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「すい臓がん」と「タバコ」の関係とは:なぜリスクが高くなるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 喫煙と病気の関係では、以前なら肺がんに注目が集まっていたが、今はすい臓がんに対する関心も高くなっている。では、なぜタバコを吸うと、すい臓がんにかかりやすくなってしまうのだろうか。

大事な早期診断と早期治療

 日本の部位別の予測がん死亡数では、すい臓がんは年間で、男性1万9200人(がん全体に占める割合8%)、女性1万9700人(12%)が亡くなっている。また、罹患率では、女性のほうが男性よりやや高い(2022年予測、※1)。

 すい臓がんは、外科手術を含めた治療を開始してからの5年生存率(相対生存率)が悪いが、やはり早期の発見治療が重要となる。また、生存率は平均数値であり、個々の患者それぞれで大きく異なる。

 外科手術以外の治療法も進化しつつある。手術や放射線療法、抗がん剤、免疫療法などを組み合わせた治療法により、生存率も少しずつ上がりつつあるので諦めずに治療を続けることが大事だ(※2)。

 すい臓がんのリスクを高める要因には、慢性の膵炎や糖尿病、すい臓がんにかかった遺伝的に近い血縁者の存在、そして肥満や喫煙、飲酒などがある。遺伝的要因も無視できないが、すい臓がんは発生率が国ごとに異なり、環境要因も大きいと考えられている。

 すい臓がんに限らず予防と早期発見が重要となるが、すい臓がんの場合、遺伝的な要因以外にかかりやすい生活習慣や環境があるということになる。だから、そのリスク認識があるとないとで、早期診断が難しいとされるすい臓がんの発見に影響を与える可能性は捨てきれない。

タバコを吸うとすい臓がんのリスクが上がる

 すい臓がんで最も強力なリスク因子が喫煙だ(※3)。すい臓がんに対する喫煙の影響は、世界の全症例の約25%と見積もられている(※4)。

 国立がん研究センターが2019年に発表した論文(※5)によれば、全くタバコを吸わない人に比べ、すい臓がんになる現在喫煙者のリスクは男性で1.59倍、女性で1.81倍となった。また、喫煙量と喫煙年数にも、すい臓がんの発症リスクと関係があることがわかったという。

喫煙状況とすい臓がんの発症リスクの関係。国立がん研究センターのリリースより
喫煙状況とすい臓がんの発症リスクの関係。国立がん研究センターのリリースより

 さらに、ヨーロッパでの研究によると、すい臓がんにかかった遺伝的に近い血縁者がいた場合、喫煙すると発症する年齢の中央値が15年ほど早くなるようだ(※6)。

なぜタバコがリスク要因になるのか

 喫煙は、がんに限らず、多くの病気を引き起こすリスク要因だ。タバコに含まれるニコチンをはじめとした多くの有害物質、発がん性物質が作用し、これらの喫煙関連疾患の原因になっている。

 例えば、ニコチンが加熱によって化学反応したり、体内で代謝される際に発生するニトロソアミン類(TSNA)が、すい臓の腺がんの発生に関係していると考えられている(※7)。

 このニトロソアミン類は、DNAに結合して遺伝子の突然変異の引き金になることが知られ、細胞分裂の促進を刺激する機能にも関与し、そのため、すい臓がんにかかるリスクを上げるようだ。

 すい臓がんの発症メカニズムはまだよくわかっていないが、次第に明らかになってきたのは、タバコに含まれる有害物質がDNA修飾の後天的な変異(エピジェネティクス)、細胞増殖のシグナル変異、(異常な細胞が死滅しない)細胞の自死(アポトーシス)の抑止、(異常細胞に酸素と栄養を送る)血管再生の持続的維持などに関与していることだ(※8)。

 また、すい臓に炎症と酸化ストレスが繰り返され、すい臓の細胞が線維化するなどし、発がん性の細胞変異が活発に引き起こされる。そこに発がん抑制因子の変異が加わると、すい臓がんの発症につながる危険性がある(※9)。

