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頻発するベランダからの子どもの転落ーなぜ予防できないのか?

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
オーストラリアの小児病院作成のポスター(筆者撮影)

 2020年6月、3週間のあいだに、4人の子どもが相次いで高所のベランダから転落した。6月8日は久留米市で4歳女児が18階から、15日は札幌市で5歳男児が7階から、16日は横浜市で5歳女児が8階から、27日は神奈川県山北町で4歳女児が6階から転落している。ニュースで報道されるたびに、多くの人は「またか」と思ったはずである。なぜ、このようなことが起こり続けるのだろうか。

これまでのこと

 これまでも、子どもが高所から転落して死亡する事故はよく知られていたが、総合的な予防策は検討されていなかった。東京都商品等安全対策協議会では、2017年夏から「ベランダからの子どもの転落」が取り上げられ、検討が行われた。その経緯について、2018年2月21日の本記事欄で書いた。協議会には、企業、行政、消費者団体、子育て支援団体、研究者等、ほぼすべての関係者が参加した。報告書では、事故の情報、ベランダの手すりの安全対策の現状、業界団体の取り組み、法令、規格・基準、海外の状況、ベランダに関するアンケート、子どもがベランダの手すりによじ登れるかどうかの実験などが行われ、最後に、今後の取り組みについての提言が示された。私も委員の一人として参加し、その時点での情報がすべて網羅されたすばらしい報告書であると評価した。この報告書を手渡した東京都生活文化局消費生活部の三木 暁朗部長(当時)からは、「この報告書がスタートである」という指摘があった。その時は私も「やっとスタートラインに立てた」と思った。

Safe Kids Japanの取り組み

 Safe Kids Japanでも、ベランダからの幼児の転落事故が後を絶たないため、2016年12月から独自に「ベランダ1000プロジェクト」を開始した。各家庭のベランダの構造や、ベランダの使われ方の実態を知るため、自宅のベランダの計測値や写真をSafe Kids Japanに送ってもらい、どのような危険があるのかを調査した。調査は二期に分けて行われ、一期二期合わせて150件の投稿があった。ベランダの実際の計測値や写真を見ると、ベランダの状況がよくわかり、それらを踏まえて危険性を周知する報告書(リーフレット)を作成した。

 それから2年数か月経ったが状況はまったく変わらず、3週間に4人もの子どもがベランダから転落した。東京都の報告書やSafe Kids Japanの活動は役に立たなかったのである!

どうしたらいいのか?

 危険性や対策はわかっている。わかっているのに解決しないのは、これまで対策と思われていたものが対策になっていないということだ。危険性を周知したり、対策を示すだけでは役に立たない。具体的に、転落防止の対策をとらなければ意味がない。

◆記事の訂正◆

 2012年10月にニュージーランドのウェリントンで開催された傷害予防の国際会議のときにもらったポスターがある。海外でも、幼児が窓やベランダから転落する事故が多発しており、転落予防の啓発が行われている。オーストラリアの小児病院が作ったポスターには、窓にネットが張られており、「Kids Can't Fly(子どもは飛べない)」、「Flyscreens keep bugs out,not kids in(防虫スクリーンで、虫は入らない、子どもは落ちない)」と簡潔な言葉が記されている。日本でもベランダにネットを張れば、転落は防ぐことができるのではないか?

◆訂正部分終わり◆

筆者撮影
筆者撮影

◆以下、差し替え◆

 2012年10月にニュージーランドのウェリントンで開催された傷害予防の国際会議のときにもらったポスターがある。海外でも、幼児が窓やベランダから転落する事故が多発しており、転落予防の啓発が行われている。オーストラリアの小児病院が作ったポスターには、窓にネットが張られており、「Kids Can't Fly(子どもは飛べない)」、「Flyscreens keep bugs out,not kids in(防虫スクリーン(網戸)で、虫は入らないが、子どもは網戸だけでは落ちる可能性がある」と記されている。

