北欧エリートたちは食の未来を変えられるか?
日本では知られていないだろうが、北欧のノルウェーとスウェーデンでは有名なある「夫妻」がいる。
北欧のホテル王、ペッテル・ストルダーレン(Petter Stordalen)と、妻のグンヒルド・ストルダーレン(Gunhild Stordalen)だ。
北欧のビジネス業界の流れを知っておきたい人なら、このノルウェー人夫妻くらいは知っていたほうがいい、絶大な影響力をもつ。
北欧ホテル王
北欧旅行の際、あなたが泊まるホテルは、もしかすると北欧で第二の規模を誇るホテルチェーン、「ノルディック・チョイス・ホテル」(Nordic Choice Hotels) 系列かもしれない。
ホテル名が「Clarion Hotel」、「Quality Hotel」、「Comfort Hotel」などであれば、それはペッテル様の経営するホテルだ。
ペッテル氏の顔が現地新聞などで出ている時、「この人が、ホテル王?」と驚くかもしれない。
ホテル王のイメージを壊す彼は、とても元気で、SNSを頻繁に更新し、若者や移民のスタッフを大事にする。ビジネス界の手本とされている人気者だ。
ホテル王の妻、難病と闘う、影響力のあるビジネスウーマン
16歳年下のグンヒルド氏は、ペッテル氏と2010年に結婚。一気に億万長者となった彼女だが、それだけが有名な理由ではない。
難病とされる強皮症を患い、危険だとされる治療法を試して、必死に生きようとする姿を世間に公表してきた。
ペッテル氏が看病する姿も報道され、最近になって出版された彼女の自著本はベストセラー入りしている。
それだけではない、グンヒルド氏は同時に批判的な報道をされやすい女性でもある。
気候変動への彼女の関心が、人々を感情的にさせる
環境・気候変動問題に以前から大きな関心を寄せてきた彼女。
「EAT Foundatio」とい財団を設立し、持続的な食生活の革命について、知識などを提案。
世界のトップエリートたち、研究者が集る「EAT会議」を、毎年スウェーデンの首都ストックホルムで開催している。
難病と闘う姿は応援される。だが、報道陣は、彼女の食生活への取り組み「EAT」に関してだけは、辛口評価となる。
簡単に言うと、世界の気候や貧困問題などを解決するために、「食べる量を減らそう」、「肉よりも、多くの野菜を食べよう」などの提案を人々にしている。
「これは、地球の危機である」、と。
しかし、ある人たちは言う。
- 「金持ちの妻が何を言うか」
- 「そんな簡単じゃない」
- 「だったら、あなたたち夫妻が飛行機を乗って世界中を飛び回るのを止めればいい。それだけでも排出ガスを大きく減らすことができる」
なんだかんだで、彼女の影響力は大きいので、食肉業界からの圧力もすさまじい。「ばかにする」という手法をとる人が多い。
EAT会議は、高いチケットを購入すれば、誰でも入れる世界ではない。
1000人限定、招待された王室関係者、科学者、政治家、アカデミック界や産業界のトップだけが入場する許可を得ることができる。
数字がとれる有名人だからこそ、偏る報道
私は報道陣として、今年の会議を取材した。
「エリートだけの集まり」と辛口評価される会議、実際どんなものかずっと気になっていた。
1日目ですぐに思ったのは、内容が専門的なので、食の専門家や科学者などではないと、大衆メディアの記者は書くネタ探しが大変そうだということだった。
最終的に「これはエリートの集まりだ!」というクリック狙いの辛口記事が出た流れが、なんとなく想像がついた。
「王室関係者、首相、大臣、エリートたちが集まって、ぺちゃくちゃと希望をおしゃべりしたところで、何になるんだ」と、手抜き記事を書くのは簡単だ。
しかし、ストルダーレン夫妻のような影響力と人脈があったからこそ、世界のエリートと研究者が交差する場ができた。
会議では招待者限定のアプリがあり、「こういうことに興味がある人はいないか」、「今こういう企画があるのだが、投資家はいないか」と、食の未来を変えようと、エリートたちはネットワークを広め、新しい解決策を一緒に考えていた。
招待者の全員が、議会、会社、組織などで決定権のある人たち。
なにかをする人を批判するのは簡単だ。
でも、批判者の中で、どれほどの人が、この人たちのように、反発覚悟で実際に動いているだろうか。
北欧は平等を重んじる社会なので、一般の人が入り込めない「エリートだけの世界」を嫌う。
新しい食生活の提案者には、大きなバッシングが伴う。
今までの生活を「変えたほうがいい」と言われると、人は感情的になりやすい。
会議に集まるエリートたちは、食の未来を変えられるだろうか。
北欧の地で今起きている変化に興味があるなら、この夫妻の名前に敏感になっておいて、損はない。
Text: Asaki Abumi