【独自調査】新体育館など愛知県の入札事業への重大疑惑と「政策顧問」存在の闇
大相撲名古屋場所の会場などに使われる愛知の県立体育館を移転新築する愛知県新体育館(愛知国際アリーナ)は今年7月中旬に着工され、2025年夏のオープンに向けて工事が進んでいる。
当初、バリアフリー(ユニバーサルデザイン)に問題があるとして、メインエントランスに至る高さ7.4メートル、49段の大階段の計画などに障害者団体から批判が出たことは既報の通りだ。
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これについては断続的に改善案が示され、スロープやエスカレーターの設置、エレベーターの大型化などが決まった。当初は「地上まで」とされていた地下鉄連絡口からのエレベーターも、2階のメインエントランスレベルに直結するような配慮がされているという。
バリアフリーの専門家で今回の計画に助言もしている名古屋大学の谷口元(げん)名誉教授は「現場レベルでは一生懸命に対応している」とした上で、大階段の存在など「根本的な問題は解決していない」との認識をあらためて示した。障害者団体の関係者からも「途中からの修正の努力は評価したいが、大階段の案が選ばれた当初の経緯には理解も納得もできない」との声が聞かれる。
なぜこのような計画が採用されたのかをたどっていくと、新体育館の問題に限らない、愛知県の大型事業全体に対する深刻な疑惑に突き当たった。
「絶対条件」ではなかった大階段計画
まず、今回の新体育館事業のポイントを振り返ってみたい。
事業はPFI(民間資金活用による社会資本整備)手法の一環である「BTコンセッション方式」で進められてきた。県の説明によれば、「事業者が自らの提案を元に新体育館の設計・建設を行ったあと、県に新体育館の所有権を移転する」のがBT(Build Transfer)方式。コンセッションは現在、自治体の公共インフラ整備などにも取り入れられているが、内閣府の定義では「利用料金の徴収を行う公共施設について、施設の所有権を公共主体が有したまま、施設の運営権を民間事業者に設定する」方式だ。
この方式の下で総合評価一般競争入札が行われ、3グループの中から前田建設工業とNTTドコモを代表企業とするグループが事業者に選ばれた。
では、他のグループはどんな企業で、どんな提案をしていたのか。県は一切公表しておらず、情報公開請求に対しても開示を拒む。しかし今回、次点となった事業者グループの提案を入手できた。それが以下のイメージだ。
これを見ると、採用案の大階段や2階へのアプローチが絶対ではなかったことが分かる。次点案は人が公園の奥へ引き込まれ、「密」を避けた上でフラットな入り口から入場できる計画だ。建物高さも31メートルという現状の規制の範囲内に収めているが、採用案は41メートルの高さで、建設するには特例の審査を受ける必要があった。
さらに、採用案では体育館(メインアリーナ)の裏に「ラグジュアリーホテル」を建設する計画を示している。
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一方、次点案では「プレイパーク」や「アーバンスポーツパーク」、カフェなどの計画だ。これらは体育館本体事業とは別の「任意事業」として、事業者が自らの責任や負担で実施する。必ずしも提案する必要はないが、入札審査では独立した項目として評価、点数化された。
価格についてもあらためて検証してみたい。今回は予定価格が181億8181万8181円(税込みだとほぼ200億円)と公表されており、それに対して採用案(下記資料ではCグループ案)は181億8100万円を提示。落札率にすると99.9%以上となるギリギリいっぱいの額だった。
それに対して次点の案(Aグループ案)は170億円ちょうど、3つ目のグループ(Bグループ案)は147億5488万8000円と公表されている。さらに非公表の運営権対価込みの金額が分かったので比較すると、採用案(C)が約396億円、次点案(A)が約316億円。その価格差は約80億円だった。
通常は入札価格が高い方が評点(入札価格点)は低くなるため、採用案(C)はその時点で最も低い点数だった。しかし、事業計画や運営企画・実施業務、任意事業などを含めた「性能等に関する評価」ではC案が高く評価され、“逆転”で採用されたという形だ。
