恐るべし真岡鉄道 驚異のSL列車8回転のワザ
梅雨時の日曜日。
しとしと雨が降って行楽気分でもありません。
そんな昨日、ふと思い立って栃木県の真岡(もおか)鉄道のSL列車に乗りに行ってみました。
真岡鉄道のSL列車は1994年の運転開始から25年を迎える復活SL列車の老舗的存在。
全席自由席。
こんな時期だからどうせ空いているだろうとタカをくくって出かけてみたら、とんでもないことになっていました。
始発駅の下館(しもだて)駅でのSL列車の入換風景。
三々五々、SL列車にカメラを向けるお客様の姿が見られます。
ここまでは日常の風景ですが、この後すごいことが起きました。
観光バス24台分の団体客がこのSL列車に乗車したのです。
観光バス24台分といえば約1000名。
SL列車の客車は3両編成で、3両合わせた座席定員は約220名。
往復でも440名しか乗車できません。
都会の通勤電車のようにギュウギュウに詰め込めば別でしょうが、観光列車ですからそれではいただけません。
では、どうやってバス24台分の団体客を3両編成のSL列車に乗せたのか。
筆者が目にした光景をレポートします。
真岡鉄道のSL列車は1日1往復
真岡鉄道のSL列車は土休日の運転。
午前中に下り列車として下館から茂木(もてぎ)まで約42kmを片道1時間半かけて走ります。
午後は茂木から下館まで、同様に1時間半ほどで戻ってくる1日1往復体制。
輸送力としては片道約220名、往復で440名。(座席定員)
自由席ですから立ち席でも乗せられますが、のんびり汽車旅を楽しむ観光列車としては立ち席はあり得ません。
ではどのようにして1000名もの団体客を乗せることができたのでしょうか。
団体客だけではありません。筆者も含めて一般のお客様も片道100名ほど乗車されているという前提でです。
真岡鉄道のSL列車の運行区間と時刻です。
今回大量の団体旅客を運んだそのカラクリは、片道を4区間。往復8区間に分けて団体を乗車させたのです。
まずは往路。
下館-久下田(くげた)
久下田-真岡
真岡-益子(ましこ)
益子-市塙(いちはな)
そして復路
茂木-市塙
益子-真岡
真岡-久下田
久下田-下館
このように片道を4区間、往復で8区間に分けて、それぞれの区間ごとにバス3台分、約120名の団体客を8組乗せることでバス24台、約1000人をさばこうという段取りです。
でも、頭で考えることと実際は違います。
机の上で計算して「こうやれば乗せられるだろう」は、現場を知らない管理者にありがちなことですね。
なにしろ真岡鉄道のほとんどの駅は無人駅。
SL列車の途中駅での停車時間は10分停車の真岡をのぞくと2~3分程度。
都会の電車と違い車両の両端にのみドアがある昔のスタイルの客車ですからただでさえ乗降に時間がかかります。
まして不慣れな団体観光客。
短い停車時間に3両の客車にバス3台分を降ろして、バス3台分を乗せるのですから、筆者は興味津々で拝見させていただきました。
▲団体のお客様を乗せてほぼ満席状態のSL列車です。一部には立ち客の姿も見えます。
▲下車駅に着くと団体の皆様方は一斉に各車両の前のドアから下車。
▲同時に後ろのドアから次の団体客が乗ってきます。
▲また次の駅になると一列に並んで前の出口から下車。
▲下車と同時に後ろのドアから次の団体が乗り込んできます。
これが片道4回、往復8回繰り返されたのです。
つまり、1往復の列車で座席を8組にご利用いただくわけで、客回転としては8回ということになります。
▲降りたお客様はやっぱり先頭のSLに興味がありますから、どうしても列車の先頭に集まります。
▲下車した団体客に見送られて発車するSL列車。大きな汽笛と足元から出るスチームで皆さん大喜びでした。
▲復路の市塙-益子間。
この区間だけ団体がありませんでしたので、一瞬ふだんのSL列車に戻りました。
車内販売もこの時とばかり移動してきました。
なぜこんな神業ができたのか
わずかな停車時間に大勢の団体客を入れ替える。それも往復で8組。
結果として列車は遅れることもなく定時運行でした。
途中駅の真岡駅では後ろのディーゼル機関車を切り離したり、連結したりという作業も往路、復路ともにありました。
ローカル線の現場を知る筆者としては実に興味深いシーンを拝見させていただきましたが、では、なぜこんなことができるのでしょうか。
・同じ会社の団体である
今回の約1000名の旅行は読売旅行さんのツアーです。
ということは事前打ち合わせも含めて添乗員さんのチームワークがよく、段取りがきちんとできていました。
