アンバー・ハード、プロデューサーに訴訟される。デップと共演した未公開映画で
アンバー・ハードが、またもや弁護士のお世話になることになりそうだ。自分から言いだしたジョニー・デップとの離婚がやっと解決した矢先、今度は映画のプロデューサーから訴訟されたのである。
米西海岸時間21日(月)にL.A.の裁判所に提出された訴状で、映画「London Fields」のプロデューサー、クリストファー・ハンリーの製作会社ニコラ・シックスは、ハードがこの映画の製作においてさまざまな契約違反を行った上、映画の公開を邪魔するべく、陰謀を企てたと主張している。彼女の策略の結果、昨年のトロント映画祭でのプレミアは直前にキャンセルされ、映画は今も日の目を見ないままの状態にある。
トロントでの上映がキャンセルになった時、原因は、同作品の監督マシュー・カレンが、プロデューサーたちが勝手に映画を完成させたことに腹を立て、訴訟を起こしたせいだと理解されていた。現地時間9月18日に予定されていたプレミア上映の前日に筆者のもとにメールで届いたニュースレターで、映画祭事務局は、「『London Fields』のプロデューサーと監督の間で訴訟が起こっていることを、私たちは最近になって知りました。この映画祭は、映像を通してクリエイティブなビジョンを人々にお見せすることを目的にしています。しかし、この映画に関するクリエイティブなビジョンがはっきりしない今、今作を映画祭のラインナップから削除するべきだと判断しました。この争いが良い形で落ち着き、観客がこの映画を見られる機会が訪れることを願っています」と事情を説明している。
それから1年たつ今も、監督とプロデューサーの間の訴訟は、まだ解決していないようだ。そんな中、本日、プロデューサーは、ハードに対して別の訴訟を起こしたのである。訴状で、プロデューサーは、ハードの契約違反により、1,000万ドル(約11億円)以上の損害が出たと主張している。
合意していたヌードシーンを拒否
映画は、1989年に出版されたマーティン・エイミスによる同名の小説にもとづくもの。ハードの役は、3人の男性と関係をもつ悪女ニコラ・シックスだ(原告の会社名は、このキャラクターに由来する)。
この役について話し合った時、ハードは原作も読んでおり、この役にはヌードやセックスシーンが絡むことを十分理解し、合意したと、訴状は述べている。撮影前、両者は、ヌードとセックスシーンに関する特別の契約書を交わした。この映画には、胸や腰から下のヌードが出てくるが、完成版が出来た段階で、ハードは映画を見せてもらい、それらのシーンをそのまま残していいかどうかについて意見を言うことができると、契約書は約束している。
しかし、撮影中、ハードはカレンにこっそり相談をし、プロデューサーの許可なく、それらのシーンを脚本から削除した。また、時には、彼女がそれらのシーンの撮影を拒否したため、せっかくそのシーンのためのセットを作っていたというのに、シーンを書き換えなければいけなくなったこともあったという。
ハードのギャラは、ヌードシーンがあることも含めて決められたもので、撮影開始時の2013年9月に、すでに支払われている。
「監督を支持する」は見せかけか。本当の動機は別?
CMとミュージックビデオの監督で、劇場用長編映画はこれが初めてというカレンは、予定どおりに映画を完成させることができず、予算もオーバーしてしまった。いくら待っても映画ができないことにしびれをきらしたプロデューサーは、自分たちで編集をし、映画を完成させる。
カレンはそのことに激怒をしたわけだが、契約書には、映画の所有権はニコラ・シックスにあり、そもそもこの監督にファイナルカットの権利はないと明記してある(ファイナルカットとは、監督が行った編集にスタジオやプロデューサーがいっさい手を加えられない権利で、ごく少数の、超大物監督だけに許されているものである)。
ハードとカレンは、マネージャーが同じ。つまり以前から知り合いだったのだろうが、ハードは、映画にカメオ出演するデップや、共演者のビリー・ボブ・ソーントン、ジム・スタージェスも巻き込んで、「監督が編集したバージョンしか認めない」とのメールをプロデューサーに立て続けに送った。プロデューサーがサンダンス映画祭に映画を提出しようとしたのも阻止し、昨年8月29日には、トロント映画祭の芸術監督キャメロン・ベイリーに、映画をラインナップからはずしてほしいと嘆願のメールを送っている。
彼女はまた、宣伝活動に参加するためのギャラとして別に20万ドルを支払ってもらっていたのに、トロント映画祭のプレミア出席を拒否した。ずっと小さい役で出ている「リリーのすべて」と、デップの主演作「ブラック・スキャンダル」もやはりトロント映画祭で上映される予定で、そちらのレッドカーペットには出るが、「London Fields」には出席しないとなると、世界から集まるバイヤーたちや批評家に、ネガティブな印象を与えるのは避けられない。
訴状はまた、彼女が「監督のバージョンでないとだめ」とは言うものの、そもそも監督は映画を完成することができておらず、それが存在しなかったことを指摘。さらに、「ハードは監督をサポートするためにやっているように見せかけているが、彼女には別の、不当な目的があったと思われる。しかし、動機が何であったにせよ、彼女の行動は明らかな契約違反である」と述べている。
実際、本当の動機は何だったのかは気になるところだ。プロデューサーと監督の衝突は、ハリウッドで珍しいことではないし、出来上がった映画が思っていたのとは違ったということは、残念ながら、しょっちゅうあることである(だから、俳優は監督デビューしたがるのである)。しかも、今回、カレンは映画を完成させていないので、「絶対こっちのほうが良かった」という土壌はない。それなりに時間とエネルギーを使ったのだから、普通、俳優は、映画がお蔵入りになるのを避けたがるもの。ヌードシーンに合意したことを、今になって後悔したということだろうか。
最初に決まっていた監督は、「エリザベス」(1998)「サハラに舞う羽根」(2002)のシェカール・カプールだった。訴状には、カプールはハードの演技の経験に疑問をもって降板したとある。次の監督にカレンを推薦したのは、ハードとカレンの共通のマネージャーだった。
ソーントンとデップの対立は本当にあったのか?
未公開の映画なのに、なぜかこのタイトルには聞き覚えがあると感じる人もいるかもしれない。それはおそらく、デップとハードの醜い離婚争いの中で、この映画の撮影現場での出来事がちらりと出たせいだろう(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160816-00061179/)。離婚決着間近の今年8月、ハードは、デップによるDVの証拠として、「Billy Bob」「Easy Amber」と書き殴られた鏡の写真を裁判所に提出した。「London Fields」の撮影中、ハードとソーントンが関係をもったと信じるデップによる嫉妬の行動だと、当時、ハードはその背景を説明している。
ソーントンは、撮影以外でハードと話したのはキャスト全員のディナーの時くらいで、プライベートな関係はまったくなかったと、この報道を全面否定した。しかし、「Page Six」によると、セットで、クルーやスタッフは、デップとソーントンを近づけないように常に配慮していたとのことだ。また、現場でデップとハードがしょっちゅうケンカをしていたとの証言もある。
このようにすっかり呪われた映画だが、なんとか年末までには、アメリカで公開にたどりつけそうなところまで来たらしい。晴れてそうなっても、もはやハードに、プレミア出席を拒否する手間はいらないだろう。おそらくプロデューサーは、裁判所以外で彼女の顔も見たくないはずだから。