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東大大学院在籍中にプログラミング専門書を執筆し、奨励会を抜け将棋棋士になった谷合廣紀さんに聞く(2)

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 谷合廣紀四段(26歳)のオンライン講座終了後、あらためて谷合四段に話を聞きました。(インタビュアー=松本博文)

――東大出身の棋士は片上大輔七段(38歳)以来2人目となります。その点に関しては周囲から何か言われてましたか?

谷合 いや、あまりそれは。むしろ将棋を知らない方からは「(過去にそういう人が)いたんだ」みたいなことを言われることもあって。

――なるほど。谷合さん自身は「自分が東大出身で2人目だ」みたいな意識はありましたか?

谷合 それはあまり意識してなかったです。

――先ほどのトークとかぶるところもあるかと思いますが、時系列でお話をうかがいたいと思います。将棋を覚えたのは?

谷合 小学校に入る前ですね。

――おじいさんに教わって指すようになったと。

谷合 そうですね。

――おじいさんにはすぐに勝てるようになったんですか?

谷合 いやいや、アマチュアの三、四段はあったんで。3年か4年か、それぐらいかかった気はします。

――家庭の外で指すようになったのは?

谷合 最初は千駄ヶ谷(東京・将棋会館の道場)に行ってました。

――どういうメンバーがいたんですか?

谷合 私が連盟(将棋会館)に行った時は同い年の伊藤沙恵さん(現女流三段)がかなり上の方で、五段(アマの段位で高段)とかで指してたような。あとは渡辺和史君(現四段)とか、香川愛生さん(現女流三段)とか。印象に残っているのは、そのあたりですね。

――研修会は?

谷合 研修会は入ってました。小学4年とか、5年の時ぐらいからですかね。子供将棋スクールを卒業して研修会に入ったような気がするんです。

――子供スクールの当時の先生は?

谷合 村中先生(秀史現七段)とかでした。

――子供スクールで初段を取って卒業、という感じですね。研修会に入って、その頃はもうプロを目指そうとか思ってました?

谷合 研修会の時点ではそんなに思ってなかったです。

――奨励会に入ったのはいつですか?

谷合 中1です。2006年ですかね。

――中学、高校はどちらですか?

谷合 獨協です。椿山荘の向かいにあります。

――へえー! 椿山荘は毎年、名人戦第1局がおこなわれるところですね。獨協高校は東大に何人ぐらい入るんですか?

谷合 私の学年は私1人でした。学年によってばらつきがありますが。

――みんながみんな東大を目指すとか、そういう感じではないんですね。

谷合 そんなに進学校ではないですね。

――奨励会に入った後は、わりと順調だった感じですか?

谷合 三段まではわりと。

――大学に入る前にもう、三段に昇段したんですね。

谷合 17歳、高3の後期ですね。

――東大受験を意識したのはいつぐらいですか?

谷合 高2の時です。

――1月のセンター試験は、奨励会の例会とは重ならなかったんですか?

谷合 そうなんですよ。僕が受ける1年前までは三段リーグとかぶってて。奇跡的に私の時はかぶってなくて。「受かるならこの時に受かるしかないな」と。一浪したら、どうなるものかわからないので。

中倉 センター試験っていうのは土日なんですか?

谷合 土日です。最近は(三段リーグと)かぶってないみたいですけれど。

――三段リーグとセンター試験、もし日程が重なってたら、どうしてたんですか?

谷合 いやあ・・・。わかんないです(苦笑)。センター試験って、例外的に追試があるじゃないですか。病気になったりした時とか。あれができるのかどうか、打診してみるつもりでした。たぶん認められないんでしょう。

――認められないでしょうね(笑)。大学は東大の他にどこか受けたんですか?

谷合 早慶も受けました。

――やっぱり理系の学部なんですか。

谷合 そうですね。

――小学校の時にくもんをやってて、その時にもう高校レベルまでいったと。じゃあ小さい頃からもう、算数、数学は得意だったんですね。

谷合 そうですね。

――算数と将棋、相関関係はあると思いますか?

谷合 どうなんですかね。将棋をやる人は、わりと理系が多いイメージでしたけれど。東大入るとけっこう、文理いろいろなんで。

――東大将棋部には顔を出してたんですか?

谷合 出してましたね。

――将棋部は圧倒的に理系が多くなかったですか?

谷合 そんなでもなかったです。私の代の主将がもりすけ(宮下森資)で。学名(学生名人)を取った村上(由樹)とかそこらへん文系ですし。私の1つ上の奥村(雄太)さんも文系です。印象的にはそんなに、理系が強いとは思わなかったです。

※日経新聞に谷合四段昇段の記事を書いたのは村上由樹さん。

――昔の東大将棋部は理系が多かった印象ですね。数学科とか。

谷合 ぽいですね(笑)

三段リーグでの苦闘

――17歳で三段リーグに入って、そこから傍目(はため)にはずいぶん苦労されたように見えるんですけれど、どうでした? だって11勝以上が・・・。

谷合 11勝以上が11回ですね。

――11回! それは新記録ですね。通算では谷合さんより勝数が上の人はいるけれど、11勝以上が11回はいないでしょう。

谷合 あんまり意味のない記録で・・・(苦笑)

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――学業と将棋の両立はなかなか難しかったと思います。そのあたりで影響があったんですか?

