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学長セクハラ「騒動」をアートに 学生の果敢な展示も取材認めない「名古屋芸術大学」の自治と表現の危機

関口威人ジャーナリスト
名古屋芸術大学西キャンパス正門の掲示板に張られた展覧会の案内=6月4日、筆者撮影

 愛知県北名古屋市の名古屋芸術大学で、今年度就任した來住(きし)尚彦学長からセクハラを受けたと複数の女子学生が訴え出ている問題などを、現役の学生が「現代アート」で表現した展覧会が6月5日まで、学内のギャラリーで開かれている。

 問題をあいまいにしようとする大人たちに対し、学生が果敢に声を上げ、自らが学ぶ現代アートの形で問題提起しようという行動に私も注目し、開催5日目の6月4日に動画撮影を含めて取材しようと足を運んだ。

 すると、大学側から「取材としては入らないでほしい」と言われ、展覧会そのものの記事化を禁じられた。

 しかし、これは取材や発信を望む学生たちの表現の自由にも関わる大きな問題だ。表現を尊重すべき「芸術大学」で何が起こっているのか、大学側の言い分を含めてありのままにお伝えしたい。

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複数の職員を通して告げられた「取材NG」

 一連の問題をテーマに学生がアートの展覧会を開くという話は、少し前に私も関係者から聞かされていた。しかし、具体的な日程や内容を知ったのは、6月1日に配信された以下の毎日新聞の記事を読んでからだった。

・セクハラ疑惑への疑問や不満、アートで表現 名古屋芸術大で展覧会(毎日新聞、名古屋エリアでは紙の新聞でも記事化)

 「入場無料で誰でも観覧可能」とあり、取材も当然できるものだと思っていた。私は3日までは都合が悪かったので、4日午後に取材に行くことにした。

 名古屋芸術大学(名芸)は東西2つのキャンパスに分かれており、今回の展覧会は「西キャンパス」内が会場。正門に着くと、「ソウドウトリスペクト」の展覧会タイトルが記されたチラシが掲示板に張られていた。

 キャンパス中央にあるギャラリー棟「Art & Design Center」にも案内板があり、その1階奥のスペースで展覧会が開かれていることが分かった。手前の壁には「写真OK」とも書いてある。私は受付の学生に動画も撮っていいかを確認し、「どうぞ」と言われたので、名刺を渡して取材に来たことを伝えた。

 この問題でヤフーニュースの記事を書いたとも言うと歓迎してくれ、作品を制作した学生たちが次々に集まってきてくれた。

 ただ、学生たちも一応、ギャラリー担当の職員に伝えなければいけないと私の名刺を事務室に持っていった。しばらくして担当の職員が現れ、向かいの管理棟で許可を取ってほしいと告げた。

 管理棟では「学務部」の職員に対応されるが、さらに東キャンパスの広報部に電話で確認するので待ってほしいという。

 すると数分後、伝えられたのは「取材NG」という指示だった。

名古屋芸術大学の西キャンパスの案内図。今回の展覧会は図の「B」で示されている「Art & Design Center」内で開かれた=筆者撮影
名古屋芸術大学の西キャンパスの案内図。今回の展覧会は図の「B」で示されている「Art & Design Center」内で開かれた=筆者撮影

「なんで」という学生たちの反応に気付かされる

 学務部の職員に理由を聞くと、「今回は事前に連絡してもらう必要があり、連絡があったら取材はできないと伝えている」という。「施設管理権は大学にあるので」とも釘を刺された。

 しかし、私自身が毎日新聞の記事を読んで会場に来た。同じように取材はできるはずではと問うと「毎日新聞さんは許可を取っていなかったようで…」と言われた。

 釈然としなかったが、アポなしで来た後ろめたさはあるし、広報と直接のやり取りもできていなかったので、「では取材前提ではなく、とりあえず動画を撮らせてもらう」と告げて会場に戻った。

 会場の学生たちに「取材はダメだって」と伝えると「えー」という反応。「なんでですかね」「せっかく取材に来てくれたのに…」「僕らからもお願いしてきます」とまで言ってくれる。そこで私はハッと気付いた。彼らにとって、取材され、メディアを通して発信されることも「表現」の一部なのだと。

