【続報】愛知県新体育館に「超高級ホテル」併設計画も…バリアフリー含め疑問の声収まらず
バリアフリー(ユニバーサルデザイン)に大きな問題があると指摘されている愛知県新体育館。しかし、根本的な問題はそれだけではなさそうだ。この事業にはスポーツやコンサートが開かれるアリーナと関連する「超高級ホテル」の建設計画も含まれている。まだあいまいな部分が多く、都市公園内に造られるのにふさわしい施設なのか、そもそも実現性があるのかという疑問の声も上がっている。7月の着工を前に、矛盾や混迷の見え始めた現場の様子を伝えたい。
アリーナの裏手にある「予定地」の意味
新体育館が建てられるのは、名古屋城に隣接する「名城公園」北側の約4.6ヘクタール(4万6000平方メートル)の国有地だ。名古屋市が国(東海財務局)から無償で土地を借りて管理しており、今回は「公園施設」として市が設置許可を出す。ただし、市によれば、最終的な許可を下ろすのは施設の完成後だという。
入札によって決まった事業者グループ(前田建設工業とNTTドコモが代表企業)の案は、敷地中央にメインアリーナを配置し、南東角から一般来場者を2階のメインエントランスに誘導する。そのための高さ7メートル超の大階段が、バリアフリーの観点から問題になっている。(初報:【独自】隈研吾氏デザインの愛知県新体育館にバリアフリーの大問題 26年アジア大会に影響も)
一方、反対側の北西部分は大半が駐車場となっている。ただ、その配置図や平面図をよく見ると、敷地の端に点線で描かれた長方形と「任意事業予定地」の文字がある。縮尺を基に測ると、長方形は500平方メートルほどの面積に相当する。
この敷地には、アリーナとは別に何らかの施設が造られる。しかし、その形態や高さなどについては「現時点でお答えできることはない」と事業者グループで作る特定目的会社「愛知国際アリーナ」の担当者は話す。
ただし、造ら“ねばならない”建物の用途は決まっている。それが「ラグジュアリーホテル」と「スポーツクリニック」なのだ。
「任意事業」でホテルとクリニック提案
今回、発注者である県は「特定事業」と位置付けたアリーナ建設と同時に、「任意事業」の提案も事業者に求めた。企業が自らの責任と費用負担で行いながら、アリーナの運営と連携して全体の魅力を向上させる事業だという。施設を建設する場合は都市公園法で定める「便益施設」であることが条件で、県の要求水準書では「飲食店、売店、宿泊施設等」といった例が挙げられた。
これに基づき、事業者グループは以下のような提案をしていた。
・アリーナに隣接したラグジュアリークラスのホテルの整備・運営を検討します。事業環境が新型コロナ感染症による悪影響から回復した後に速やかに整備に着手します。
・鹿島アントラーズが運営に関わる「アントラーズスポーツクリニック」をモデルとしたスポーツクリニックの整備・運営を検討します。
「ラグジュアリーホテル」は文字通りなら「贅沢なホテル」で、アメリカでは最高級価格帯のホテルとされる。日本でも客室価格帯4万円以上、客室面積40平方メートル以上の「最高級」グレードという定義がある。(大阪観光大学・廣間準一教授、日本国際観光学会論文集)
これを前述の500平方メートルの「任意事業予定地」に当てはめると、廊下や階段、エレベーターなどのスペースを差し引けば、ワンフロアに7〜8室配置できるかどうかという規模だ。
通常のホテルなら、これを何階分も重ねて数十室から数百室を確保できるだろう。しかし、この名城公園内の敷地はもともと風致地区として10メートル、第2種住居地域として31メートルの高さ制限がある。さらに隣接する住居地域への「日影規制」も考えると、中高層の建物を建てるハードルは非常に高い。
だが、ホテルに加えてクリニック(モデルとしている鹿島アントラーズの施設は建築面積500平方メートルほどの平屋)も収めるとしたら、それなりの高さにはなるだろう。高さは抑えて建築面積を広げるなら、建ぺい率の問題や周辺の駐車場の配置を考え直す必要が出てくるはずだ。
アリーナについては31メートルの高さ制限を「適用除外」する決定が今年1月に市の建築審査会で認められている。しかし、それはあくまで今回のアリーナの建物についての判断で、任意事業の建物については、あらためて各種の審査を通さなければならない。
