【独自】隈研吾氏デザインの愛知県新体育館にバリアフリーの大問題 26年アジア大会に影響も
大相撲名古屋場所の会場などに使われる愛知県体育館(名古屋市)の移転新築計画で、バリアフリー(ユニバーサルデザイン)に関する大きな問題が発生している。メインエントランスとなる高さ7.4メートル、49段の大階段にはスロープもエスカレーターもなく、障害者団体などから反発が噴出。バリアフリーの専門家も懸念を示し、5月になって事業者側がスロープなどの設置案を示したが、正面から大きく回り込むことになるなど懸念が残るまま7月の着工に向けて準備が進んでいる。
東京の新国立競技場を設計した建築家、隈研吾氏がデザインに参画しているとして華々しく発表された今回の新体育館計画。2026年に地元開催が予定されているアジア競技大会の主会場の一つにも想定され、スケジュール的には待ったなしだ。
しかし、パラスポーツの開催予定もあり、何より多様性が尊重されるべき時代に、なぜ初歩的なバリアフリーが軽視されてしまったのか。その根本的な原因や見直しの余地を探った。
現体育館の移転新築でPFI事業者を募集
愛知県体育館は1964(昭和39)年、名古屋城二の丸内の現在地に建設された。大相撲名古屋場所など多くのスポーツ競技やイベント会場として親しまれ、現在は地元プロバスケットボールチームの運営会社が命名権を取得して「ドルフィンズアリーナ」と呼ばれている。
しかし、施設の老朽化や名古屋城の一体的な再整備の必要性から県や市が移転新築を検討。名古屋城に隣接する名城公園内の旧野球場などの施設跡の活用が決まり、県は施設建設後30年間の維持管理や運営も含めて民間が担う「BTコンセッション方式」というPFI手法で事業者を公募。3事業者グループの提案の中から、総合評価一般競争入札方式による審査で前田建設工業とNTTドコモを代表企業とするグループの案に決定した。
ちなみに入札の予定価格(設計・建設費相当額)は200億円であると事前に公表されており、前田建設・NTTのグループは199億9910万円で応札。他の2グループと比べると10〜30億円以上高かったため価格評価では最低点だったが、事業計画などの性能評価では群を抜く高得点で“逆転”している。
決定した同グループの案は、最高41メートルの高さのメインアリーナと多目的のサブアリーナで構成され、木材を組み合わせた「樹形」の柱で各屋根を支える構造。設計には隈氏が関わり、公園の木々と一体化したデザインを狙ったという。さらにNTTドコモによる最先端のICT技術も活用した「スマートアリーナ」を打ち出す。建築面積は現行施設の3.5倍の約2万6700平方メートル、収容人数も2.3倍となる1万7000人を確保する。建物の高さは風致地区として規制されてきた31メートルを超えるが、市は昨年8月に予定地をスポーツ・レクリエーション地区に用途変更し、高さ規制を緩和している。
昨年2月17日、事業者決定の発表をした大村秀章知事は「ジャパンクオリティーで世界トップレベルのアリーナに生まれ変わる」と胸を張った。
審査報告書にあえて書かれた「要望事項」
だが、この案を選んだ専門家らによる選定委員会は、審査報告書の最後に次のような指摘を含む「要望事項」を添えていた。
・一般の利用者にも様々な事情(高齢、ベビーカー、エスカレーターに乗れない等)の方がいるため、車いす以外の利用者もエレベーターが利用できるよう配慮すること。
・エレベーターやエスカレーターの設置位置、数量及び運用方法等について、詳細設計時に十分考慮すること。
県の担当部署であるスポーツ局新体育館室によると、大階段による2階へのアプローチについては、上記のように当初から課題として認識されていた。入札前の県の基本計画では、地上部分からのアプローチが想定され、公園内の広場に連続する南側が開放的なエントランスのイメージだった。それが、決定案では南側がむしろ閉じられ、東側の大通り方面から階段を上る限定的なアプローチになった。
担当者は「県としては一般の観客と選手や関係者などの動線を分けることは必須の条件としていた。それは平面的に分けたり、立体的に分けたりするやり方があり、大階段で1階と2階に動線を分ける案はそのやり方の一つ。バリアフリーに課題はあったが、総合的に評価されてこの案に決まった」と説明する。
落札後、事業者側は特定目的会社「愛知国際アリーナ」を設立して昨年5月末に県と事業契約を締結。翌月から設計・建設期間に入った。
昨年8月には名古屋市が公園整備の面から周辺住民向けの説明会を開催。ただし、そこには事業者側は出席せず、バリアフリーについての本格的な質疑などもなかった。
昨年12月初め、事業者は県を通して障害者団体など38団体を集め、「愛知県新体育館のバリアフリー整備のための関係団体ヒアリング」と称する会を開いた。そこでアリーナ内の車いす席やバリアフリートイレの計画などとともに大階段のデザインが示された。
障害者団体が驚いた大階段のデザイン
一見、開放的な大階段だが、その上のメインエントランスにたどり着く他の手段は、屋外からは15人乗りのエレベーター1基のみ。車いす1台分が乗り込むスペースしかなかった。
大階段を上れなければ、その南北にある2カ所の出入り口に回り込むことになる。ただし、常時開いているとは限らず、コンサートなど観客の多い興行時に開けることを想定した出入り口だ。
地下鉄駅の出口に近く、サブアリーナのエントランスもあって利用者が多くなるのは北側の出入り口だが、そこは主に「VIP用」車両と福祉車両が出入りする道路を渡っていかなければならない。実は、大階段の下にはVIP用のエントランスが用意されており、これも参加者の反感を招く結果になった。
屋内に入れば24人乗りのエレベーターが計4基あり、バリアフリー法などで求められる輸送能力は満たしているという。しかし、他にもバリアフリートイレの数や機能などについての疑問や意見が多く出され、事業者側は改善を約束した。