複数の旅行会社の集合ではこうはいきませんね。
乗る時は後ろから、降りる時は前から。お客様のコントロールもよくできていました。
団体旅行のバッチを見えるところに付けるなど、鉄道会社から見ると例えばホームでの改札や車内検札が不要になるなどの手筈も取れていました。
さすが読売旅行さんという感じです。
▲このようにホームの狭い駅では下車した団体と乗車する団体が交錯する姿も見られましたが、全くトラブルもなくスムーズでした。
・真岡鉄道のオペレーション力
やっぱり、真岡鉄道という会社のオペレーション力が大きいと思います。
無人駅でも事前にホームに駅員を複数名配置し、お客様をきちんと誘導することで列車到着前の安全確認もできますし、降りた団体客の発車時の見張りも可能になります。
たくさんのお客様でも皆さんきちんとコントロールされていれば余計な心配が無くなりますから、SL列車の運転士さんや車掌さんも皆さん余裕をもって業務を行なうことができます。
これは真岡鉄道という会社のオペレーションの力以外の何物でもありません。
たまたま見かけた知人の職員の方にお聞きしましたら、
「SL列車運行開始以来、こんなことは初めてです。」
と言われてましたから、未経験のワザということになります。
まさしくオペレーション力としては素晴らしいものがあるということです。
ローカル線にとって、1000名のお客様というのは営業的には実にありがたい話です。
でも、実際にはちょっと考えてしまう数ですね。
営業部が仕事を取って来て、鉄道部門に相談します。
「1000名運びたいんですけど。」
すると、たいていは、鉄道の部門長から、
「おまえ、何考えてるんだ? できるわけないだろう。」
と一笑に付されてその話はお仕舞になります。
一般論ですが、鉄道会社の鉄道部門の課長さんや部長さんたちは、営業的センスがないのはもちろん、決められたことを決められた通りに実行するのが仕事だと思っている人たちが多いですから、新しいことや工夫が必要なことはやりたがりません。
鉄道会社にはそういう一般的な土壌があるにもかかわらず、真岡鉄道ではほぼ全員野球で対応して、これだけの乗降があっても列車は定時運転だったのですから、そういうことすべてを含めて真岡鉄道という会社のオペレーション力の大きさだと筆者は確信しました。
観光列車は客回転を上げることが必要です
観光列車というのは、昨今流行りのクルーズトレインやSL列車、食堂列車など様々なタイプの列車が走っています。
その中でも大手は別として、地域密着型の地方鉄道が行なうべきは「客回転を上げること」だと筆者は考えます。
その理由はお客様を入れ替えることで、車内販売やおみやげ品、沿線住民の皆様方が販売するお弁当や地元商品の売り上げを上げるチャンスを増やすことができるからです。もちろんお客様から頂く運賃や観光列車乗車券などの売り上げも上がります。
ところが、客回転を上げるということは営業力も求められますし、オペレーション力も必要になります。
例えば食堂列車が終点について、わずかな折り返し時間に車内整備をして、次のお客様をお迎えする。
こういうことは、現場のオペレーション力が無ければなかなかできることではありません。
では、お客様はどうかというと、今回の真岡鉄道のSL列車の場合は、1区間15~20分程度の乗車時間でしたから、「こんなんじゃ乗った気がしない。」と言われそうです。
まして東京からバス旅行でやってきたお目当てがこのSL列車ですから。
では実際にはどうだったのかというと、皆さんニコニコして乗って来て、ニコニコしながら降りて行きます。
隣に座った団体のお客様にお話をお伺いしても、実に楽しそう。
その理由は、SL列車というのはホームで待っている時に遠くから汽笛が聞こえてきて、列車が近づいてくるワクワク感がある。
その列車に実際に乗って、汽笛を聞きながらシュッシュッポッポと揺られる時間が15分。
下車したホームで列車を見送る楽しみ。
汽笛を鳴らして煙を吐いて発車していく列車が、やがて見えなくなる。
この一連の体験がセットでアトラクションになるのです。
アトラクションですから15分だけ乗って「あ~楽しかった。」で良いんですね。
鉄道マニアでしたら終点まで乗ってみたいかもしれませんし、汽車旅派でしたら駅弁や食堂車という話にもなるのでしょうけど、そうじゃない一般の団体のお客様でしたら、15分のアトラクションで十分だということなのです。
そしてそのたった15分のアトラクションだけど、ツアーに組み込めば1000人、バス24台が集まるんですから。
真岡鉄道の収入は?