 重要なことは、すい臓がんの発症にタバコに含まれるニコチン、そしてニコチンから生じるニトロソアミン類が強く関係していることだ。

 これらの物質は加熱式タバコにも含まれており(※10)、紙巻きタバコから紙巻きタバコに切り替えたとしても、すい臓がんのリスクから逃れることはできない。また、加熱式タバコのデバイスでサードパーティ製のものを使う場合、より有害性が高くなる危険性も指摘されている。

 すい臓がんのリスク因子には、喫煙のほか、前述した通り、肥満、二型糖尿病、過度の飲酒、加齢などがある。喫煙者では禁煙が、喫煙者以外では肥満の解消、過度な飲酒を控えること、糖尿病を悪化させないことなどが、すい臓がんの予防に効果がある。

 すい臓がんに限らず、がんは早期発見診断・早期治療が重要となるが、自分の遺伝的環境や生活習慣を認識し、少しでもリスクを下げたほうがいい。そして、喫煙者の場合、タバコは自分で避けることができる最大最悪の単独リスク因子だということを自覚しておいたほうがいい。

※1:公益財団法人がん研究振興財団「がんの統計'2023」(PDF)より。
※2-1:Christopher L. Wolfgang, et al., "Recent progress in pancreatic cancer." CA: A Cancer Journal for Clinicians, Vol.63, Issue5, 318-348, 2013
※2-2:Andrew M. Waters, Channing J. Der, "KRAS: The Critical Driver and Therapeutic Target for Pancreatic Cancer" Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine, Vol.8(9), e031435, September, 2018
※2-3:Jia-qiao Fan, et al., "Current advances and outlooks in immunotherapy for pancreatic ductal adenocarcinoma" Molecular Cancer, Vol.19, 32, 15, February, 2020
※3-1:Patric Maisonneuve, Albert B. Lowenfels, "Risk factors for pancreatic cancer: a summary review of meta-analytical studies" International Journal of Epidemiology, Vol.44, Issue1, 14, December, 2014
※3-2:Sara Zanini, et al., "A review of lifestyle and environment risk factors for pancreatic cancer" European Journal of Cancer, Vol.145, 53-70, March, 2021
※4:Albert B.Lowenfels, et al., "Epidemiology and risk factors for pancreatic cancer." Best Practice & Research Clinical Gastroenterology, Vol.20, Issue2, 197-209, 2006
※5:Yuriko N. Koyanagi, et al., "Smoking and Pancreatic Cancer Incidence: A Pooled Analysis of 10 Population-Based Cohort Studies in Japan" Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention, Vol.28, Issue8, 1, August, 2019
※6:Nathan Howes, et al., "Clinical and genetic characteristics of hereditary pancreatiis in Europe" Clinical Gastroenterology and Hepatology, Vol.2, Issue3, 252-261, March, 2004
※7-1:Hildegard M. Schuller, "Mechanisms of smoking-related lung and pancreatic adenocarcinoma development" nature reviews cancer, Vol.2, 455-463, 1. June, 2002
※7-2:Xin Chen, et al., "4-(Methylnitrosamino)-1-(3-pyridyl)-1-butanone provokes progression from chronic pancreatitis to pancreatic intraepithelial neoplasia" iScience, Vol.25, Issue1, 21, January, 2022
※8:Navneet Momi, et al., "Interplay between Smoking-induced Genotoxicity and Altered Signaling in Pancreatic Carcinogenesis" Carcinogenesis, Vol.33, Issue9, 1617-1628, September, 2012
※9:Thomas Kolodecik, et al., "Risk factors for pancreatic cancer: underlying mechanisumus and potential targets" frontiers in Physiology, Vol.4, 16, January, 2014
※10-1:稲葉洋平、「非燃焼・加熱式タバコの健康影響評価法開発のための基礎研究」、厚生労働省、科学研究費助成事業研究成果報告書、2020年
※10-2:Swapana Upadhyay, et al., "Heated Tobacco Products: Insights into Composition and Toxicity" toxics, Vol.11(8), 667, 2, August, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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