通過率100%でも内定率0%となる就活テストの不正受検
◆京大院出身の会社員が回答代行で逮捕
就活では選考の序盤で就活テスト(適性検査)が課されることが一般的です。
この就活テストで替え玉受検を請け負った会社員が逮捕、この一件が22日朝にヤフトピ入りしました。
◆就活テスト(適性検査)とは?
この就活テストとは、適性検査を指します。
適性検査は能力検査と性格検査に分かれ、この両方を受検することが一般的です。
新卒採用をする企業はこの適性検査を運営業者に利用料を支払い、就活生は無料で受検します。
適性検査を利用する企業は、適性検査の結果から就活生の能力や性格などが分かります。
選考序盤に実施されることが多いため、「就活における共通テスト(センター試験)」などと呼ばれることもあるほど。
適性検査の主なものは、SPI3、玉手箱、TG‐WEB、SCOAなどです。
他にも多種多様なものが存在し、企業側の利用料は1人当たり数百円から数千円以上まで、様々。中には条件付きで適性検査については無料とするものも存在します。
適性検査のうち、能力検査は数学(非言語分野)、国語(言語分野)が中心で、一部の適性検査は理科、社会、英語なども含みます。
能力検査のうち、数学が実は相当に面倒で、例年、多くの就活生を悩ませます。
◆数学問題は難化傾向に
適性検査が就活市場に定着した1990年代後半は単純な計算問題が多数でした。適性検査の代表格となるSPIがこれに該当します。
ところが、簡単に対策できてしまうこともあり、その後、SPIはSPI2(2005年)、SPI3(2013年)に改訂されました。
この改訂以外にも、毎年、細かい修正・改訂が加えられています。
この改訂により、能力検査の数学は単純な計算問題から、パズル的な問題が増えていきました。
たとえば、こんな問題です。
こうした問題を短い時間で回答していくことが就活生には求められます(30分で30問~40問前後)。
当然ながら、数学嫌いの就活生は、苦労しながら対策に取り組むことになります。
実際、大型書店の就活本コーナーではこの適性検査対策本が目立つように陳列されています。
◆自宅受検できるので不正できてしまう
適性検査は企業が新卒採用で多く導入しています。
リクルート就職みらい研究所「就職白書2022」によりますと、企業が採用基準で重視する項目で「性格適性検査の結果」は43.6%(4位)、「能力適性検査の結果」は35.2%(6位)と上位に入っています。これは例年、ほぼ同じです。
この適性検査は、受検形態が3つに分かれます。
適性検査の受験方式
自宅受検:就活生の自宅で受検。端末は就活生側が用意
テストセンター:テストセンター(集団受検会場)で受検
会場受検:企業が指定する会場で受検。少人数の場合、会議室などが一般的
このうち、自宅受検は就活生本人の自宅で受検します。利用する端末(ノートパソコン、スマホなど)も就活生側が用意することになります。
一方、テストセンターや会場受検であれば、担当係員などが存在します。
ただし、共通テストのように、顔写真付きの受検票などはないことがほとんど。そのため、共通テストとは異なり、こちらでもなりすまし(替え玉)をやろうと思えばできてしまいます。
ただし、そこまで手間をかけた替え玉受検はあまり話題になりません。おそらく、テストセンター・会場受検での不正は多くないことが考えられます。
不正受検を依頼する就活生側も、請け負う側も、双方簡単にできてしまうのが、自宅受検です。
何しろ、監視する係員などは存在しません。受検する際に、数学が得意な友人を呼んで、回答してもらっても不正が判明することはほぼありません。最終的には、就活生の良心に任されます。
なお、今回逮捕された田中容疑者は次のような手口を使っていた模様です。
◆コロナ禍で自宅受検が増加
適性検査を利用する企業からすれば、自宅受検で替え玉受検などの不正ができてしまうことなど、お見通し済みです。
それを分かっていながら、コロナ禍以降、自宅受検を選択する企業が増加していきました。
コロナ禍で社員もテレワークに移行するなど出社する機会が大幅に減りました。当然ですが、いくら新卒採用が重要であっても、適性検査受検のためだけに出社を強要するわけにはいきません。
しかも、2020年から2021年にかけては、クラスター化した大学などがバッシングされる事例が相次ぎました。
企業からすれば、「会場受検やテストセンター受検で、もしも、クラスター化した場合、バッシングされるのではないだろうか」と恐れていたのです。
そのため、適性検査を利用する際は自宅受検とする企業が増えました。
◆不正受検で通過率は100%だが無意味
適性検査の自宅受検で不正受検を持ちかける個人業者は今回逮捕された田中容疑者以外にも複数存在します。
