香港“陥落” 中国ネチズンの論理「国家安全法が嫌なら英国にでも台湾にでも出て行け」
中国全人代が頭越しに香港導入を決定
[ロンドン発]中国の全国人民代表大会(全人代=国会)で28日、共産党政権への抗議活動を抑え込む国家安全法制を香港に導入する方針が決定されたことを受け、米英豪加のアングロサクソン系4カ国の国務長官、外相が「深い憂慮」を示す共同声明を発表しました。
共同声明の内容を見ておきましょう。
「香港基本法(憲法に相当)23条に規定されている香港の機関を通してではなく、北京によって香港に国家安全法制を直接導入することは香港市民の自由を制限し、その結果として、香港の自治と香港に繁栄をもたらしたシステムを著しく侵害することになる」
「中国の決定は、国連に登録された法的拘束力のある中英共同宣言の原則に基づく国際的な義務と直接対立する。香港への国家安全法制は一国二制度の枠組みを弱体化させるだろう。政治犯として香港で起訴される恐れが高まり、香港市民の権利を保護する既存の約束を侵害する」
「今回の行動が香港社会の亀裂を悪化させることを懸念する。国家安全法制は香港内の相互理解を構築し、和解を促進するものではない。香港の人々が約束された権利と自由を享受でき、社会全体の信頼を再構築することこそ昨年来の緊張と不安から立ち戻る唯一の道となり得る」
マイク・ポンペオ米国務長官はこれに先立つ27日「香港が中国からの高度の自治を維持しているとはとても言えない」とアメリカの対中貿易に影響する可能性を指摘。米上院は既に中国企業を念頭に外国企業を米証券取引所から追放する法案を全会一致で通過させています。
英国は香港31.5万人を受け入れる姿勢を表明
香港の旧宗主国イギリスのドミニク・ラーブ外相は28日、北京が香港に国家安全法制を導入する方針を撤回しない限り、イギリス国民(海外)パスポートを持つ約31万5000人の香港市民へのビザ発給権を拡大し、イギリスでの市民権取得に道を開くと表明しました。
イギリス国民(海外)パスポートは1997年に香港がイギリスから中国に返還される前に香港市民に与えられたイギリスの法的な地位ですが、イギリスに6カ月間しか滞在できません。ラーブ外相は仕事や留学の滞在期間が12カ月に延長され「将来市民権への道を開く」と発表しました。
トマス・トゥーゲンハット英下院外交特別委員会委員長は「素晴らしい対応だが、われわれはもっとしなければならない。イギリス国民と同じ完全な権利を認めるべきだ」と表明しました。
これに対し中国共産党の機関紙系の国際紙、環球時報(英語版)は反発するどころか「中国のネチズン(インターネットユーザー)はイギリス政府の提案を大歓迎している」と報じています。
環球時報は「イギリスに香港暴徒全員を受け入れるよう要請する」「イギリスの支援を支持します! イギリスがそうできることを願っています。全ての裏切り者をイギリスに。中国領土はこれらの人々を必要としません」というネチズンの声を伝えています。
「暴徒たちは、できるだけ早く香港を離れて、残る人たちが“東洋の真珠(香港)”に秩序の回復と繁栄をもたらすことに集中できるようにしてほしい」「イギリスの皆さん。1年でも短すぎます。暴徒に市民権や永住権を与えてほしい」という声もあるそうです。
台湾の蔡英文総統も国家安全法制を回避するため移住を希望する香港の人々を支援する方法を検討すると表明しています。この時も環球時報によると、中国ネチズンは歓迎の意思を表明し「素晴らしい。中国が軍事力で統一を決断する日が訪れるなら、好都合だ」と投稿したそうです。
世界金融危機で自信を深めた中国
中国が資本主義から自由民主主義を切り離した国家資本主義に自信を持ち始めたのは2008年の世界金融危機がきっかけです。翌2009年のG8(主要8カ国首脳会議)ラクイラ・サミットには中国も参加していましたが、それ以降、参加しなくなりました。
中国は世界金融危機を引き起こした米英型の強欲資本主義より、自分たちの国家資本主義の方が優れているとの自信を深めました。その一方で、アメリカの出方を見ながら南シナ海や東シナ海への海洋進出を強めていきます。中国が恐れているのはアメリカとの軍事衝突だけです。
一方、欧州では世界金融危機に続く欧州債務危機で重債務国のギリシャやイタリア、旧共産圏の中東欧・バルカン諸国が中国マネーに吸い寄せられました。英独仏も地理的に離れているという安全保障上の安心感から無警戒に中国との経済関係を強めてきました。
2012年に「中国の夢」を掲げる習近平体制になってアメリカと対等の「新型大国関係」を提唱し、アメリカを驚愕させます。世界中にインフラ経済圏構想「一帯一路」を広げ、もはや中国なしにグローバル・サプライチェーンを語ることはできなくなりました。
そして今回、中国は新型コロナウイルス・パンデミック(世界的大流行)に振り回される先進国の体たらくを見て恐るるに足りずと確信したに違いありません。
コロナで死屍累々の欧米諸国
新型コロナウイルスは中国湖北省武漢市から世界中に広がりましたが、中国は欧米諸国に比べ早期に徹底した都市封鎖に踏み切り、被害を最小限に抑えました。一方、自由民主主義と資本主義の制約がある欧米諸国は中国のように過激な対応を一気にとることはできませんでした。
【新型コロナウイルスによる主要国の死者】
・中国4634人(人口100万人当たりの死者3人)
・アメリカ10万3330人(同312人)
・イギリス3万7837人(同558人)
・フランス2万8662人(同439人)
・イタリア3万3142人(同548人)
・カナダ6877人(同182人)
・ドイツ8570人(同102人)
・日本867人(同7人)
李克強首相は全人代閉幕後のオンライン記者会見で「今年はプラス成長を達成できる」と自信をみなぎらせました。
グローバル情報会社IHSマークイットは今年の経済成長率は世界全体でマイナス5.5%、アメリカがマイナス7.3%、ユーロ圏マイナス8.6%、日本マイナス5.5%と軒並みマイナス成長を予測する中、中国は昨年の6.1%からは大きく落ち込むものの0.5%のプラス成長にしています。
香港では、中国国歌「義勇軍行進曲」への侮辱行為を禁止する「国歌条例案」の本格審議が27日、立法会(議会)で始まり、抗議に集まった市民ら300人超が警察に拘束されました。主権と領土保全という核心的利益で中国に「譲歩」という2文字はありません。
今回のパンデミックで中国に対する不信感が西側で深まったのは間違いありません。しかし妄言を連発するドナルド・トランプ米大統領に中国に対抗する柱になることを期待するのは無理というものです。
米ソ冷戦ではベルリンの壁構築とキューバ危機によって両陣営の「力の領域」が決められました。コロナ危機の最中、香港は事実上“陥落”したと言っても過言ではないでしょう。南シナ海をほぼ手中に収めている中国の視野には台湾、東シナ海がとらえられています。
(おわり)