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馬の熱中症のメカニズムは?熱中症で他界したアスクビクターモアの雄姿を今いちど

花岡貴子ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家
2022年東京優駿、優勝馬(黄帽)に迫るアスクビクターモア(黒帽)/青山一俊

まずは、アスクビクターモアの雄姿を見て欲しい

 このトップ画像は2022年の日本ダービー(GⅠ)のゴール前の写真だ。中央で武豊騎手が黄色い帽子を被り追っているのは優勝したドゥデュース。その内で黒い帽子をかぶった騎手にムチで追われているのがアスクビクターモアだ。

 アスクビクターモアは2番手でレースを進めたが、先行勢が次々と馬群に沈んでいく中で持前のスタミナを武器に先頭へ食らいつき、結果3着に粘っている。

 この年の秋はステイヤーの資質を開花させ、長距離の伝統レースである菊花賞(GⅠ)を優勝し、クラシックホースの座を手に入れた。

 そんなアスクビクターモアが亡くなった。8日に放牧先で熱中症による多臓器不全が死因だった、と9日にJRAが発表した。

 秋競馬に向け、トレセンより涼しいはずの場所で英気を養うために滞在していたはずの地で、まさかの病死。これまでこのような事例は聞いたことがなく、いかに今年の夏の暑さがこれまでの例にないほど異常かということを物語っている。

 今年の夏は人間でも耐えがたい猛暑だが、本来涼しさを好む競走馬たちにとっても過酷なものだろう。多臓器不全で亡くなったアスクビクターモアの無念に心が痛む。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

■2022年 菊花賞(GⅠ) 優勝馬 アスクビクターモア

馬の体温調整はなかなか大変

 なぜ馬に水を飲ませるのではなく、シャワーが良いとされているのか。それは馬の汗腺の仕組みに答えがある。

 動物の汗腺にはエクリン腺とアポクリン腺の二種類があるが、馬にはエクリン腺はない、と言われている。

 人間の場合、エクリン腺が全身にあり、皮膚の刺激によってこのエクリン腺から汗を出して体温を調整している。一方、アポクリン腺はわきの下など限られた部位にあり、特有の臭いを出すのが特徴だ。

 一方、馬が汗を出すアポクリン腺は運動や興奮などでアドレナリンが上昇して発汗が促される特性がある。つまり、運動による体温上昇をおさえるために汗をかく。全身は毛で覆われており汗に含まれる界面活性剤と同様のラセリンという成分により白く泡立つことで毛が多く生えた皮膚の上でも汗が広がる仕組みになっているが、体重に対しての体表面積は人間の3分の1しかない。

 このような理由で、熱中症をおこした馬へのさまざまな対処法の中で水をかけて物理的に冷やすのが効果が高いとされている。実際、血中成分の変化を調べた実験でも同様の結果が出ている。

 なお、馬の汗腺は人の汗腺のように塩分の再吸収ができないため、発汗による塩分の喪失が大きいため、人間同様に電解質の補給が大切だ。

 また、そもそも馬は冬場は毛を多く生やし、暖かくなると毛が抜けるといった具合に毛で温度調整をしている動物でもある。

 本当に馬にとって暑さへの対応は大変だ。中には暑い夏に調子を上げるというか、他の馬ほど苦にしない馬もいるが、そのあたりは人や他の動物と同じように個体差なのだろう。

熱中症で倒れた青毛馬を救った冷水シャワー

 わたしが取材した中で熱中症でいちばん思い出すのは、2011年の夏、小倉記念のレース後に倒れたヤマニンウイスカーだ。

「レースはなんとか完走したものの、引き上げてきたらトモからガクっと倒れてしまった。すぐに水をかけられそうだった(ホースなどがあったとのこと)ので、なんとかそこまで連れていき、すぐに体を冷やした」と、当時ヤマニンウイスカーを担当していた山元助手は話していた。

 ヤマニンウイスカーはもともと涼しい季節のほうが得意で、暑さは得意ではなかった。青毛であの黒光りした馬体が太陽の熱を吸収しやすいのは仕方のないが、まさか熱中症にかかるまでとは、と当時は感じていた。

 それでも、すぐに水をかけられる場所で倒れたのは不幸中の幸い。これがレース中だったり、小倉は馬場から厩舎へ帰る地下道がとても長いのでその途中だったりしたなら、手当てが遅れてしまっていたかもしれない。すぐに体を冷やせたヤマニンウイスカーは運が良かったのだ。

ヤマニンウイスカーと武豊騎手(筆者撮影)
ヤマニンウイスカーと武豊騎手(筆者撮影)

 今、JRAの施設では各所にミストが設けられるなど馬の暑さ対策は進んではいる。しかし、地球の気候の変化は容赦なく我々に絶望的なほどの厳しい暑さを叩きつけている。

 かつて約30年前、夏の北海道開催が札幌、函館の順に行われていたころ、調教の待機所にはお盆を過ぎたらストーブが点火され、暖をとっていたほど涼しい、というか寒かった。当時、夏の北海道にはクーラー不要と言われていたのが、今では信じられない光景だ。昨年から今年にかけてさらに暑さは厳しさを増しており、来年の今ごろの暑さを正確に予想できる人はいるのだろうか。来年、さらなる工夫のもと、無事に競馬は開催できていることを願ってやまない。

ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家

競馬の主役は競走馬ですが、彼らは言葉を話せない。だからこそ、競走馬の知られぬ努力、ふと見せる優しさ、そして並外れた心身の強靭さなどの素晴らしさを伝えてたいです。ディープインパクト、ブエナビスタ、アグネスタキオン等数々の名馬に密着。栗東・美浦トレセン、海外等にいます。競艇・オートレースも含めた執筆歴:Number/夕刊フジ/週刊競馬ブック等。ライターの前職は汎用機SEだった縁で「Evernoteを使いこなす」等IT単行本を執筆。創作はドラマ脚本「史上最悪のデート(NTV)」、漫画原作「おっぱいジョッキー(PN:チャーリー☆正)」等も書くマルチライター。グッズのデザインやプロデュースもしてます。

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