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【落合博満の視点vol.71】選手が言えば成長するのに監督が口にするとチームが停滞する言葉とは

横尾弘一野球ジャーナリスト
村上宗隆が大成した時も、我慢強く起用したことが奏功したと言われたが……。

 6月16日の千葉ロッテ戦に敗れた中日は27勝33敗5引き分けとなり、東京ヤクルトと並んで最下位(5位タイ)に沈んでいる。4月上旬に引き分けを挟んで6連勝するなど、10勝4敗2引き分けで6つの貯金を持っていた時は、「今年は違うって言っているでしょう」と笑顔が多かった立浪和義監督も、「昨日、今日と嫌なやられ方をした。(4日間の休養の間に)我々が反省することもたくさんあるし、選手も色んなことを振り返る期間にして、やっていくしかない」と語った。

 立浪監督が卓越した野球観を備えているのは周知の事実だし、すべてをかけてチームを立て直そうと腐心しているのもよくわかる。ただ、これから逆襲に転じようという機運を高めたい時に、相応しくないコメントもしてしまったと感じた。今季は右肩痛で出遅れ、戦列に加わってからも不振が続く岡林勇希に、監督として初めて代打を送った話題の際、こう口にしたのだ。

「ずっと我慢して使ってはいるんですけども……」

 2022年に最多安打のタイトルを獲り、2年続けてベストナインとゴールデングラブに輝いているものの、今季の岡林は故障の影響もあって下位を打っても打率.188なのだから、「我慢して使っている」のは紛れもない事実だ。ただ、それをメディアに向けて口にするかどうかは別の問題だろう。

 実は、プロ監督経験者に指揮官としての禁じ手を尋ねると、そのひとつに「余計な発言で選手やチームの士気を下げないこと」が挙げられる。さらに、具体例を示してもらうと、「○○は俺が育てた」という一方的な自慢話、「あいつは我慢して使っているのに」といった自己弁護の表現ということだ。

 反対に、一枚岩のムードが高く、黄金時代と評されるようなチームでは、主力選手から「監督やコーチに育ててもらいました」や「我慢して使ってもらった恩を返したい」といったコメントが度々聞かれる。

名監督に共通するのは言葉に対する繊細な感覚

 昭和の時代までは、どの監督も「黙って俺について来い」というオーラを発し、チームには「監督の言うことは絶対」という不文律があった。しかし、日本一やリーグ優勝を達成できるチームでは、「監督を男にしたい」と思わせる人間関係を、選手たちと結んでいたことが当時のエピソードからもわかる。

 今から20年前、そうした監督と選手の関係性の変化を感じ取っていたのが落合博満だ。就任した2004年の序盤、落合監督はサヨナラ本塁打を放った選手を出迎えて抱きついたり、選手を捕まえて故郷自慢をし合ったりしていた。そんなある日、グラウンドですれ違った若い選手に「頑張れよ」と声をかけると、その選手がガチガチになって好結果を残せなくなったという。

「おはよう」と同じ意味合いでかけた「頑張れよ」が、その選手の重圧となり、また他の選手には「監督はあいつに期待しているのか」と思わせてしまう。そして、自身の経験からマスコミを介して選手の奮起を促す方法を嫌っていたことも手伝い、落合監督は次第に言葉が減り、ベンチの中でも無表情でじっと動かなくなったのである。

「プロ入りしたばかりの頃、私が打撃練習をしているケージの後ろで、監督と評論家が『あれじゃ打てないよ』と話しているのが聞こえた。私はその反発心が上手く作用したけれど、同じように無神経な言葉を投げかけられ、大成できなかった選手は少なくないと思う」

 そう言った落合は、特に監督在任中は自身の言葉が持つ力に神経を費やしていた。最近では、村上宗隆(東京ヤクルト)が三冠王を手にした時、2年目にリーグ・ワーストの184三振を喫しても小川淳司監督(現・ゼネラルマネージャー)が使い続けてレギュラーに育てたことが奏功したと言われた。また、昨春のワールド・ベースボール・クラシックでは、好結果の出ない村上を栗山英樹監督はスタメンから外さず、メキシコとの準決勝のサヨナラ打を引き出した。これらを周囲は「我慢の采配」と称えるが、小川監督や栗山監督は決して「我慢しました」とは言わない。そうやって自身の言葉にも気を配れるのが、勝てる監督の条件なのかもしれない。

(写真提供/K.D ARCHIVE)

野球ジャーナリスト

1965年、東京生まれ。立教大学卒業後、出版社勤務を経て、99年よりフリーランスに。社会人野球情報誌『グランドスラム』で日本代表や国際大会の取材を続けるほか、数多くの野球関連媒体での執筆活動および媒体の発行に携わる。“野球とともに生きる”がモットー。著書に、『落合戦記』『四番、ピッチャー、背番号1』『都市対抗野球に明日はあるか』『第1回選択希望選手』(すべてダイヤモンド社刊)など。

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