ホワイトナイトはだれなのか?──スタジオジブリの未来【後編】
海外進出の停滞
なぜ、スタジオジブリですらやっていけないのか?
この問題設定に対してもうひとつの論点をあげるならば、やはりそれはビジネスの面になるだろう。
周知のように、スタジオジブリは国内では爆発的ヒットを連発している。しかし、海外では日本ほどのヒットにはなっていない。「クールジャパン」の掛け声もありコンテンツ輸出は大きな注目を浴びているが、スタジオジブリですらそれに成功しているとは言い難いのが現実だ。
たとえば、アカデミー最優秀長編アニメーション賞も受賞し、国内では興行収入304億円の『千と千尋の神隠し』も、海外の総興行収入は3526万ドル(当時のレートで約44億円)にとどまる。他の作品では、『借りぐらしのアリエッティ』が3556万ドル、『崖の上のポニョ』が3718万ドル、『ゲド戦記』が488万ドル、『ハウルの動く城』が4518万ドルという結果だ。
もちろん日本映画がこれほどの結果を恒常的に上げていることは他にほとんど類を見ない(北米で大ヒットした『ポケモン』も、現在は劇場公開されていない)。ただ、それでも日本でのジブリ人気を考えると寂しいものがある(※)。
ハリウッドが制しつつある中国映画市場
世界に目を移すと、現在は映画産業の地図が大きく状況が変わりつつある。なぜなら、中国マーケットが増大しているからだ。数年前に日本を抜いて世界で2番目に大きいマーケットとなった中国だが、今年上半期の総興行収入は137億元(約2237億円)と、さらに膨らんでいる。日本のマーケットとはダブルスコアをつけるほどだ。
今年、なかでも大ヒットとなっているのが、中国を舞台とした『トランスフォーマー/ロストエイジ』である。すでに興行収入3億ドル(300億円)を超し、今年いちばんのヒットとなっている。
今年は、興行収入をトップテンのうちの5作にハリウッドのブロックバスターが並ぶ(表参照)。これによって、今年の上半期は自国映画のシェアがはじめて半分を割る47%にまで落ち込んでいる。
共産党一党体制の中国では、いまだに自由に映画が公開されることはない。政府(広播電影電視総局)の検閲を受け、外国映画の公開本数は限定されている。しかし、そんな中国でハリウッド映画が公開され、『キャプテン・アメリカ』までもが大ヒットしている。
この背景には、アメリカ政府による強い圧力がある。アメリカ映画の公開を年間20本までに制限していた中国に対し、アメリカはWTO(世界貿易機関)に訴え、2012年末、ジョー・バイデン副大統領が直々に習近平国家主席に交渉した。結果、それまでの20本に加え、3DやIMAXなどの14本の輸出を勝ち取った。『トランスフォーマー』が3億ドル以上のヒットとなったことには、こうした背景がある。
ハリウッドとアメリカ政府の関係は、われわれが思っている以上に近い。業界団体であるMPAA(アメリカ映画協会)の本部は、ロサンゼルス・ハリウッドではなくワシントンDCにある。しかも、ホワイトハウスから直線距離で200メートルほどの場所である。
つまり、日々ハリウッドは政府にロビー活動をしており、善し悪しはともかくいわゆる「ソフトパワー」とはこうして成し遂げられているのである。
ここで話を元に戻すが、日本政府はスタジオジブリになにをしたのだろうか?
「クールジャパン」と声をあげながら世界中で物産展を開くばかりで、中国とどのような交渉をしてきたのだろうか。中国マーケットをしっかりと切り開いておきさえすれば、スタジオジブリが制作部門を解体せずとも継続できる可能性はあったのではないか。
ジブリのホワイトナイトは誰なのか?
今回、ドワンゴがスタジオジブリを買収するという報道も一部あった。これは即座にドワンゴの川上会長が否定したが、個人的にはその可能性は今後もゼロではないと考える。『週刊文春』で連載されているように、川上会長が日々ジブリに赴いているのはよく知られている。昨年公開されたドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』では川上氏がプロデューサーを務めている。
たとえジブリが苦境に陥っても、それを他社がみすみすと認めるわけはないだろう。これまでの資産の魅力はもちろんのこと、この文化をいかに継続するかは日本のアニメ界や映画界を大きく左右することになるからだ。日本のコンテンツ・ビジネスの柱を容易く失うことは、業界もファンも認めることはできない。
では、だれがホワイトナイトになるのか? という話に当然なってくる。ドワンゴ買収という報道も、それを睨んでのものだろう。
いまのところ、想定できる可能性は3つである。
ひとつは、今年10月に経営統合予定の角川ドワンゴである。これは新会社の会長に就任予定の川上氏がジブリと密な関係にあることだけでなく、映画やアニメ事業を手がけてきた角川側にとってもジブリはとても強力なパートナーになりうるからである。
もうひとつが、日本テレビである。日本テレビとスタジオジブリは長らくタッグを組んできているが、なかでもコンテンツ事業局長代理の奥田誠治氏が密な関係であることはよく知られている。ただ、それだけでなく日本テレビが映像事業にも非常に積極的に参画しているのはよく知られていることだ。たとえば、5年前に映画会社である日活の筆頭株主となり、今年は動画配信サービス・Huluを傘下に収めた。
最後のひとつは、ウォルト・ディズニーである。ディズニーとジブリは、1996年から海外配給権と国内のビデオ販売権で提携をし、その後、製作にも参加してきた。2008年にはディズニー出身の星野康二氏が社長に就任し、現在にいたる。ディズニーはジブリにとって長年のパートナーであり、宮崎駿とジョン・ラセターの親交も厚い。
以上は、これまでのジブリの動きを見ていれば容易に想像がつくホワイトナイトである。ここで生じる問いは、このなかでどの会社がジブリをしっかりと再生できるか、ということである。
その答は実績を考えれば即座にわかる。ディズニーである。
ジョン・ラセター率いるウォルト・ディズニー社が、『トイ・ストーリー』などのピクサーレーベルだけでなく、『アナと雪の女王』でも大ヒットを飛ばしたのは、記憶に新しい。しかも、単にヒットしただけでなく、その内容はこれまでのディズニーイメージを打ち破る斬新なものだった(詳しくは「『アナと雪の女王』でディズニーが見せた『再帰的王道』」)。
ジブリがディズニー傘下に収まれば、ジブリ愛に溢れたジョン・ラセターもおり、イノベーションにも積極的かつクオリティコントロールもしっかりしており、さらに海外展開もより積極的にできる。それは日本の企業や政府にとっては極めて恥ずべきことではあっても、いまのジブリにとって最良の選択であるはずだ。
今後、マスコミやファンが注視すべきは、ジブリが「夢と狂気の王国」からいかに民主的な組織にソフトランディングするかというプロセスなのかもしれない。
※作品によって異なるが、ジブリ作品の海外での興行収入を見ると、北米よりも韓国とフランスでより受け入れられていることがわかる。