それから4カ月半余り経った今年4月23日と27日。事業者側は「愛知県新体育館のバリアフリー整備のための意見交換会」をオンラインで開催。前回のヒアリングで意見を出した計16団体向けに改善案などを説明する場となった。
ところが、問題の大階段周りについては、屋外エレベーターを15人乗りから24人乗りに大型化する程度。1階出入り口も内部の幅を最大9メートルに広げ、受付カウンターを設置してエントランスの機能を強調するというが、「VIP」道路を含めて根本的な問題は変わっていなかった。
これに対して一部の参加者が強く反発。5月の連休明け以降に対面の説明を求めるなどして、改善の協議が始まった。
「根本的な欠陥がある」と専門家
協議には、ユニバーサルデザインを長く専門としてきた名古屋大学の谷口元(げん)名誉教授が両者の間に入る形で具体的なアドバイスや提案を示した。
谷口名誉教授によれば、建築設計におけるユニバーサルデザインは、階段のほかに十分な数のエレベーター、エスカレーター、スロープを設けた上で、「それらを“3点セット”として、まとめて配置することで移動する人が選べるようにする」のが基本だという。
その上で今回の計画は「法令に反しているわけではないが、3点セットがなく、付けようとしてもバラバラな位置では意味がない。そもそも、車いすの人はもちろん、高齢者やベビーカーの母親も上がれない大階段がメインアプローチにあるのは前近代的な設計だ」と厳しく見る。
事業者側は当初、スロープを付けることも難しいと説明したが、5月下旬になって大階段の南側に屋外エスカレーターとスロープを追加するなどの改善案を示した。しかし、エスカレーターは地下鉄の連絡出口から100メートルほど回り込まなければならず、スロープに至ってはさらに50メートルほど回り込んだ上で、130メートルの斜路を一気に進まなければならない形だった。
大階段は避難経路としても必要なため、なくすことはできず、植栽を増やして圧迫感を減らすなどの工夫をするという。
また、地下鉄の連絡出口は名古屋市が新設するが、エレベーターは15人乗りで、地下から地上までしか上がらないことが分かった。公園全体の利用者に配慮するため、新体育館の2階に直結することはできないのだという。そのため、地下鉄で来る車いすの人はできるだけ北側の1階エントランスを利用してもらうことになる。
谷口名誉教授は「事業者としてはやれるところまでやったのだろう。しかし、ユニバーサルデザインとしては根本的な欠陥がある。本来なら抜本的に正さなくてはならないが、スケジュールを考えればもはや手遅れ。数千人が一度に来場する施設で、ここまで分散配置されたエスカレーターやスロープへ適切に誘導するのは運営面で容易ではない。無事に完成したとしてもユニバーサルデザインとして誇れる施設にはならず、愛知県のイメージダウンにもなってしまうのではないか」と懸念する。
事業者側は取材に対し、バリアフリーの検討は「着工までで終わりではなく、今後も継続して実施し、意見や要望は設計、建設、施設運営に生かしていく」と説明。いったん4月段階での設計案で建築確認申請などを通し、あくまで7月に着工するとしている。スロープやエスカレーターは変更申請によって対応し、2025年夏のオープン時にはすべてが完成しているように努力するという。
隈研吾建築都市設計事務所は、今回の大階段を含めたデザインに隈氏が関わっていることは否定せず、「SPC(特別目的会社)との打ち合わせによりデザインを検討していきます。すべての人が等しく施設を利用しやすい環境を目指します」とメールで回答した。
反発くすぶる中で問われる着工の是非
一方、県側は「計画については事業者と密接に連携、調整しているが、今回はPFI事業で設計から維持管理までをすべて民間に任せる契約。よほどのことがなければ県として行政指導などはしない」とする。
ただし、県は1994(平成6)年に「人にやさしい街づくりの推進に関する条例(人街条例)」を制定し、体育館や観覧場などの特殊建築物の新築の際には「高齢者、障害者等の意見を聴くよう努めなければならない」と定めている。この「意見を聴く」ことについて「ただ『聴きました』というだけでは、もちろん済まされない」との認識を示す。
市内で障害者の共働事業所などを運営するNPO法人「わっぱの会」理事長の斎藤縣三さんは「そもそもバリアフリーの視点が抜け落ちた案が採用され、その後も小手先の変更で対応しようとしている」として、県と事業者に抜本的な改善を求め続けた。しかし、この大階段について事業者との協議は平行線に終わっている。
大村知事は障害者団体との話し合いに応じず
大村秀章知事にも直接の話し合いを求める要望書を提出したが、応じられないとの回答が今月10日までにあった。斎藤さんは「まったく納得はできず、これからも抗議の意思は示していく」とする。
同じく協議に加わっていた愛知県重度障害者団体連絡協議会(愛重連)事務局長の入谷忠宏さんは「審査の段階で一人でもバリアフリーの専門家や車いすの人が入っていればもっと違う結果になったのでは。私たちは障害者だから優遇してほしいと訴えているわけではない。誰でも同じ目線で、同じワクワク感を持って入れる新しい時代の施設になるように考え直してほしい」と話す。
他方、県内にはこの問題についてほとんど情報が入っていないという障害者団体もある。一般の県民はなおさらかもしれない。
新国立競技場の計画では、関係団体を交えてユニバーサルデザインを検討するワークショップが基本設計段階で5回、実施設計段階で7回など、3年間に計21回開かれたという。
県としても今回のここまでの過程やスケジュールに無理などがなかったか、検証するべきではないだろうか。もちろん、国立競技場やオリンピックの計画が何度も立ち止まった教訓を、忘れるべきではないだろう。