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新人選択会議のない、アマチュアフリーエージェントの世界。才能あふれる少年と獲得競争の闇

谷口輝世子スポーツライター
今季7月にメジャー昇格したツインズのミゲル・サノ内野手(写真:USA TODAY Sports/アフロ)

今年7月にツインズからミゲル・サノ内野手がメジャー昇格を果たした。ドミニカ共和国出身の有望選手がメジャー昇格を果たすことは珍しいことでも何でもないが、サノ選手はドキュメント映画の主役になったという経歴があった。

ドキュメント映画のタイトルはBALLPLAYER:PELOTERO

2012年に封切られたが、製作されたのは2009年で、このときサノ内野手は16歳。カメラはツインズと契約する前後のサノ選手の様子を追いかけ、獲得競争の闇をあぶりだした。

メジャーリーグでドラフト対象選手となるのは、米国、カナダ、プエルトリコ在住の選手か、米国、カナダ、プエルトリコの学校に通う選手である。

それ以外のドミニカ共和国、ベネズエラなどのドラフト対象外国の選手で初めてメジャーリーグ傘下の球団と契約する選手はアマチュアフリーエジェントとされる。ドラフト対象外のアマチュアフリーエージェントとメジャーリーグとの契約開始日は毎年7月2日。この時点で満16歳になっている選手が契約の対象となる。最もよい契約条件を得られるのは契約対象の16歳の誕生日後に初めて7月2日を迎える少年で、17歳、18歳になると選手としての価値が低くなり、よい条件を得られにくくなる。

これはメジャーリーグ球団傘下で育成するため、若い選手を獲得しようとしていることと、どの球団も欲しがる選手を早く契約したいという理由があるようだ。

サノ選手のように10年に1人と評価される逸材はメジャーリーグの各球団のスカウトが何とか契約にこぎつけようと躍起になる。しかし、メジャーリーグのなかでも高額の契約金を提示できる球団もあれば、少ない予算で獲得競争に参戦しなければいけない球団もあるのが現実。

少年選手側もよりよい契約条件を球団から引き出すために必死。貧しい暮らしから抜け出し大金を得ることができるチャンスだからだ。

16歳のときが最もよい契約条件を得られることから、選手側が家族ぐるみで年齢詐称をするケースもある。

選手側が年齢詐称するケースがあるのを逆手にとって、サノ選手を獲得したいが予算の少ない球団が汚い作戦に打って出た。「サノ選手が年齢詐称をしているかもしれないので調査が必要だ」と情報を流し、他球団が手を引くまで時間を稼ごうとしたのだ。他球団が手を引けば、それほど高額でなくても契約できると踏んだのだろう。仮に年齢を詐称していないことが証明できないとしたら、それこそ弱みに付け込んで契約に持ち込める。

サノ選手は年齢詐称でないことを証明するには長い時間がかかった。書類を揃えて提出するだけでなく、レントゲン検査で骨の成長から年齢を割り出すことまでしている。その間に他球団は他の選手との契約をまとめていき、最有望株のサノ選手はどの球団とも契約できなかった。

結局、サノ選手の年齢詐称問題を静観し、2009年秋まで待っていたツインズが契約にこぎつけた。

10年前、少なくとも20年前まではドラフト対象外の中米の選手たちは、ドラフトで上位指名を受けた選手よりも一桁安い契約金しか得られないことが問題になっていた。 今は違う。有望選手には米国人の代理人が交渉する。サノ選手はツインズと日本円にして3億円以上という巨額で契約を結んだ。

米国と中米との経済格差を利用して、中米の有望選手を格安の契約金で獲得していた時代は終わりつつある。しかし、満16歳の少年選手を自由競争で獲得するために、12、13歳ごろから非公式な囲い込みが始まることをいくつかの報道が伝えている。青田買いを防ぐためにメジャーリーグは満16歳という年齢を設定したが、さらに幼い選手を追いかけることになっているようだ。

今年8月、サノ選手と言葉を交わす機会があった。ドキュメント映画で見た16歳の少年の姿はそこになく、すっかりと大人になっていた。そして、オーバーウエイト気味でもあった。

サノ選手を16歳から追いかけているドキュメントクルーのスタッフは、サノ選手が7月のツインズの本拠地球場でデビューするまでを映像に収めたそうだ。サノ選手は「メジャーでプレーできてとてもうれしい。また、新しいドキュメント映画が出来ると聞いている」と話した。

米国で生まれ育った米国人のメジャーリーグファンたちは、米国外に生まれ育った選手がどのような経緯を経てメジャーリーガーになったのかはあまり把握できていない。サノ選手を追いかけ続けたドキュメント映画は、米国のファンには見えない闇をあぶりだした。それでいて少年たちの野心とプレーする姿によって暗い内容にはなっていないという優れた作品だ。

日本からメジャーリーグに向かう選手たちの様子も、文字によって報道されているものはいくつかある。しかし、最初から米国人視聴者を意識して、彼らの様子を追いかけた映像はあまりないのではないか。メジャー移籍を決断するまでの過程、その選手が日本でどのように育ってきたか、日本の子どもたちがどのように野球をしているのか。もし、そういった映像が発表されれば、興味深く見る人は少なくないはずだ。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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