「そんな短区間のお客さんじゃ運賃収入もいくらにもならないでしょう。」
そう言われる方も多いと思います。
確かに乗車区間の運賃で言えば平均300円程度でしょう。
でも、真岡鉄道のSL列車は乗車券だけでなく「SLもおか券」(500円)が必要です。
そして、この「SLもおか券」は乗車区間に係わらず同一金額ですから、1人のお客様が全区間乗るよりも、4人のお客様が区間乗車された方が、片道あたりの1席の売り上げが増える仕組みです。つまりSL列車を4区間に分けて乗車していただくことで、1席500円の座席が2000円で売れることになります。
これが、筆者が言うところの「客回転を上げる」ということで、通常なら往復で1000円の「SLもおか券」が4000円になるのです。
乗車券は300円としても「SLもおか券」が加算されて1人800円。
1000人で80万円ですね。
SL列車が1往復するだけでこれだけのお金が入ってくる。それも通常のお客様の他に加算する形で入ってくるのですから、「恐るべし 真岡鉄道」なのであります。
真岡鉄道の可能性
今回のSL列車の旅で感じたことがいくつかあります。
・子供が多い
まず、団体のお客様でも小さな子供連れが多いということ。
おじいさんおばあさんばかりでなく、若いお父さんお母さんが子供を連れて参加しています。
一般のお客様の中にももちろん子供連れが多い。
沿線でSL列車に向かって手を振っているのも小さな子供たちがたくさんいます。
ということは、真岡鉄道のSL列車は子供たちの思い出になるわけです。
そしてその子供たちが将来親になっていくわけですから、そこに大きな可能性があります。
・外国人観光客がいない
今の日本で一般的に見られるインバウンドと呼ばれる外国人観光客の姿をほとんど見かけませんでした。
団体にしても個人にしても、ほとんどすべてのお客様が日本人でした。
ということは、インバウンド市場という、今後、大きな需要が見込めるということになります。
もちろん企画力や営業力が求められますから簡単ではありませんが、伸びシロとしてはものすごい可能性を秘めていますね。
・走ることそのものがイベント
15分程度でもアトラクションとしてご満足いただけるのがSL列車の素晴らしいところだとすれば、SL列車は走ることそのものがイベントだということです。いろいろなイベント企画は準備やら何やらで会社にとってもスタッフにとってもなかなか大変ですが、列車が走ることそのものがイベントであれば、通常業務だけでお客様にご満足いただけることになります。
その辺りをもう一工夫すれば、SL列車にはまだまだ伸びシロがあるということになります。
真岡鉄道は旧国鉄真岡線を地元が引き継いだ第3セクター鉄道です。
株式会社とはいえ、一筋縄ではいかない大人の事情がたくさんあることは筆者も理解できますが、これだけのオペレーション力と、将来への可能性がある会社ですから、地域と一体になって、地域も一緒に浮上することができるように、地域の皆さんも上手にこの鉄道を使っていただきたいと思います。そして、それができるかどうかが、すなわち地方創生だと言えるのではないでしょうか。
▲下館駅に戻ってきたSL列車。
みなさん名残惜しそうにしばらく機関車の前で記念撮影されていました。
今回の1000名乗車は真岡鉄道としてもSL運行開始以来初めてのことで、「めったにないこと」かもしれませんが、こういうことがきちんとできるということが、何よりも会社としての可能性があることなのです。
恐るべし、真岡鉄道。
SL列車でたくさんの勉強をさせていただきました。
スタッフの皆様、ありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。
※本文中に使用した写真はすべて筆者が撮影したものです。