き以外「国際映画祭」って「誰得」なのか
第30回目を迎える東京国際映画祭(Tokyo International Film Festival、TIFF)が開かれている(2017年10月25日〜11月3日)。10年ぶりにオープニング映画を邦画『鋼の錬金術師』が飾り、チェン・カイコー監督による日中合作の大作『空海-Ku-kai-』の特別編集版や今年のヴェネチア映画祭で金獅子賞を取ったギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』などの話題作や特別招待作品、コンペティション部門作品などが世界中から集まった。今年の作品群は近年にない良品ぞろいとの前評判も高い。
国際映画祭は「アートとビジネス」
映画が好きな人たちにとって、映画祭は祝祭的な雰囲気も楽しめるが、普段なかなか観ることができない映画を鑑賞する絶好の機会だ。映画は芸術的な作品であると同時に商業的な商品でもある。つまり「アートとビジネス」の要素が国際映画祭にはあるというわけだが、そのどちらもグローバリゼーションやダイバーシティへ向かう世界的な潮流と無縁ではない。
国際的な映画祭には「オリンピック」的要素もあり、主な受賞作品は高く評価され、版権や興行権の売買などで有利になったり監督や俳優女優の売り込みの場になったりもする。国際映画祭は映画ビジネスのマーケティング戦略にとっても重要だが、映画祭で評価された映画が興行的に成功するとは限らない。
こうした国際的な映画祭は第二次世界大戦後から始まった。とは言っても、戦前にはイタリアのヴェネツィア国際映画祭(1932年〜)くらいしかなかった。
そのヴェネツィア国際映画祭の当初の主な目的は、観光誘致だった。ツーリズム目的の映画祭の場合、多くは初夏から初秋にかけてのバカンスシーズンに合わせて開催される。ヴェネツィア国際映画祭の最初のディレクターは地元でホテル事業を展開する男だった(※1)が、こうした傾向は戦後に始まったカンヌ国際映画祭(1946年〜、5月開催)にもみられる。
世界三大映画祭の一つ、ベルリン国際映画祭(1951年〜)の場合、映画ビジネスがグローバリゼーション化したこと、東西ドイツ統一によりベルリンが統一ドイツの首都になったことにより、観光誘致と同時に国際的な映画マーケットの場としての機能も持つことになった。こうしてベルリン映画祭は、ヴェネツィア国際映画祭やカンヌ国際映画祭に一歩先んじ、単なるお祭りや観光目的ではなくビジネス的な要素を加味したものになったのだが、その後、国際映画祭は大きく観光誘致と地域振興を含めた映画ビジネスの性格を持つようになる(※1)。
また国際映画祭は、発展途上国の映画ビジネスへの投資などを含むフィルムファンドの活躍の場でもある。だから、初公開作品が多く、新たな市場開拓に対する意識も高い。
大企業が協賛することも珍しくなく、第30回の東京国際映画祭では、コカコーラ、アメリカン航空、木下グループがオフィシャルパートナーに、キヤノン、WOWOW、アウディがプレミアムスポンサーになるなどしている。ただ、世界の国際映画祭の中で東京国際映画祭がどの程度の認知度かと言えば、Google検索のヒット数では10位程度の位置にいる(※2)。
一方、こうした国際的な映画祭とは別に、地域に密着した映画祭も世界中で盛んに開かれるようになってきた。初公開にこだわらず、低予算・少人数スタッフで企業のスポンサードも限定的(※3)だ。日本でも町おこしや地域の活性化、ソーシャル・イノベーションとして映画祭を活用している地域がある。長く続けている映画祭は50程度だが、祝祭的な要素が強く、地域の恒例イベントとして定着しているケースも多い。
上記のように、国際映画祭は主にヨーロッパで盛んになったが、その背景は米国ハリウッド映画への対抗心もあった。だが、映画のグローバル化とともにハリウッドが国際映画祭で発展途上国を含めた世界中の才能を発掘し、ハリウッドへ持ち帰る場にもなっていく。ただ、依然としてヨーロッパ系の映画祭と米国映画界との関係は微妙だ。
東京国際映画祭の収支決算
では、国際映画祭が開かれることは、映画好き以外の人たちや社会にどんな影響があるのだろうか。イベント開催の予算規模としては、ヴェネツィア国際映画祭の予算は約12億円、カンヌ国際映画祭の予算は約26億4000万円、ベルリン国際映画祭の予算は約21億円と言われている(※2)。
東京国際映画祭はどうだろうか。主催する公益財団法人ユニジャパン(UNIJAPAN、旧・財団法人日本映像国際振興協会)の事業報告書によれば、2017年度の「国際映画祭事業費」予算を7億6958万円(前年度予算11億2506万9000円)としている。実際の所はどうかと言えば、2015年度の国際映画祭事業費に約12億7000万円かかっているが、ユニジャパン全体の事業活動収入は約19億3000万円だ。
2006年から2015年までの活動収支のグラフ。ユニジャパンによれば、事業活動全体の支出は約19億円であり、収入には国際映画祭事業関係のほかに会費収入が数千万円、寄付金収入が数千万円、雑収入が数百万円単位で入っている、ということで、2015年度のユニジャパンとしての収支差額は約3340万円の黒字となる。
下のグラフをみると、東京国際映画祭の場合、入場料収入だけではとても成立しないイベントということがわかる。ただ、これは東京国際映画祭に限ったことではない。
いずれにせよ、公的な支援が不可欠と言うことになるが、2015年度の収支についてみれば、11億3899万8738円の業務受託料収入の内訳は、経済産業省から10億1397万8696円、文化庁から1億2502万0042円が入っている。両省からの業務受託料は2014年度から急激に増えており、政府として映画産業の誘致や育成にかなり予算を取っているようだ。
国際映画祭事業の主な収益のグラフ。金額は2015年度決算。業務受託料には国際映画祭関係以外のものも含まれる。補助金は、経済産業省と総務省から6505万6000円、文化庁から7000万円、分担金として東京都から3000万円、国際交流基金から7912万5257円が入っている。
国際映画祭の短い期間中、会場に足を運んでエントリーした映画を観る人はいったいどれくらいいるだろうか。この入場料収入をみれば、それほど多くないことがわかる。
一方、かなりの税金が投入されているのも事実だ。税金の投入額につれてイベントの規模も拡大し続けている。映画表現に対する「政治的な介入」の危険もさることながら、異議申し立てもできずどうせ取られる税金なら、映画好きでなくても「お祭り」として一緒に楽しんだほうがいい、ということになる。
※1:Marijke de Valck, "Film Festivals." Amsterdam University Press, 2007
※2:Stephen Mazias, Jesper Strandgaard Pedersen, Slviya Svejenova, Carmelo Mazza, "Much Ado about Nothing? Untangling the Impact of European Premier Film Festivals." Copenhagen Business School, 2008
※3:Mark Peranson, "First You Get the Power, Then You Get the Money: Two Models of Film Festivals." Cineaste;Summer2008, Vol.33, Issue3, 2008
※2017/11/07:16:59:最後のシークエンスに「映画表現に対する『政治的な介入』の危険もさることながら」を加え、修正した。