つまり、採用案はよほど価格面以外の内容で良いものでなければならない。しかし、実際にはバリアフリーや建物の高さ、VIPを優遇し動員し続ける計画性や超高級ホテルの実現性で問題が指摘できるものだった。
これらを審査・選定したのはどういった人たちなのか。選定委員の名前や肩書きも公表されているが、ここでは委員長(後半に筆者の取材に応じたコメントあり)以外はあえて記さない。ただ、その人選を見ていくと、そこには名前の載っていない、ある人物に焦点が絞られる。
それが愛知県の「政策顧問」の一人であるU氏だ。
知事と同級生の政策顧問が事業「主導」
U氏は大村秀章知事とほぼ同郷の愛知県西三河地域出身で、知事と高校の同級生だった。現在は東京で建設コンサルティング会社(I社とする)の社長やグループ代表を務めている。
愛知県の政策顧問とは、県政の各分野について専門的な立場から知事に助言や提言をする有識者だ。知事が委嘱をし、謝金として1回につき1万8000円や、必要な旅費を支払う。ただし、その回数や旅費について、愛知県はホームページなどで公開していない。
東京都には「顧問」、大阪府には「特別顧問」らがいて、非常勤特別職であるとの法的位置付けや、その職務内容について公開している。しかし、愛知県は設置根拠である「愛知県政策顧問設置要綱」もホームページ上では非公開。その内容を入手して見ると、身分についてはまったく記されていないので、公務員や公職者とは言えないことが分かった。
その上で、U氏の関わった事業を「U(政策顧問の名字)案件」と呼ぶような、県庁内での影響力の大きさを表す職員の証言も得られた。
県の担当部署によると、現在の政策顧問は3人で、U氏は大村知事の初当選翌年の2012年から政策顧問に就いている。そのU氏が10年来、担当してきたのが新体育館をはじめとするコンセッション事業の仕組み作りだ。U氏自身が愛知県の事業を「主導」「主導している」と自らの実績として公言している。
政策顧問の関連団体の役員が審査委員の大半に
U氏は国交省の政策参与をしていた経験もあり、国との太いパイプを持っている。そして、国交省もオブザーバーなどとして後押しする形で、「建設プロジェクト運営方式協議会」と「PPP推進支援機構」という2つの一般社団法人を立ち上げている。いずれもPFIやPPP(官民連携事業)を推進するための業界団体で、後者は主に海外での取り引きを支援しているという。
前者の団体はU氏が副会長という立場で、I社と同じビルの同フロアが事務局となっている。また、理事の一人には建築家の隈研吾氏が名を連ねている。後者の団体はU氏が理事の一人となっている一方、会長は一橋大大学院特任教授の山内弘隆氏で、新体育館の選定委員長を務めていた。新体育館の選定委員は山内氏を含め、7人中4人がPPP推進支援機構の役員だった。残り3人のうち2人は県の担当局長だ。
そうした目で過去にU氏が「主導した」とする愛知県のコンセッション事業を見ると、県内の有料道路8路線の維持管理・運営を30年間担う愛知県有料道路運営等事業(2016年入札結果公表)では、県職員を除く選定委員6人中5人が、常滑市の中部国際空港に隣接する県国際展示場の15年間の運営等に関する事業(2017年入札結果公表)では同じく6人中3人が、U氏の関連団体の役員を兼ねていた。
そして、これら3つの事業は、いずれも前田建設工業を含む企業グループが落札していた。
政策顧問経営の会社が前田建設工業と共同事業
両団体の会員企業には、いずれも前田建設工業が入っている。各団体規約などによれば、建設プロジェクト運営方式協議会の会員企業は年会費1口10万円、PPP推進支援機構は同80万円を支払う。また、役員には「報酬を支払うことができる」と定めている。
これだけでは、単なる偶然かもしれない。両団体の会員企業数は多いとは言えないが、他のゼネコンやディベロッパーも入っている。だが、決定的と言えるのは、U氏の会社(I社)と前田建設工業が、共同で事業を実施するほどの関係であることだ。
両社は少なくとも東日本大震災直後の復興支援の頃から関係を持ち、2016年から18年にかけては、隈研吾氏らの設計、前田建設工業の施工という組み合わせの大学体育館を、I社がコンサルティングしている。
