ラーメンが「1,000円の壁」を超えられない2つの理由とは?
ラーメンの適正価格はいくらなのか
ラーメン業界には古くから「1,000円の壁」というものが存在する。ラーメン一杯の価格が1,000円を超えられないという意味だ。2000年前後のラーメンブーム以降、ラーメンの売価は年々上昇傾向にあるが、現在のボリュームゾーンは体感的に都内で概ね700円台後半から800円台といったところだろうか。
その一方で、今でも「ラーメンはワンコイン」「ラーメンは安いB級グルメ」と捉えている人が、年配の方を中心に少なからずいる。ラーメンをワンコイン数百円で食べていた人からすれば、一杯1,000円のラーメンなんてあり得ないだろう。
しかしながら、ラーメンはこの数十年で驚くほどに進化を遂げ、使う食材も良いものを使うようになり、手間暇もかけるようになってきた。かつてのラーメンとは別の食べ物と言っても良いくらいだ。しかしながら、その進化や変化に多くの消費者の意識が追いついていないのが現状だ。
5月16日、神奈川の人気ラーメン店『らぁ麺 飯田商店』がTwitter上でラーメンやつけ麺の価格改定を発表した。新価格は「しょうゆらぁ麺」が1,600円、「つけ麺」が2,000円。この価格をどう捉えるかは人それぞれだが、私は適正価格であろうと考えている。
しかしながら、SNSなどでは当然のごとく賛否両論が渦巻いており、ラーメン業界にあらためて「ラーメンの適正価格」について考える一石を投じたアクションと言えるだろう。「たかがラーメン」と考える人と「されどラーメン」と考える人の分断である。
現代のラーメンは原価がかかっている
現代のラーメンは戦後間もない頃のラーメンとはまったく異なる麺料理であり、ラーメン店そのものも進化している。厳選された高品質な食材を惜しげもなく使い、接客やサービスを充実させ、器も特注のものを使い、店内も綺麗で清潔感がある。まるでレストランに匹敵するようなクオリティの商品やサービスを提供している店が少なくない。
ラーメンに対してその価値を感じられる人にとっては、ラーメンが一杯1,000円以上であっても抵抗感はない。しかしながら、ラーメンは安くて旨い庶民の食べ物、というイメージしかない人からすれば、800円ですら高く感じる。そして客観的に見て大別するならば、やはりいまだラーメンは安くて旨い食べ物という消費者マインドの方が勝っているのではないだろうか。
さらにその考え方は客側だけではなく、ラーメンを提供する店側にも根強く存在している。私が知るラーメン店主の多くは「美味しいもの、良いものを出来るだけ安く提供したい」と考えている。つまり、原価をかけて良い食材を使いながらも、売価を安く設定している。自分の利益よりも客の満足度を優先させている人が少なくないのだ。
あるいは、本来ならばもっと高い売価をつけたいものの、「ラーメンは安いもの」という消費者ニーズや、立地における他の飲食店の相場価格などを勘案して、つけたい価格をつけられないという店も少なからずある。いずれにせよ結果として「高原価率、低利益率」という商売をしているラーメン店が多く存在している現状がある。
ラーメン店は正しい利益を得るべきだ
ラーメン店はラーメンの売り上げで商売が成り立っている。ラーメンの売り上げから材料費のみならず、家賃や人件費、水道光熱費、消耗品費など様々な経費を出さなければならない。その上で残ったものが利益となるが、2割も残れば優秀だ。売価が高くないラーメン店は構造上「薄利多売」のビジネスモデルが主流となっている。
誤解のないように書けば、私は決して「ラーメン値上げ推奨派」ではない。良いものを使って原価をかけているのであれば、正当な利益を取れる売価をつけるべきであるし、今の市場ではこの価格でしか売れないと判断しているのであれば、正当な原価の範囲内でラーメンを作るべき、と考えているに過ぎない。800円でしか売れないと考えているのなら、それに見合った原価の範囲内でラーメンを作り、利益を残していかなければならない。それは飲食店として至極真っ当なスタンスだと思うのだ。
しかしながら、前述するように多くのラーメン店主は、自分の利益よりも客の満足度を優先させている。自分自身の持ち家で家族経営している分にはまだ良いだろうが、場所を借りて家賃を払い、人を雇って給料を払っているのだとすれば、適正な原価率の範囲内でラーメンを作ることが不可欠であり、従業員たちの給料や待遇をもっと上げていくことが経営者としての務めのはずだ。それでなければラーメン業界の未来は危うい。
ラーメンに適正価格など本来存在しない
大手のラーメンチェーンから、自宅で自分一人で営んでいる個人店、さらには従業員を雇い数店舗を構えるラーメン店まで、ラーメン店と一言で言っても多種多様だ。さらにラーメンそのものも店によって異なる。
つまり店の事情や材料がそもそも違うのだから、そのラーメンにはそのラーメンに見合った価格があるべきで、本来であればラーメンという料理の適正価格を論じることそのものが間違っている。しかしラーメンという料理は、なぜか包括的に価格が語られることが多い。これはラーメンの急速な進化や多様性に私たちの意識が追いついていないからだ。
