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スクラム真っ向勝負。4強入り早大のHO佐藤健次主将「ま。意地ですね」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
修正力を発揮した早大のスクラム(21日・秩父宮)=JRFU提供

 冷たい強風に落ち葉が舞う中、若者の意地とプライドがぶつかった。負けたら終わりのトーナメント。関東大学対抗戦優勝の早大が、関西3位の近大を53-10で破り、4強入りを決めた。

 21日、東京・秩父宮ラグビー場であった全国大学選手権準々決勝。早大は8トライで走り勝ったが、スタンドが一番盛り上がったのはむしろ、ノーサイド直前の“スクラム劇場”だった。

◆終了寸前。早大が2本連続でまさかのスクラム選択。

 早大フォワード(FW)の意地の凝縮だった。相手は、大学屈指のスクラムの強さを誇る近大。この試合で5本もコラプシング(故意に崩す行為)の反則を取られていた。ラスト3分。敵陣ゴール前の相手ボールのスクラム。ここで早大は鋭いヒットで当たり勝ち、逆に相手のコラプシングの反則をもぎ取った。

 もう勝敗の帰趨が決まっていたこともあっただろう。「さあ、いこう」。早大のフッカー(HO)佐藤健次主将は短く声を出し、両手の指を目の前で合わせる仕草をした。スクラム選択だ。

 近大FWは燃えただろう。ちょうど背後の電光掲示板下のスタンドに陣取った近大部員からは大きな声援、指笛が鳴り響いた。近大のフランカー中村志主将は述懐する。「僕らはスクラムでは絶対負けないという自信があったのです。僕以外からも、“なめられている”と声が出ました」と。

 敵陣ゴールライン前5メートルの早大ボールのスクラム。これも早大が当たり勝ち、バックファイブ(両ロックと両フランカー、ナンバー8)がぐいぐい圧力をかけた。たまらず近大左プロップがどんと崩れ落ちる。またも、早大がコラプシングの反則をもらった。

 佐藤主将はまたも、FW陣に言った。「もういっちょ、いこう」。展開力が自慢の早大がまたも、スクラム選択である。

 ◆フッカー佐藤主将「スクラムでやられっぱなしはいや」

 試合後の記者会見。スクラムで激しい頭のぶつかりあいがあったのだろう、佐藤主将の右耳には白いガーゼが付けられ、赤い血がにじんでいた。「なぜ、スクラム選択?」と聞かれると、闘将は言葉に力を込めた。

 「やっぱり、スクラムでやられっぱなしはいやだなと。最後にこう、2本連続でペナルティーをとってよかったんですけど、全体として、うまく相手の圧力に飲まれてしまっていたといった感じです」

 ひと呼吸おき、言葉を足した。

 「ま。意地ですね。はい」

 ◆前半は重量FWの近大がドミネイト

 この試合、チームの展開力、スピード、キック、スキル、継続では早大が上だった。戦力を比較した場合、唯一、不安があるとすれば、スクラムだった。近大のFWは重く、とくに体重110キロの右プロップ、稲葉巧は大学最強のプロップだった。

 序盤のファーストスクラムで、近大は、レフリーの掛け声よりも早く組みにいく「アーリーエンゲージ」の反則をとられた。ヒット勝負のチームの狙いが透けてみえた。

 その後の前半の4本のスクラムではすべて早大がコラプシングなどの反則をとられた。当たり負けし、そのまま相手の圧力に屈する格好でフロントローが崩れ落ちた。ひと言でいえば、近大にドミネイト(支配)されていたことになる。

 ペネルティーの理由は、2試合目で芝のグランドが荒れていて滑りやすかったこともあっただろう。笛を吹いた米倉陽平さんが関西協会のレフリーだったことも無関係ではあるまい。

 早大の右プロップ、亀山昇太郎は「関西のスクラムに面食らって」と漏らした。

 「1対1の部分で若干先手を取られてしまいました。(フロントローの)頭同士があたっちゃって、自分ら(のからだ)が縮こまってしまったんです」

 ◆後半、見せた修正力。佐藤主将「ちょっとつくろうか」

 試合後の選手が記者と交わるミックスゾーン。好漢の亀山は照り焼きチキン入りおにぎりをほおばりながら出てきた。「ハーフタイムでどう修正を?」と聞けば、おにぎりを左手に持ったまま、ほのぼの口調でつづけた。

 「後半は、しっかり1対1で戦う部分を修正しました。若干(頭を)ずらしてヒット勝負。1番(左プロップ)、2番(フッカー)、3番(右プロップ)でしっかり固まって、ロックに押してもらうようにしたのです」

 そういえば、HO佐藤主将は後半、FWにこう声を掛けたそうだ。「ちょっとつくろうか」と。自分たちのスクラムの形、タイミング、結束でヒット勝負を仕掛けようといった意味だろう。

 後半の最初の相手ボールのスクラムで、早大は相手のコラプシングの反則をもぎとった。2本目のマイボールのスクラムでも相手コラプシングをもらった。この早大の修正力は、佐藤主将の成長とリンクしている。

 亀山の主将評。

 「ずっとスクラムを横で組んできて、健次(佐藤)はチームがきつい時、これまでは自分がどうにかしないといけないと周りが見えなくなっているようなところがあったんです。でも最近になって、すごく気をつかって、周りを見てくれるようになりました」

 その佐藤主将はスクラムの修正をこう説明してくれた。

 「関東の対抗戦のチームにはないような感じで、僕たちにほぼ寄りかかってくるような圧力があって、前半はやられてしまいました。後半は、ひとつ前で仕掛けて、こちらが先手をとれて、スクラムを組めたのがよかったのかなと思います」

◆進化の佐藤主将「すごく課題の残る試合だった」

 努力ゆえだろう、佐藤主将はプレーヤーとしても進化している。日本代表をめざし、ナンバー8からフッカーに転向して3年。今年は念願の日本代表入りを果たし、心身ともに充実のシーズンを送っている。この日は何度もラインブレイクを見せ、ひとりで3トライをマークした。

 愛嬌あるクリっとした目の21歳。記者会見では、「すごく課題が残る試合だったのかなと思います」と厳しい表情だった。「1月2日に向け、もう一回チャレンジャーとして、いい準備ができるようにしていきたい」

◆準決勝で京産大に昨年度の雪辱を

 年明け1月2日に東京・国立競技場である準決勝の相手は、スクラムを武器とする関西2位の京産大となった。昨年度の大学選手権準々決勝ではスクラムでぼこぼこにやられ、早大は惨敗した。

 ただ、今年度は戦力がちがう。好キッカーの1年生スタンドオフ、服部亮太がいれば、優れたスピードランナーもそろう。日本代表FBの矢崎由高も戦列に戻ってくる。

 ディフェンスもよく機能している。タックルした選手が素早く起きて次にプレーする意識がチーム全体に浸透している。これで、スクラムやラインアウトが万全となれば、早大に死角は見当たらなくなる。

 ただ京産大はスクラムがすこぶる強い。準決勝はズバリ、基点のスクラムの攻防が勝負のカギを握ることになろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2024年パリ大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。酒と平和をこよなく愛する人道主義者。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『まっちゃん部長ワクワク日記』(論創社)ほか『荒ぶるタックルマンの青春ノート』『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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