 高所からの転落について、東京消防庁のデータを見ると、平成27年から令和元年の5年間に、0〜5歳の子ども70人が墜落事故により救急搬送されている。窓が43人(61%)、ベランダが26人(37%)、天窓が1人であった。入院が必要な例が8割を占め、2階からの転落が40人(57%)、3階以上の高層階からの転落は26人(37%)であった。高所からの転落は、ベランダより窓の方が多く、窓からの転落を予防するには、上が開閉するタイプの窓、あるいは10cm程度しか開かない窓にする必要がある。すなわち、子どもの頭が出ない幅しか開かない窓が望ましい。ポスターは窓であるが、ベランダからの転落を予防するためには、ベランダにネットを張るといいのではないか?

◆差し替え終わり◆

 わが国でも同じようなネットをベランダに張っているところがないか調べてみると、ベランダにネットを張る事業を行っている会社があることがわかった(株式会社キートス)。会社のホームページを見ると、このネットを張る目的は、子どもの転落予防、カラスや鳩など鳥害予防とのことである。「施工実績100件以上!」とあり、実際にベランダにネットを張っている写真も掲載されている。

 しかし、マンションのベランダにネットを張ることに関しては、ある人から次のような話を聞いた。

「万が一の火災時のため、消防法で、

・玄関以外の避難経路が確保されていること

・消防士が救助のため外部からベランダ内に進入できること

と規定されているので、ベランダにネットを張ることはできないはず」

とのことである。2階以上の建物で、そこに窓やベランダがある住居では、日々、幼児が転落し、重大な傷害を負う可能性がある。これに対し、比較的頻度の低い火災のことを前提にこのように規制するのは本末転倒ではないか。幼児がいる家庭では、ネットを張ることを優先すべきではないか。

 今回亡くなった子どもたちの保護者は、皆、ベランダから子どもが転落死したニュースを聞いたことがあるはずである。子ども一人が死亡すれば、社会的には2億円の損失と推定されている。もちろん、子どもを亡くした保護者は一生、悔やみ続けることになる。予防策があるのに、それを社会全体で実施することをせず、結果として同じ事故が起こり続けている社会は、あまりにも無責任だ。

 この問題は危険性の周知や対策の提示だけでは対処できない問題と認識して、幼児が入居する可能性がある住居の安全ガイドラインを制定する必要がある。そして、警察から「ベランダから転落死」した事例の詳しい情報を収集して転落の発生状況を分析し、確実な予防法を明らかにし、関連の法律を改正する必要がある。

◆記事の差し替えについて(2020年7月2日記)◆

 2020年6月30日にこの記事を公開したところ、記事内容の誤りについてご指摘いただいた。

 「オーストラリアの小児病院が作ったポスターには、窓にネットが張られており、『Kids Can't Fly(子どもは飛べない)」、「Flyscreens keep bugs out,not kids in(防虫スクリーンで、虫は入らない、子どもは落ちない)」と簡潔な言葉が記されている」と書いたところ、「窓の網戸は防虫用のスクリーンで、虫を中に入れないようにできるが、子どもを外に出さないためではないですよ、転落予防としては不十分ですよという意味で、『子どもは落ちない』という意味ではないのではないか」との指摘があった。ポスターに関連して出されているリーフレットなどを読むと、指摘されたとおりであったので、記事を訂正した。

 「子どもは飛べない」という文が一番大事なメッセージで、このポスターは転落予防の方策を考える必要性を訴えている。1970年代に、ニューヨーク市では「Children Can’t Fly」プログラムが展開された。高層ビルに幼児と一緒に住んでいる家庭を対象に、簡単に装着でき、窓が10cmしか開かないようにできる防護柵を提供し、予防効果が示された(参考文献)。

参考文献:

Spiegel,CN and Lindaman,FC : Children Can’t Fly: A program to prevent childhood morbidity and mortality from window falls. Am J Public Health 67:1143-1147, 1977

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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