 今回、展覧会を企画・制作したのは「現代アートコース」の1〜3年生たち5人。普段は西キャンパスでアートを学んでいる。一方、学長からのセクハラを訴えているのは主に「東キャンパス」で学ぶ「ミュージカルコース」の女子学生たちだ。直線距離にして1.7キロほどしか離れていない両キャンパスだが、専攻ジャンルが違うこともあり、東キャンパスで起こっていることを西キャンパスの学生たちは知りにくいのだという。

 しかし、メディアやSNSを通じて流れてくる大学の話に、学生たちの疑問や不安は募る。もともとこの時期にこのギャラリーで展覧会をする予定だった5人は、今回の問題を含めた社会の「騒動」をテーマにした作品づくりをすることに決めた。

 大学の暗部といえる問題を取り上げることに、躊躇や葛藤もあった。ただ、まずは「両者の意見を並べてみよう」と、被害を訴える女子学生にインタビューした映像を一つのモニターに流し、もう一つのモニターは來住学長用に設けて「作品」にした学生もいる。学長にインタビューに応じてもらえるか質問状を出して尋ねたが、返事が来なかったため、映像の流れない真っ黒なモニターの表面にその質問状が張り付けられている。

 学長の姿をモチーフにして「AWFUL TRUTH(恐るべき真実)」という文字をかぶせたスプレー画もある。学長を批判しているようだが、誹謗中傷とまでの印象は、少なくとも私は抱かなかった。そもそも会場にそろった7作品のうち、学長のセクハラ騒動を直接のテーマにしたのは5作品にとどまる。

 「もっと過激なものなら仕方ないかもしれないけれど、この内容で大学側が取材NGなどと判断するのはどうなのかな」と学生は首を傾げた。

 「表現の幅を大学自ら狭めようとすること。これから入ってくる学生たちがかわいそうだ」という声も上がった。

大学の正式見解として「お引き取りください」

西キャンパスから約1.7キロ離れた東キャンパス。広報部を含めた本部機能はこちらにある=筆者撮影
西キャンパスから約1.7キロ離れた東キャンパス。広報部を含めた本部機能はこちらにある=筆者撮影

 私は大学側と話を付けるため、西キャンパスを後にして広報部のある東キャンパスに向かった。

 受付に行くと最初は総務部の職員が、やはり広報部の伝言係のような形で「今回は取材ができないとすべてのメディアに伝えている」と話した。しかし、私が「では何社から取材したいという話が来たのか」と聞くと答えられない。

 広報担当者がいるのならば直接話をしたいと告げると、広報部ブランディングチームの松澤聡・チームリーダーが現れた。取材申し込みについて、「広報まで話が回って来たのは今回の関口さんが初めて」だという。一方、「毎日さんは広報を通さずに無断で記事にした」と指摘した。(これについて記事を執筆した毎日新聞中部報道センターの川瀬慎一朗記者に確認したところ、「そもそも展覧会の主催者である学生たちが取材に応じたので、大学広報を通す必要はない」との意見だった)

 私は今回の対応は学生の表現の自由やメディアの取材・報道の自由にも関わる問題で、こうした制約を課すのは芸術大学として自分で自分の首を絞めるようなことになると迫り、あらためて見解を求めた。

 松澤氏はいったん席を外し、「上層部にも確認した」と戻ってきてこう告げた。

 「大学キャンパスの施設管理権は本学にあるので、お引き取りください」

 大学側の正式な見解としてはこの一言だという。私がさらに説明を求めて食い下がると、松澤氏は個人的な考えだと前置きした上で「本学に関して、本意ではない一連の報道がなされてきた。これ以上、本学の運営を阻害するような報道はお避けいただきたい」と述べ、一連の問題に関係する学内での取材はすべてのメディアに対して断る方針を強調した。

 大学側の頑なな態度が一層浮き彫りになる中で、学生たちの展覧会は5日に最終日を迎える。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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