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【独占インタビュー】作曲家・宮川彬良が憤り、語る「名古屋芸術大学」のセクハラ疑惑と学長選考問題の本質

関口威人ジャーナリスト
自身も関わる名古屋芸術大の問題について語る作曲家の宮川彬良=4月29日、筆者撮影

 愛知県北名古屋市の名古屋芸術大学で、今年度就任した学長の來住(きし)尚彦にセクハラ疑惑が持ち上がった。大学の調査委員会は3月に「処分するべきハラスメントが行われたとは認定できない」と結論付けたが、被害を訴える学生や一部の教職員からは反発が残ったまま新年度を迎えている。

 しかし、この問題にはいくつもの前段があり、そこに巻き込まれるような形になっているのが作曲家の宮川彬良(あきら)だ。

 「セクハラ以前の、大学教育が抱える問題について本質論を語りたい」という宮川がインタビューに応じ、自身の心境を明かした。(本文敬称略)

「改革」進める大学からオファー受け客員教授に

 宮川は東京の音楽一家に生まれ、東京藝術大学在学中から劇団四季や東京ディズニーランドのショーの音楽を担当。ミュージカルなども数多く手掛けるほか、俳優の松平健のショーのために作曲した「マツケンサンバⅡ」の大ヒットやNHK教育テレビの番組「クインテット」への出演で老若男女に知られる。

 そんな宮川が名古屋芸術大学(名芸)に関わることになったのは2021年。当時の副学長・田中範康から電話をもらったのがきっかけだった。田中は学内関係者から宮川のことを紹介され、互いに偶然、都内の近所に住んでいたことが分かり、コンタクトを取ったという。

 名芸では2016年から大学改革が進められ、それまで別学部だった音楽、美術、デザインを2017年度から一つの学部に融合した上で「芸術教養領域(リベラルアーツコース)」や「舞台芸術領域」を新設。従来の音大が中心としてきたクラシックや声楽だけでなく、エンターテインメントや舞台プロデュースにまで幅を広げて学生を受け入れ始めた。その指導者の一人として、宮川が適任だと判断されたのだ。

 宮川は自宅を訪れた田中から直接話を聞き、学内関係者とオンラインで面談するなどした上で2022年度から特別客員教授に就任。吹奏楽を総合的に学ぶ「ウインドアカデミーコース」の学生らに講義や演奏の指導をし、学外での公演の指揮も執って内外の評判を呼んだ。

(※下の動画は今年2月に名古屋市内で開かれ、宮川も指揮を執った名古屋芸術大学ウインドアカデミーコースの定期演奏会の様子)

「広げ過ぎた間口」で迷う学生、もがく教員

 宮川はこうした改革に取り組む名芸を「面白い学校だな」と思いつつ、戸惑いも感じたと明かす。

 「学生数が先細る中、生徒を増やすためには大きく間口を広げなければならない。それは少子化に直面する大学はどこも同じ事情。名芸は上手に間口を広げた方だと思うが、実際は広げ過ぎた入り口で『何をやったらいいか分からない』と迷う学生たちがいて、もがきながら対応している教員たちがいた」

 その迷いや「もがき」とは、「芸術と芸能を同じ土俵にのせられるか」という大きな問題から来るものだと宮川は指摘。

 「僕はまさに芸術と芸能の間でずっと仕事をしてきたからそれについて語れるけれど、それぞれの分野で専門職をしてきた先生方には難しい。でも、その問題に手を突っ込んでしまった以上、大学全体としてそれをもっと語り合わなくてはいけない」

 宮川はその上で「今回出てきている一連の問題は、この大学改革の余震のようなもの」だという見方を示した。

名古屋市の郊外で1970年に開学した名古屋芸術大学。愛知県北名古屋市に東西2つのキャンパスを構える=筆者撮影
名古屋市の郊外で1970年に開学した名古屋芸術大学。愛知県北名古屋市に東西2つのキャンパスを構える=筆者撮影

経営側と教学側で別の学長候補擁立の動き

 名芸で改革を先頭に立って進めてきたのは、2010年から学長を務めた竹本義明だ。

 筆者の取材に、竹本は大学改革が経営悪化の立て直しから始まり、「多少強引に進めたところはあった」と認めた上で、「芸術大学として生き残っていくための方向性は(2022年以降に客員教授を任せた)宮川先生と共有していた」と述べた。

 竹本は他の教職員からの信頼も厚く、学長職も再任を繰り返して改革を軌道に乗せた。そして直近の任期満了である今年3月末で学長を退く意向だった。そのため学内では、2年ほど前から新学長を選考する動きが始まっていた。

 名芸を設置運営する学校法人は「名古屋自由学院」。その理事長の川村大介は、次期学長に來住の名を挙げた。

 來住は1985年に早稲田大学理工学部工業経営学科を卒業後、東京放送(現TBSホールディングス)に入社して音楽番組の制作などに携わり、ライブハウス「赤坂BLITZ」やエンターテインメントエリア「赤坂サカス」を立ち上げるなどの華やかな経歴を持つ。TBS退社後もアート業界に関わってきた縁で、2021年から名芸に特別客員教授などとして招かれた。そして2022年7月には、來住を次期学長候補とする意向が理事長の川村から教学(大学教職員)側にも伝えられた。

