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PC遠隔操作事件・無罪推定原則を無視した「人民裁判」的な容疑者報道が目に余る。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

PC遠隔操作ウイルス事件で、威力業務妨害容疑で30歳のIT関連会社社員が逮捕された。それからの報道は彼が犯人であると決めつけたものばかりで、本当に目に余るものがあった。

2月14日夜になって、多くの人にとって「おや」という展開になったのではないだろうか。容疑者の弁護人を務める佐藤博史弁護士らが会見し、片山容疑者は「真犯人は別にいる。自宅のパソコンなどから遠隔操作ウイルスの証拠が出るはずはない」と話したというのだ。

証拠を吟味しないと何もいえないが、容疑者が否認しているのだ。彼はまだ逮捕されただけで、無実かもしれない、誤認逮捕かもしれない、ということを私たちは認識する必要がある。弁護人についたのは足利事件などの冤罪事件で無罪を勝ち取ってきた佐藤弁護士であり、今後どんな展開になるか、注目していきたい。

それにしても、今回の容疑者報道はあまりにもひどい。

そもそも、被疑者・被告人は、有罪を立証されるまでは無罪と推定される「無罪推定原則」は刑事裁判の鉄則である。彼はまだ逮捕されただけで起訴すらされていないのだ。

ところが、メディアはこの件について、ほかの案件同様、「無罪推定原則」など全く無視し続け、捜査情報をただ単に垂れ流し続け、警察のいうままに報道した。

いつもそうであるが、逮捕直後の連行写真も長い間、何度も繰り返しテレビで放映された。かわいそうなくらいである。

誤認逮捕の末に待ちに待った真犯人が逮捕されたというので、興奮しているのか、「真犯人登場」と小躍りしているような報道のあり方だ。

それに輪をかけたのが、猫好きやPCオタクな特徴。メディアの格好の餌食にされてしまう。

いまどき、猫好きのオタクの人なんてたくさんいるのに。

さらに、いじめだの、前科だの、成育歴だの、プライバシーを暴き立て、「本性」「素性」などの表現が続く。

ピーターパンシンドロームだのなんだのと心理分析する専門家も現れる。

私は見ていないけれど、きっと警察情報を前提にワイドショーでコメンテーターが好き勝手に批判的なコメントを切り刻むように展開したことであろう。

有罪が立証された後なら、または現行犯のように明確な事案ならまだ理解できる。しかし、まだ逮捕され、無罪推定原則が及ぶ容疑者に対し、ここまでのプライバシー侵害や、有罪を前提とした論評がどうして許されるのだろうか。

是非皆さんがなぜか誤認逮捕されてしまったことを考えてほしい。

突然身に覚えのないことで、逮捕され、それを前提に連日犯人として報道され、成育歴や心理状態を分析をされ、知られたくないプライバシーやコンプレックスを暴き立てられ、ちょっとオタクなライフスタイルを馬鹿にされ、知らない人々に勝手に論評される、ということをそのままやり過ごせるだろうか。

相次ぐ冤罪にメディアも加担し、全く無反省に捜査情報を垂れ流し、有罪の偏見・予断をあおってきた。その反省はどこにあるのだろうか。

冤罪が起きれば、裁判所や警察の姿勢を追及するけれど、メディアは全く反省していないようである。

こうした報道被害に敢然と戦ったのは死亡された三浦和義さんくらいだろう。

ほかにも後に無実になった被告人の方々は有罪確定前に予断と偏見に満ちた名誉棄損的報道を受けてきたが、さらに大きな権力と戦って消耗し、メディアを訴える気力はほとんどくなってしまうのだ。

だからメディアは責任を問われることなく、無罪推定原則を無視した報道を続ける。

裁判員制度が導入されて以降、特に裁判員事件については、「裁判員が予断と偏見を事前に植え付けられないよう、事件報道を慎重にやらなくてはいけない」、「逮捕現場の撮影も見直す必要がある、報道も変わらないといけない」、なんて司法記者の人たちが真面目に話していたこともある。足利事件の報道では「メディアも同罪です」とメディアが反省する機運もあった。

しかし、あきれたことに結局、全く報道のあり方は変わっていない。メディアってどうして変われないのだろうか?

本当の裁判が行われる前に、メディアが衆人環視のもとで、一方的な情報により人民裁判によって有罪宣告をしているみたいで、とても不愉快である。

今回の事件、彼が真犯人なのか、彼も誤認逮捕なのか、現時点ではわからない。

しかし、無罪推定原則がある以上、そして誤認逮捕・冤罪がいまも繰り返されているという現状を考えるならば、事件報道は、彼がもしかしたら無実であり、冤罪の被害者かもしれないのだ、ということを念頭において、報道被害・名誉棄損の被害を与えることがないよう、慎重に吟味されなければならないと考える。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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