SNS上では、「選考通過率×%」(田中容疑者は95%)などと宣伝。1回当たり数千円程度と安価なこともあり、誘惑に負けて利用してしまう就活生は毎年、存在します。
では、この適性検査の不正受検、意味があるのか、と言えば全くありません。適性検査の選考通過率は田中容疑者の宣伝にある95%どころか、100%でしょう。
ところが、内定率は、と言えば、記事タイトルに出したように、0%となります。
これは、釣りタイトルでも何でもなく、しかも、多くの企業が不正対策ですでに導入している事例を取材した結果によるものです。
では、不正受検が可能で選考通過率100%・内定率0%となるカラクリを解説します。
その前に適性検査の前提条件をおさらいします。
・適性検査はSPI3が代表格で他にも多種存在
・適性検査は新卒採用をする企業側が利用料を負担/金額は1人当たり数百円から数千円以上まで様々
・適性検査は「就活における共通テスト」などと呼ばれている
→呼ばれているだけで不正対策などは別問題
・自宅受検は就活生側が端末を用意
・会場受検は係員が存在
まず、新卒採用をする企業は採用の予算に限度があります。
選考序盤から、数千円以上する適性検査を実施できる企業は多くありません。そこで、選考序盤の適性検査については安価なものを選択、自宅受検できるようにします。
◆安上がり、かつ、簡単にできる不正受検対策とは
この時点で、不正受検をしたとしましょう。この段階では不正受検が判明することはまずなく、次の選考に進むことができます。だから、選考通過率100%となるわけです。
では、これで内定が取れるか、と言えば、そうではありません。
選考参加の就活生は序盤から中盤、終盤にかけて人数が減っていきます。
そこで企業側は、ある程度、人数が絞れた中盤から終盤、最終面接前に、改めて、適性検査を課すようになりました。そして、この適性検査は会場受検タイプのものになります。
この2回目の適性検査は1人当たり数千円以上する、精度の高い適性検査を利用します。
大人数ではないため、企業からすれば、2回目の適性検査を実施しても、それほど、負担にはなりません。
会場受検であれば、新卒採用を担当する人事担当者などが会場を担当します。しかも、中盤から終盤にかけて、選考参加者数が少なくなっており、人事担当者と就活生のあいだでは交流する機会も増えます。お互いに顔を知っている以上、替え玉受検はそう簡単にはできません。
企業側は1回目の適性検査と2回目の適性検査を突き合わせることになります。あまりにも能力検査のスコアや性格検査の結果が異なるようであれば、不正受検が簡単に判明してしまいます。
企業からすれば、採用予算を大幅に増やすことなく、簡単に不正対策ができてしまいます。しかも、就活生側は、まさか、複数回、適性検査を課されるとは考えてもいません。真面目に対策してきた就活生であれば、複数回の適性検査でもほぼ同一のスコアを残せます。その点、不正受検に手を出してしまった就活生は「まさか」と思いつつ、2回目の適性検査で結果を出せません。企業側は問い詰めるなど面倒なことなく、不正受検をした疑いのある就活生を選考から落とすことができます。だから、内定率0%なのです。
◆内定・入社してもしんどいだけ
この適性検査の複数回実施、はっきりとしたデータがあるわけではありません。
しかし、私が就活の取材をしている限りでは、簡単、かつ、安上がりに不正受験対策ができる、として導入する企業が増加しています。
仮にですが、企業側の不正対策をくぐり抜けて、内定まで行きついた、としましょう。中には適性検査は1回だけで複数回実施していない企業もあるので。
では、
「不正受検により、その就活生は、内定を取れましたとさ、めでたし、めでたし」
と、昔話のような終わり方になるのでしょうか。そんなことはありません。
勧善懲悪ものの昔話と同じように、壮大なるしっぺ返しが就活生を待ち受けることになります。
まず、企業からすれば、適性検査の実施によって、新入社員(内定学生)の能力がある程度、担保された、という前提で人材配置などを検討します。
その際、あまりにも数学などの基礎学力が低かった場合、適性検査の不正受検が判明します。それですぐに解雇される可能性は低いでしょう。
ただし、部署配属などでは、人事評価は最低となり、希望部署にはまず配属されません。それに周囲は能力の高い社員ばかり。「こんな簡単な計算問題もできないのか」などと白い目で見られてしまいます。本人も居心地が悪くなり、何のスキルも身に付かないうちに退社に追い込まれてしまいます。
昔話では、正直者が最後は幸せになります。
就活も同じで、最後に勝つのは正直者。そして、不正受検に手を出した就活生はお金と自らの尊厳を損なうだけにすぎません。
就活生は面倒であっても、対策本により適性検査対策に時間を割くか、あるいは適性検査(能力検査)を重視していない企業を見ていくか、どちらかとなります。