谷合 あまり関係ないと思います。ただ、卒論、修論とかぶった時は「全然将棋に時間使えないな」とは思いました。それ以外は、そんなには。

――奨励会の例会は、昔は平日におこなわれていましたが、いまは土日だから、学生生活のスケジュールとそんなにかぶることはないんですね。

谷合 はい。

――三段リーグでは、谷合さんは他の三段からは強いと思われていたようです。谷合さんから見て「この人は強かった」みたいな人はいますか。

谷合 服部さん(慎一郎現四段)とか。今期当たらなくてよかったです(笑)

――アゲアゲさん(折田翔吾現四段)とも何回か当たったんですよね。

谷合 4回ぐらい当たったと思います。(谷合3勝、折田1勝)

いつつスタッフ うちのあらきっぺ(荒木隆元三段、現在いつつスタッフ)はどうですか?

谷合 あらきっぺさんとも3、4回指したと思います。

――初の女性棋士誕生なるかと、西山朋佳さん(奨励会三段、女流三冠)が注目されました。

――西山さんともずいぶん指したんですか?

谷合 西山さんも強いです。いい勝負だったかなって感じです。

――昨日のNHK杯(出場者決定戦)見てました?

谷合 棋譜だけ確認しました。

――途中はずいぶん不利に見えたけれど、そこから底力を出して逆転していました。西山さんの棋風はあんな感じですか?

谷合 そうですね。中終盤で力を発揮してくるイメージで。序盤はわりと(評価値で)マイナス500ぐらい気にしないってイメージだったですけれど(笑)。でも最近は序盤も勉強してて、なかなかスキがないかなという印象です。

――よく聞かれると思いますけれど、藤井聡太さん(現七段)との対局は・・・。

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――そうか、藤井三段は1期で通過だから、当たったのは1回だけですね。

谷合 その将棋自体は(谷合三段の)かなりの圧勝だったので、あまり・・・。終盤に入る前に勝負が決まっちゃった感じで。あまり藤井さんの強さみたいなものは見えなかったんですけど。

――その時は、じゃあまだそんなに・・・。

谷合 1期抜けするとは思ってなかったです。

――その時の、周りの藤井三段の評判というのはどんな感じでした?

谷合 1期抜けという感じではなかったんですが「若いヤバいやつが来たな」みたいな。(開幕の)1局目、関矢さん(寛之元三段)が負けて「関矢が負けるなら強いのかな」と。

――奨励会の二段以下は東西に分かれているから、藤井三段のことはよくわからなかったと。

谷合 そうですね。新三段のことはわからないです。

――関矢さんみたいな強い人でも奨励会は抜けられなかったと・・・。

谷合 そうですね。強かったです。(現在進行中の)新人王戦でもアベコー(阿部光瑠六段)に勝っていましたし。

――谷合さんは11勝以上を11回取ってずっと上がれなかった。これはもう傍目にはずいぶん運がわるかったように思われます。ご自身ではその間、どう思いましたか?

谷合 まあ、11勝で上がっている人がいる以上、「運がわるいな」とは思いました(苦笑)。13勝取ったときも次点すら取れなくて。運がわるいと思います。

【編注】11勝7敗で昇級した人は過去に2人。2014年度前期三段リーグは13勝5敗で上位6人が並び、順位上位の増田康宏三段、黒沢怜生三段が四段昇段。佐々木大地三段が次点。順位1枚の差で谷合四段は次々点。

――師匠の中座七段からはそのあたりは?

谷合 それについてはそんなに。

――中座先生の門下になったという理由というのは?

谷合 たぶん遊々将棋塾(将棋連盟の教室)でゲスト講師か何かで来られてて。その時に、遊々将棋塾の常任の武市先生(三郎七段)に頼んで(中座七段に師匠に)なっていただいた記憶があるんです。

――中座門下は谷合さんが初めてのお弟子さんですか?

谷合 兄弟子がいました。今度三段になった広森(航汰)君も同門です。

――奨励会幹事だった時の中座さんが怒っているところを見たことがありますが、けっこう怖いですよね。

中倉 奨励会の時は怖かったみたいですね。

谷合 あんまり記憶にないです。さすがに何か怒られたような気はするんですが、何を怒られたのかもよく覚えてないです。

――奨励会の思い出とかありますか?

谷合 ほぼ三段リーグの記憶しかないですね。

――昼食がなかなか進まなかったとか。

谷合 三段リーグの時は散歩もかねて、外に出て、無理やり食べることも多かったです。

――棋士、女流棋士の公式対局は、昼夕の食事休憩は外に出られなくなりましたが、奨励会の例会は今でも出られるんですか?

