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サイボウズの共働き子育て動画に違和感。「新しい家族」を描くなら“ジェンダー”の勉強が必須では?

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

共働き子育て夫婦を描いたサイボウズの動画が話題になっています。「感動した」という人もいれば「ダメ!」という人もいます。

色んな意見がありますが、私はこちらのIT企業社長パパが書いたブログにすごく共感しました。特に「ママにしかできないこと⇒ほとんどパパがやったほうが良いこと」という部分に「そう、そう!」と膝を打ちました。

「ママにしかできないこと」は確かにあると思います。働きながら2人子育てしている経験から言いますと、この3つ(または4つ)は、生物的に女性でないとできないというか、かなり難しいですよね。

1) 妊娠すること

2) つわりを乗り切ること

3) 出産すること

4) 授乳すること(オプション)

ひとつずつ見て行きましょう。

1) 妊娠すること

⇒岡田裕子さんというアーティストの作品に「俺の産んだ子」というものがあります。

http://mizuma-art.co.jp/exhibition/1185961044.php

この作品、私は数年前、自分が出産する前に見て衝撃を受けました。本当に面白いので多くの方に見ていただきたいです。現時点において、男性の妊娠は前衛的なアートのテーマたりうるくらい非現実的と言えそうです。

2) つわりを乗り切ること

⇒私自身はつわりがひどかった(1カ月寝たきり、2カ月で200数十回吐き続けてうつ状態に)ので、産後はむしろ楽だったほど。妊娠時期の体調は人それぞれなので「つわり?全然何ともありません!」という人もいます。うらやましいです。

3) 出産すること

⇒1)~3)まで夫に代わってもらえるなら、もう1人、2人産んでもいい、という女性はけっこういるかもしれません。

以下、オプションで、

4) 授乳すること

⇒ここは体調や価値観しだいで人それぞれですね。私は出産した病院の授乳指導が良かった&出もよかったので、2人ともほぼ完全母乳でした。母乳育児をする場合は、乳腺炎&マッサージの痛みに耐える等々のオプションもついてきます。深い話題ですが今回は端折ります。

「パパじゃなきゃダメ」もありえる

前置きが長くなりましたが、妊娠(+オプションでつわり)・出産以外のことは、ママでなくても、できます。そして、妊娠出産以外のことを、パパがやる度合いと、子どもが「ママじゃなきゃダメ」になる度合いは反比例すると思います。

我が家は第一子に関して、夫は妊娠出産授乳以外のぜんぶをやりました。ぜんぶというのは、オムツ換え、たまにミルクをあげる時の最適温度調整、抱っこで揺らして寝かしつけ、離乳食作り、病気時の対応などです。その結果、第一子、3歳頃には「パパと結婚」していました。保育園に私がお迎えに行くと怒られたり、夫が出張の夜は「パパがいいー」と泣かれたりしたほどです。そう。「パパじゃなきゃダメ」になっていたのです。

一方、第二子は逆で、3歳すぎの現在、トイレ付き添い、着替え、歯磨きなど色んなことが「ママじゃなきゃダメ」です。違いは子どもの性別や産まれた順序ではなく、新生児から赤ちゃん時期の接触頻度と時間だと思います。第二子が産まれる頃、当時3歳すぎたばかりの第一子が寂しがったり赤ちゃん返りしたりしました。それはかなり長く続き、その対応は100%、夫がやっていました。私の方は新生児の第二子にかかりきり。

実験をしたわけではありませんし、N=2という統計的には無意味なサンプル数でありますが、確実に言えるのは子どもの「ママじゃなきゃダメ」は生来決まったものではない、ということ。接触頻度と時間によっては「パパじゃなきゃダメ」にもなりうるのです。

「人は女に生まれるのではない。女になるのだ」と同様に「生まれついての母親がいるのではなく、子どもとの接触によって愛着関係が形成される」というのが、私にとっての真実です。

「新しい家族像」を描くならジェンダーの勉強必須

サイボウズは日本の企業文化を変えるために挑戦を続けている革新的な企業だと思います。色んなところで目にする社長のインタビューも素晴らしい。先進企業として、世のビジネスマンを啓蒙するために、このCMを作ったのだろう、と推測します。

そういう企業が社会に発するメッセージの意図は明確で「パパも、もっと育児参加をしよう」ということでしょう。それは、「男は仕事、女は家庭という伝統的な性別役割分担へのアンチテーゼ」でもあります。

しかしながら「世の多数派のママの置かれた大変な状況」を「ママにしかできない」「パパにしかできない」と属性によって固定化した表現であらわしてしまった結果、否定しようとしたはずの性別役割分担規範を、むしろ強化しているように見えてしまっています。非常に残念です。

昨年の旭化成ホームズ「家事ハラ」事件を始めに「新しい家族像」を提示しようと試みた広告作品の意図せぬ失敗が続いています。制作者たちに必要なのは、一見新しい、面白い事象をつなげて見せるだけでなく「性差」が生まれつき固有のものではなく、社会が作り出すものである、というジェンダーに関する知識ではないでしょうか。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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