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9カ月ぶりに優勝したイ・ボミが語った”女王ゆえの苦悩”と復活までの道のり

金明昱スポーツライター
メジャー制覇を目指すイ・ボミ(写真:KLPGA提供)

 いつも笑っているのに、笑っているような気がしない――長らく勝てなかったイ・ボミを見ていると、そう感じざるを得なかった。

 日本女子ツアーのCAT Ladiesで約9カ月ぶりに優勝したイ・ボミは翌週、韓国ツアーのハイワンリゾート女子オープンにも出場。

 1年ぶりの母国での試合でホールインワンするなど、通算7アンダーの3位タイと完全復活をアピールした。

 ようやく笑顔が戻った瞬間だった。彼女が人前で見せる笑顔は、なぜか人々を幸せにする力がある。

 多くのゴルフファンやギャラリーはイ・ボミの強さだけでなく、その笑顔を見に来ている人も多い。そんな彼女の笑顔が少なくなったのは、5月のリゾートトラストレディス以降だと記憶している。

 この週は初日に74、2日目に66で調子を戻したと思ったら、最終日に76と急に崩れた。原因はショットの感覚が戻らないことだった。結果は通算イーブンパーの40位タイ。翌週は試合を休むため、韓国に帰ったイ・ボミだが、そのときの表情は暗かったという。

「大会中はホテルに帰る車中、ボミはほぼ毎日泣いていた」と明かしたのは専属キャディの清水重憲氏。「もう(韓国から)帰ってこないかも」と心配するほどだった振り返る。

パーオン率の低さが1年目と同じ

 ここに一つのデータがある。イ・ボミが日本ツアーに初参戦した2011年から今季までのパーオン率だ。

 2011年―67.0290%(14試合出場、規定ラウンド数を満たしてないため順位は対象外)、2012年―72.5830%(2位)、2013年―73.0924%(2位)、2014年―73.9444%(2位)、2015年―74.5880%(1位)、2016年―74.4694%(1位)、2017年―66.3636%(18試合出場、28位)。

 このデータを見れば一目で分かるが、2011年と2017年は極端にパーオン率が悪く、それ以外の年は1位と2位。つまり、1年目と今年は状況の悪さが似ていると言える。

 そのことを一番知っているのはイ・ボミだった。

「確かに全体的な数字を見ると、パーオン率がすごく低くなりましたよね。ビックリしたのが、いまだにパーオン率が28位にいることです……。これには自分でも驚いています。それくらいショットの精度が落ちているということです。これは日本ツアー1年目と状況がすごく似ているんですよね。2010年に韓国ツアーで賞金女王になったあと日本に来たわけですが、当時は両ツアーを平行していたので、結果を残すのがすごく難しかったです。それに日本のコースも初めて回るので、慣れるまでに時間がかかりました。前年まではいい状態だったのに、いきなりすべてがダメになるという部分においては、日本での1年目に経験しているので、いつかチャンスは来ると信じてがんばっていました。ただ、また一から始めなければならないというストレスがあったのは事実です」

 イ・ボミは今年に入ってから「スイングの感覚が落ちてしまっていることが、成績が出ない要因」と何度も語っていたのだが、次の言葉に妙に納得してしまった。

「一番良かったときのスイングの感覚を知りすぎてしまったんです」

 2015年と2016年に賞金女王になったイ・ボミだからこその“悩み”。そこは頂点を極めたアスリートにしか分からない領域――。

 イ・ボミは今季、2年連続賞金女王以上の成績や目標に向かって戦い続けているが、そこにたどり着くには相当な努力と精神力が必要とされる。

浮上するきっかけを作った周囲の助言

 今季はCAT Ladiesで優勝するまで、戻らないスイングの感覚、成績が出ない苛立ち、そして「プロゴルファーは成績で見せないといけない」という高いプロ意識がイ・ボミを苦しめていた。

 確かに精神的な苦しみが成績に大きく影響していた。

「いい時のバックスイングなら問題ないのですが、悪い感じのバックスイングが出ると、その時点で『これじゃダメ』と思ってしまう。そういう考えが積み重なり、心に余裕がなくなっていたと思います」

 とにかく、イ・ボミは浮上するきっかけが欲しかった。彼女のことを気遣う人も周囲にたくさんいた。専属キャディの清水氏は「誰も今のボミに期待していないから」と正直に言った。

 これを聞いてイ・ボミは「確かにそうだなと思いました(笑)。そうした一言がすごく楽になりました」と感謝の気持ちでいっぱいだ。

 さらに日本女子プロゴルフ協会の樋口久子相談役から「スイングはそんな難しく考えるものではない。シンプル・イズ・ベスト」のアドバイスを受けたことで、楽にスイングができるようになったとイ・ボミは語っている。

 こうした周囲の助言によって、イ・ボミは少しずつ復活のきっかけをつかんでいったのだろう。

 なぜか彼女の周りには人が集まる。力になりたいと思わせる人柄がそうさせているのだと思う。

 イ・ボミは言っていた。

「私が何かをしたわけでもないのに、本当にいいときも悪いときも、支えてくれる方がたくさんいることにすごく感謝しています」と。

 こうして調子を取り戻したイ・ボミは、今週から開幕するメジャーの日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯に出場する。2013年に同大会を制しているが、以来、メジャー勝利から遠ざかっている。

 今年、イ・ボミが掲げている目標の一つにメジャー制覇がある。ここで本物の笑顔は見られるだろうか。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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