最近では国際協力機構(JICA)が発注したベトナムでの「高速道路コンセッション事業準備調査」を、I社が代表企業、前田建設工業が構成員として約2700万円で落札。事業の契約時期は2020年10月から21年9月にかけてで、まさにこの真っ最中に新体育館の入札(20年12月)や審査・選定(21年2月)が行われていた。
ベトナムの事業では愛知の有料道路コンセッションを実績として誇り、両社は今年に入っても同様にアフリカ・ガーナでの「バイパス道路PPP事業」をJICAから共同受注している。
これらの事実関係について、U氏の会社を通じて1カ月以上にわたって取材を申し込んだが、応じてもらえなかった。上京してU氏の会社を直接訪ねても、不在や多忙を理由に断られ、文書での質問状にも回答はない。
前田建設工業も取材に応じず、県に対応を任せるとした。愛知県は担当の政策調整課長名で、いずれの事業についても「県が責任を持って事業計画を立て、予算を確保し、県議会の議決の下、適切な手続を経て実施している」としてU氏の「主導」という立場を否定。「公正なPFIの入札等をもって候補企業が決定されている」と回答した。
委員長は「問題ない」と答えるもU氏の取引は知らず
新体育館の選定委員長を務めた山内弘隆・一橋大大学院特任教授は筆者の電話取材に応じ、以下のように答えた。
「私は長年、国のPFIやPPPの仕組み作りに携わってきた。PPP推進支援機構については、U氏から手伝ってくれないかと頼まれて会長を無報酬で引き受けた。海外案件の輸出支援をする団体なので、愛知県など国内の事業の審査に影響することはまったくない。私に何か問題があれば、選定委員には使われないだろう」
その上で、U氏の会社と前田建設工業との海外共同事業について投げ掛けると、一瞬声を詰まらせ、「両社の間の取引については知らない」と答えた。
これに対し、冒頭のバリアフリーの専門家である名古屋大の谷口名誉教授は、公共建築の審査・選定委員を数多く務めた自身の経験からもこう指摘する。
「自分が関わるグループ内のメンバーが入札に応募する場合、公正を期すためや疑われないように審査組織から外れるということは当然なされるべきこと。専門家からの自己申告がなくても、審査の執行部(県)がチェックする体制がとられるべきだ」
そして新体育館の選定結果との関係については、「U氏関係の委員が多くを占めることで、幅広い分野の専門家が入れず、バリアフリーなどの多様な視点が抜け落ちてしまった」と問題視した。
法的には「善管注意義務違反」の指摘も
行政の不正を監視する全国市民オンブズマン連絡会議事務局長の新海聡弁護士は、法的な問題点を次のように挙げる。
「政策顧問の地位は、法的には愛知県と個人との準委任契約で、愛知県に対して民法上の善良なる管理者の注意義務(善管注意義務)を負っている。一方で愛知県と前田建設工業は注文者と請負人の立場にあり、政策顧問が前田建設工業の利益を図る行為は愛知県との間で利害相反するため、善管注意義務に違反することになる」
刑事事件として罪に問われる可能性は考えにくいというが、「問題はそのようなことを愛知県を代表する知事が容認することの可否。総合評価方式の入札は、そもそも評価がブラックボックスになる。なぜこうした価格の高い案を選ぶ必要性があったのか、知事のお友達で固めたような体制でいいのか、もっと説明や情報公開がいる。そうでなければ今後の入札も適正に行われるのか、県民の信用がなくなるのではないか」とする。
PFIやPPPは、民間の資金や創意工夫を最大限活用するものとして、国が強く推進。国会でPFI事業の対象となる公共施設などの定義に「スポーツ施設」などを加え、コンセッション事業についても長期の期間中に事業変更などを踏まえた施設の改修が柔軟に行えるよう、法改正をしたばかりだ。
だが、五輪汚職の発覚を教訓にスポーツビジネスの透明性はより一層図られなければならず、20年、30年というスパンで手掛けられるコンセッションは住民への影響もそれだけ大きくなり、公正な審査と多角的な検証は欠かせない。いくつもの要素が絡み合う今回の問題と、愛知県は真摯に向き合うべきではないだろうか。
【この記事は、月刊東海財界編集部のサポートを受け、Yahoo!ニュースのプラットフォームを使いながら、個人の責任で執筆しました】