 一方、教学側からは來住の来歴や資質に疑問を持ち、代わりに宮川を推す声が上がった。宮川の実績や知名度、名芸の「方向性」に対する理解は申し分なく、大学としても学長を選考する際には「原則、複数の候補を立てる」という規定があったからだ。

 2023年4月18日、第1回「学長候補者選考委員会」が開かれ、理事長側は來住を、教学側は宮川を学長候補に推薦。ところが、理事長の川村は「2人を擁立するのはあくまで内部の人間が候補者の場合」で「外部の人間が対象になる場合に(宮川が選ばれなければ)大変失礼なことになる」ため「2人目の候補者(である宮川)はなしということに」などと発言した。

 実は教学側は、まだこの時点で宮川に正式な話を伝えていなかった。委員会から約1週間後の同月26日、教員数人が宮川の自宅を訪ねて学長候補になってほしいと依頼。宮川は「一瞬『面白いかも』と思ったけれど、自分は教育者というわけではないし…」と自問自答したと振り返る。

 2週間ほど悩んだ末、宮川は学長候補となる決断をし、教員の一人に電話した。ところがちょうどその日、学内で大きな問題が起こったとして学長候補の話は「少しお待ちいただきたい」などと伝えられた。

今回の学長選考などを巡る構図(取材を基に筆者作成。宮川の写真は本人のXから、他は名古屋芸術大学のホームページから)
今回の学長選考などを巡る構図(取材を基に筆者作成。宮川の写真は本人のXから、他は名古屋芸術大学のホームページから)

学院側が前学長に「職務執行停止命令」

 2023年5月9日、学院が竹本に対して「職務執行停止命令」を通知した。竹本が「心身に故障を抱えている」との理由で、名芸の学長と、兼務していた法人の理事としての職務をストップさせ、学内への立ち入りさえも禁止したのだ。

 しかし、竹本に「心身の故障」の心当たりはない。体は無事に動かせ、念のため精神科も受診したが、精神疾患の症状や精神衛生上の問題は何もないと診断された。ところが、竹本がその診断書や処分の撤回を求める文書を送っても、学院側はまったく対応を変えようとしない。

 竹本は弁護士を立てて同年8月、法人としての学院と理事長の川村、そして経営本部長の濱田誠を相手に処分の無効確認と損害賠償を求めて名古屋地裁に提訴。学院側は処分は妥当だとして争う姿勢を見せた。その根拠として竹本の「言動に大きな問題があった」からだとし、学長選考を巡って川村と竹本の間で來住を推薦するという「事前協議」があったにもかかわらず、選考委員会で「異なる者」が候補として擁立されたことなどが問題だったと主張。裁判は2024年5月現在、まだ係争中だ。

本質の議論ないまま「何を教えられるのか?」

 この間、学内外の関係者らが竹本に対する処分の撤回を求める署名活動をスタート。2024年2月にはミュージカルコースの学生が、2023年8月のレッスン中に來住からセクハラを受けたと訴え出た。

 学生の訴えに呼応するように、宮川もX(旧ツイッター)で疑問や怒りをあらわにする。

 「何もかもひど過ぎる。これを容認している大人たちを私は容認できない。このままでは『芸術大学』の名折れ。猛省を促す」(來住が調査報告書の中で「そんなに嫌ならなぜ途中でそう言わなかったのか」などと反論しているとの報道に)

 「この期に及んでとぼけようとするのは、あまりにも理不尽」(大学側が調査報告書を学生に対して開示拒否しているという報道に)

時折穏やかな表情を見せながらも問題の本質を鋭く指摘する宮川彬良=4月29日、筆者撮影
時折穏やかな表情を見せながらも問題の本質を鋭く指摘する宮川彬良=4月29日、筆者撮影

 セクハラへの対応についても、前学長の竹本への対応についても、宮川は「弱い者を踏みつけ、それをもみ消そうとする」人権問題だと感じる。それは「世界中で無数に起こっている問題の一つなのかもしれない」が、大学という教育の場で起こっている現実に愕然とする。

 現場では「芸術と芸能」の本質に迫ろうという議論もなく、生徒は放っておかれたままだ。

 「音楽って心身を解放すること。体と心にウソをつかない。それが唯一の芸を伸ばす道だと僕は思う。そういう意味で芸術は教育そのもの。大人が芸術を語れない中で、子どもたちに何を教えられるんだろう?」

 宮川の憂慮は尽きない。

 ただ、正直「誰に怒っていいのか分からない」という思いも抱えているという。

 「学長候補の件で、僕はいったん上ったハシゴを外されてしまった状態。それに対して親しい先生方からは事情を聞かされているけれど、学院や大学側からは正式に何も説明されていない。せめて一言『失礼しました』といった謝罪があってもいいのでは」

 筆者は大学の広報部に、今回の学長選考の経緯について宮川に説明する予定があるか、來住のセクハラ問題についても学生に直接説明する機会を設けるかどうかを質問した。

 大学側からは「個別に回答することは控えさせていただいております」と返事が来るだけだった。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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