谷合 はい。三段は対局が終わってるんで。

――(例会は午前開始と午後開始の2局で)1局目で負けたらがっかりする・・・。

谷合 はい、がっかりします。

――谷合さんはメンタル的にそのあたり、響く感じですか。

谷合 そうですね。

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研究生活と棋士人生

中倉 女流棋士で仲がいい人はいますか?

谷合 同世代の香川さん、伊藤さん。あとは荻窪に来るような人たちが、基本的には。

――荻窪というのは?

谷合 「将棋サロン荻窪」です。昔からお世話になっている。

中倉 加藤桃子ちゃん(女流三段)が教室(REIWA将棋教室)をやってますね。

――お酒飲むのは好きなんですか?

谷合 好きです(きっぱり)

中倉 そうなんだ!

―― 彰子さんの得意分野じゃないですか。

中倉 いやいや(笑)。師匠(中座七段)がすごく気にしてて。(四段昇段を)祝いたいんだけど、いま(コロナ禍の)この時期だから・・・。お酒は何が好きなんですか?

谷合 何でも飲みますけど、ビール、日本酒が多いですね。

――もしや行方さん(尚史九段)とはよく飲むんですか?

谷合 行方先生とは本当に・・・。先週も先々週も・・・。

――そうですか(笑)。まあ、三段リーグ終わった後ですからね。

谷合 行方先生、飲みっぷりがよくて。

――この本(著書)は辻さんと行方さんが知り合いだったから、辻さんに会っていろいろ始めたと。

谷合 辻さんのもとでいろいろ、アルバイトみたいな。Python使ったプログラミングのバイトをして、半年か1年ぐらいした頃に本を書く話があったので。

――えっ! そんな短期間で専門書を書くぐらいのレベルになったんですか?

谷合 どのぐらいだったか覚えてないですけど、わりとすぐですね。1年ぐらいだったと思います。

――・・・マジですか? えっ、ちょっと待って。もともとプログラミングとかやってたんですか?

谷合 やってはいましたけど、Python始めたのは辻さんと会ってからです。

――そうですか・・・。プログラミングはそれまで、どういうことをやってたんですか?

谷合 CとかC++とか。あと、ハードウェア記述言語っていう、Verilog(ベリログ)みたいなそういう・・・。ちょっと研究室がハードウェア寄りだったので。そういうのを中心にやってて。それまでPythonは全然やってなかったです。

――学部からどういう変遷というか、どういうことをやってきたんですか?

谷合 卒論はハードウェアセキュリティみたいなことをやってて。

――それは、そういうのをやりたかったんですか?

谷合 研究室のテーマでした。その時は何も考えてなかったんですが。卒業できればいいかな、と思って。

――研究室は希望を出して?

谷合 そうですね。第一希望ではなく、第何希望だったか・・・。第一希望には行けなかったんです。「激指」の鶴岡研に行こうかなと。

【編注】「激指」は鶴岡慶雅さんらが開発した強豪将棋ソフト。鶴岡さんは現在、東大大学院工学系研究科教授。

――あっ! そうなんですか。それが一番よかったですね。そこ行ってたら何やってましたか。

谷合 何やってましたかね。それは気になります(笑)

――理系は文系に比べれば大学院進学率が高い。最初から院に進もうかと思ってたんですか?

谷合 そうですね。周りがみんな行くので。

――そこで卒論、修論を書くのが大変だったということですね。いまは博士課程の・・・。

谷合 4月から2年生です。

――いま専攻してるのが・・・。

谷合 自動車と画像認識の組み合わせみたいな。いろいろなことをやっています。

――その研究が進むと、たとえば交通事故が減るんですか?

谷合 そうですね。わかりやすくいえば、自動運転とか。

――自動運転はもう、実用化されそうな感じなんですか?

谷合 いまは試験車両ぐらいはできてますけど、限られたエリア内だったらできるみたいな段階です。都心の人がたくさんいるところとかはまだまだ先の話かなと思います。

――この先もずっと、そうした研究生活を送っていこうというわけですね。

谷合 そうですね。研究者と言えるのかわからないですけど、こういうことをやりつつ、どっちかというとエンジニアとかの方が向いているかなと思います。

――エンジニアとなると、大学ではなく企業ですか? もしかしたらこの先、企業に進む道もあると。

谷合 そうですね。

――東大教授になるとか、そういう可能性は?

谷合 それは全然(笑)。無理でしょうね(笑)

――アカデミアとかよりは・・・

谷合 そうですね、エンジニア寄りの方が。

――将棋とはこれから「二刀流」でやられていくということなんですけれど、大変じゃないですか?

谷合 そうですね。4月からは将棋でどれぐらい忙しくなるのか、不透明で。

――確かにコロナの影響もあるし、どうなるのか先が見えませんね。ただ間違いないのは、勝てば勝つだけ忙しくなるのがこの世界ですね(笑)

谷合 そうですね(笑)。まあ、がんばります、という感じです。

――がんばってください。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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