「ラグジュアリーホテル」の目の前には遊具
名古屋市の各担当部署を尋ねると、「具体的な設計案が出てきていないので何とも言えない」としながら、「宿泊施設の中でも当然、認められるものと認められないものがある」などの声が聞かれた。ある担当者は「クリニック程度なら分からなくもないが、あの場所にラグジュアリーホテルというのがどこまで本気なのか」と首をひねった。現在、予定地のすぐ目の前にはブランコや滑り台などの遊具が設置され、地元の子どもたちの遊び場になっている。
そもそも、これまで公表された計画のイメージ図には、ホテルやクリニックらしき建物は影も形もない。
一連の資料は、昨年2月に事業者決定を受けて開かれた大村秀章知事の記者会見で報道用に配布されていた。しかし、ホテルなどの記述は数十ページある資料のごく一部で、知事も会見では言及しなかった。県のホームページでは公開されず、記者クラブに所属していない私は情報公開でようやく入手できた。
地域住民に対する説明会でも、任意事業について触れたことはなかったと市の担当者は認める。一般の市民や県民は知るよしもない計画だったのだ。
「スモールラグジュアリー」なら可能なのか?
これは事業者が一から出した発想かというと、そうではない。県の担当者は「基本計画段階から、アリーナに併設されるものの中にホテルもあり得ることは県としても考えていた」と明かす。そうした意向は、各種の文書から読み取れるものだったという。
その上で、「ラグジュアリーホテルといっても、今は『スモールラグジュアリーホテル』といった小規模なものもある」と担当者は指摘する。
インターネット上の専門サイトによれば、「スモールラグジュアリーホテル」は客室数50室以下のラグジュアリーホテルと定義されている。海外のホテルではリゾートビーチやジャングルの中の隠れ家的な建物が、日本では東京駅の東京ステーションホテルや「名古屋テレビ塔」の施設を15の客室に改装したホテルなどが紹介されている。
つまり、やりようによっては今回の予定地でも可能であり、県としては「提案書通りにやってもらう」ことを大前提としている。ただし、開業時期などは定めがなく、「アリーナの開業と同時でもいいし、そうでなくてもいい」という。
こうした任意事業のあいまいさに対し、憤りをあらわにするのは入札で選ばれなかった事業者グループの関係者だ。
「選定案の任意事業は、法規や実現性などを考えず、形だけの提案のように見える。真面目に考えたらあの場所にホテルなど提案できないのに、入札ではそれが評価された。しかし、任意事業として実行義務はあやふやなまま。ふざけた話だ」
この関係者によると、他のグループは任意事業としてプレイパークや全天候型広場、賑わいの施設などを提案したという。任意事業は配点こそ高くはないが、「ホテル案」が最も高得点という結果になっている。
「VIP」に対する過剰なまでの配慮
結局のところ、今回の計画で目立つのが「VIP」への過剰と言えるまでの配慮だ。県の基本計画で15室程度を想定していた「VIPルーム」は、現行案では3階のワンフロアだけで40室以上が確保される。その他の階にも「VIP関連諸室」や「プレミアムルーム」がびっしり。その延長に「ラグジュアリーホテル」があると言っても間違いではないだろう。
問題の大階段の下にVIP用のエントランスや車道が設計されていたことは前回の記事で書いたが、エントランスの奥には「VIP専用エスカレーター」「VIP専用エレベーター」の記述もあった。
現場周辺ではVIP用の車道にかかるバス停を数十メートル北にずらす工事がすでに始まっている。ただし、当初「7月1日頃」を予定していた本体の着工は、7月中旬にずれ込むことになったという。さまざまな調整が難航しているようだ。
バリアフリーについては、いったん障害者団体との話し合いに応じないとしていた大村知事が、6月30日に複数の障害者団体の関係者から意見を聴く予定となった。関係者らは、大階段のあり方を中心に抜本的な見直しを求める方針だ。それは「誰のための体育館なのか」を突き付けることにもなるだろう。