球場からみたオーストラリアプロ野球の現在
今回、3度目のオーストラリアンベースボールリーグ(ABL)を取材した。今シーズンでリーグ発足9年目なのだが、発足初年度の2010-11年シーズン、MLB資本が離れる直前の20-14-15年シーズン、そして今回とこの国のプロ野球リーグを取材してきたが、なんとか「安定軌道」に入っているような印象を覚えた。
この国では、野球はマイナースポーツの域を出ない。スポーツ用品店で野球道具を見ることはないし、全国紙のスポーツ欄には、ABLの結果どころか野球の情報が出ることもない。リーグ初年度は2000人近い観客動員は珍しくなかったが、現在では1000人も入れば「大入り」で、規模としては、日本の独立リーグと同様と思っていいだろう。入場料は自由席で20A$(約1600円)ほど。これはラグビーやサッカーのアマチュア地域クラブのそれとさして変わらない。そういう現状の中、ABLは決して背伸びをせず、身の丈にあった経営で、野球連盟、ベースボール・オーストラリア直属のトップリーグとして、ナショナルチームの強化を担いながら、安定軌道を維持しようとしている。
使用球場の変化
そのことが如実に表れているのが、スタジアムだ。
スポーツ観戦の盛んなこの国には、至るところに集客施設としてのスタジアムがある。各都市は町のシンボルとして市街地からさして離れていない交通至便な場所にフットボールやクリケット兼用のオーヴァルという楕円形のフィールドをもつスタジアムを建設し、それは数万の観客を飲み込んでいる。サッカー人気が年々向上している中、サッカー用のスタジアムも町中に建設されている。
このようなスタジアムに多くの観客を運ぶため、バスやトラム(路面電車)が整備され、観客はこれを利用して足を運ぶ。このような「第1級」のスタジアムは、試合がない時も、町を代表する建築物として観光名所にもなっており、それゆえ、各スタジアムは工夫を凝らした建築美を競い合っている。2014年にメジャーリーグ公式戦が行われたシドニークリケットグラウンドもこの部類に入るだろう。
残念ながら現在のABLはこのような「第1級」スタジアムを利用する段階にはない。野球人気を考えると、そのことは発足当初からわかっており、だからこそ、各球団の多くはこの「第1級」に続く「第2級」の施設を使用した。
オーストラリアの各都市には「ショーグラウンド」と呼ばれる多目的競技場がある。これは古くから様々な催しものや乗馬なども含むスポーツが行われていたのだが、ABL発足当初は、半数ほどのチームが、市街地の中心もしくはほど近いショーグラウンドや小規模のオーヴァルを間借りして使用していた。
しかし、現在、このようなスタジアムを間借りしている球団は、ABLにはない。球団発足初年度とあって今季は、郊外の公園に臨時のスタンドを設営したニュージーランドの新球団を除く全ての球団は、野球専用施設を本拠としている。ただし、これらは集客施設としてではなく、本来的にはトレーニング施設として建設されたもので、それゆえ、市の中心から離れたところにあるものが多い。しかし、この国でマイノリティである野球ファンを相手にしている現状においては、施設を間借りする費用を考えると、国からの援助も受けているリーグの運営母体、ベースボール・オーストラリアの施設を利用した方が現実的なのであろう。
公共の交通機関ではアクセスしにくい球場
今回、訪ねた4都市、ビクトリア州のメルボルン、ジーロング、南オーストラリア州のアデレード、西オーストラリア州のパースの球場はいずれも町中らはアクセスにしくい郊外に立地する野球専用の施設である。このうち、メルボルンを除く3か所はABL公式戦の行われるメインスタジアムの他、数面のフィールドをもつ野球ソフトボールの総合施設である。そもそもが選手のための施設なので、多くの観客がナイターで訪れることなど想定していない。ナイター後、公共の交通機関で帰ることはかなり難しい。最寄りの郊外電車の駅から徒歩十数分のメルボルン郊外アルトナの球場がかろうじてアクセスできるが、実際に野球観戦に郊外電車を利用していた人はほとんどいなかった。
他の3か所は、いずれも町の中心からは鉄道ではアクセスできず、バスで30、40分かかる。最終バスは7時開始のナイター終了後には運行を終えている。観客のほぼ全員は自家用車利用と考えていいだろう。車社会のオーストラリアとは言え、数万を集めるメガスポーツイベントでは、市街の巨大施設を使用し、観客の多くは公共交通手段を使用するのだから、現在のABLは、よほど野球好きのコアなファンしかターゲットにしていないことがわかる。
オーストラリア独特の牧歌的な風景
しかし、それゆえ、我々が足を運ぶと、日本の球場では見ることのできないオージーベースボールならではの風景に出くわすことができる。
ネット裏くらいにしか恒久的なスタンドがなく、内野の両端に仮設の桟敷が愛想程度に設けられているだけの球場には、スタンドと周囲の隔たりがない。各球団は工夫を凝らして、内野スタンドのさらに奥には地面にテーブルと椅子を並べた「ピクニック施設」を設け、そこで、飲食をしながらプレーを見ることができるようにしているが、その先には、さらに隣の野球フィールドが広がる。
打者がファールを打てば、多くの場合、打球は小さなスタンドを越えて、ピクニックエリアの外や隣のフィールドに落ちるのだが、それを目当てに子どもたちが場内外を走り回る。
球場内外も境界があいまいならば、観客席と競技フィールドの境界もあいまいだ。
パースの球場は、一塁側内野仮設スタンド下にラグジュアリー席としてフィールドレベルの観客席があるのだが、この席はベンチとブルペンの間に挟まれて設置されている。それゆえ、試合中、投手陣は観客の間を行き来することになる。また、ブルペンの周りには常にファンが陣取り、試合中、選手やコーチはファンと談笑している。
そういう風景は、アメリカのマイナーリーグのそれそのものだ。それも、我々が想像する「プロ野球」の体裁を整えた3Aや2Aというハイレベルなものではなく、それ以下のいわゆるシングルA、ルーキークラス、あるいは下位の独立リーグのものに似ている。しかし、そういう環境の中、オーストラリア人のメジャーリーガーや野球留学した日本のプロ野球選手もプレーしている。過日、シアトル・マリナーズと大型契約を結んだ菊池雄星投手も、7年前にはこのような環境で腕を磨いている。
メルボルン・エーシズのホームグラウンドであるビクトリア州の野球センターのスタンド下には、この州の野球の歴史に関する展示がなされている。そこには、日本でもプレーした、ジャスティン・ヒューバー(元広島)、トラビス・ブラックリー(元楽天)、そしてマイケル中村(元日本ハムなど)らのメジャーリーガーたちの写真とサインボールが飾られている。近い将来、菊池投手の写真もこの球場に展示されるかもしれない。
(写真は全て筆者撮影)