このことがおかしいのは「寿司」に例えると分かりやすいだろう。回転寿司チェーンの寿司と、個人経営の町の大衆寿司店の寿司と、銀座などの一等地の高級寿司の価格が異なるのは当然と誰もが思うはずだ。日本蕎麦でも立ち食い蕎麦もあれば、チェーンの蕎麦ダイニングもあり、せいろが1,000円以上する手打ち蕎麦店まである。
どのラーメンも同じ価格帯で売られる違和感
しかし、ラーメンの場合はあまりにもその価格幅が狭い。アルバイトでも作れる大量生産型のラーメンであっても、店主の長年の経験と長時間の仕込みで作られるラーメンであっても、厳選素材を使ったラーメンであっても、価格にそれほどの差はない。
中には一杯ワンコインやそれ以下のチェーン店や、一杯1,000円以上の価格のラーメン店も存在するが、大半はチェーン店であっても個人店であっても、どんなラーメンも同じような価格帯でラーメンが売られているのはとても不思議な現象だ。
圧倒的な支持を受ける人気店であれば、ラーメン一杯1,000円であろうと2,000円であろうと受け入れられるだろうが、ほとんどのラーメン店の場合は「ラーメンは安いもの」という消費者ニーズを無視することは出来ない。
ここ数年、確かに個人店などでラーメン一杯1,000円以上の価格で提供している店が増えているとは言え、それが大きなうねりとなってラーメン市場全体の価格が上がっていくのはなかなか難しいのではないか、と個人的には考えている。
「1,000円の壁」を超えられない理由とは
現時点でラーメンが1,000円の壁を超えられない理由は、やはり消費者及び店側のラーメンに対する「安くて美味しいもの」というイメージの根強さだ。いくら厳選した素材を使っていても、従来と同じスタイルで提供されている限りは、客が直感的にその価値を感じることはおそらく難しい。
これは「ハンバーガー」を例にとると分かりやすい。ナショナルチェーンのファストフードの低価格なハンバーガーは、スピード感が重要視され提供スタイルもカジュアルだが、いわゆる「グルメバーガー」と称される高価格帯のハンバーガーは、店の作りもレストランのようで、ナイフやフォークを使って食べる。ハンバーグ自体もじっくり丁寧に炭火で焼いたり、上質な肉を使用したりと分かりやすい差別化が図られている。
現時点で1,000円以上のラーメンを提供出来ているのは、ファンを多く抱えている超人気店や、高級食材を使ったり非日常な空間やプレゼンテーションを工夫するなど、分かりやすい価値観を付与している店に限られている。しかし、1,000円以上の価格のラーメンを出す店であっても決して潤沢な利益が残るわけではなく、業界のメインストリームになるのは、現時点では難しいだろう。ハンバーガーも圧倒的なシェアは言うまでもなくカジュアルなファストフード業態だ。
出されてから10分で食べられるファストフード
もう一つの理由は、ラーメンという料理の構造そのものにある。ラーメンは目の前に出されてから10分程度で食べ終えられる食べ物だ。店に入ってから食事をして出るまでに、長くても30分程度だろう。潜在的な消費者マインドとして、1,000円以上の食事をする時の満足度には、料理のみならずサービスや空間の快適さが加わると同時に、店での滞留時間も少なからず関係があると思うのだ。
そう考えるとラーメンという食べ物は、現時点においては根本的にファストフードであり、物価そのものが全体的に上昇しない限り、現在の状況でラーメンの平均的な価格が1,000円を超えることは難しいと考えざるを得ない。その時は他の外食も相対的に上がっているため、ラーメンという料理のポジションは変わらない。
ラーメンのカテゴリーが多層化する過渡期
ラーメンは安くてカジュアルにスピーディーに食べられる食べ物というイメージは、まだ当面の間は残っていくだろう。しかしながら、今後しっかりと原価をかけて1,000円を超える価格をつけるラーメン店や、逆にスケールメリットを生かしてワンコイン以下のラーメンチェーンなどが増えてくれば、寿司や蕎麦、ハンバーガーのような「棲み分け」が生まれ、カテゴリーが多層化して消費者マインドも変化していくだろう。今はその過渡期と捉えるべきだ。
たかがラーメン、されどラーメン。ラーメンは多種多様な食べ物だ。だからこそワンコインで気軽に食べられるラーメンもあって良いし、1,000円を超えるラーメンがあっても良い。それこそがラーメンという料理の奥深さでもある。
それを十把一絡げ的に括って「1,000円の壁」を作るのは些か乱暴だ。ラーメンという食べ物がいくらかではなく、目の前にあるラーメンにいくら払えるか、という捉え方でラーメンと向き合って頂きたいと強く願う。
最後に、自らもラーメン好きで日々ラーメンを食べ歩いているラーメン店主、渡辺樹庵氏(『渡なべ』)が、ラーメンの価格について記事(参考記事:「ラーメン1杯1600円」の衝撃! 超人気店の突然の値上げに9割のラーメン店がついていけない理由)を執筆されているので、こちらも併せて読んで頂きたい。作り手側の目線で「1,000円の壁」について書かれている良記事だ。
※写真は筆者によるものです。
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