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トランプのグリーンランド領有発言に怒る国際社会はトランプ圧勝の理由を理解できていない

田中良紹ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

フーテン老人世直し録(785)

睦月某日

 トランプ次期米大統領は7日の記者会見で、デンマークが領有するグリーンランドをアメリカが買収し、またパナマ運河の管理権をパナマからアメリカに返還させるため、軍事的圧力や経済的圧力をかける可能性があると言い、さらにNATO(北大西洋条約機構)加盟国は防衛費をGDPの2%から5%に引き上げるべきだと主張した。

 これにNATO各国は強く反発している。デンマークのフレデリクセン首相は「グリーンランドは売り物ではない」と言い、ドイツのショルツ首相は「国境不可侵の原則はすべての国に適用される」、フランスのバロ外相は「他国が主権国家を攻撃するのをEUが容認することはあり得ない」と言った。

 トランプの主張は中国やロシアを念頭に「力による現状変更を認めない」と言ってきた西側の論理を崩壊させかねない。しかもNATOの集団的自衛権は加盟国が一国でも攻撃を受ければ全体への攻撃とみなして反撃すると定めている。アメリカがデンマークに軍事的圧力を加えれば欧米の安全保障体制は根底から覆る。

 そのためトランプの真意がどこにあるかを巡って様々な憶測が流れた。憶測の第一はモンロー主義である。モンロー主義とは第5代大統領ジェームズ・モンローの主張で、アメリカは欧州の戦争に介入しない代わり、欧州にも南北アメリカ大陸に干渉させないという考えだ。

 グリーンランドはアメリカ大陸ではないが、デンマークよりアメリカ大陸に近い。第二次大戦後、米ソ冷戦に対応するためソ連に対する軍事同盟NATOが誕生し、デンマークが加盟したことから対ソ戦略の重要な拠点として1951年に米軍基地が設置された。

 その後、グリーンランドには自治政府ができ、自治政府に独立の動きが出て、中国との接近が始まった。中国の習近平国家主席はロシアのプーチン大統領を巻き込み、一帯一路を北極海に広げる構想を持っている。これはアメリカの安全保障を脅かす。

 一方、パナマ運河を巡っても近年は中国の艦船の通行量が多く、パナマ共和国に対する中国の影響力が強まった。2017年にはパナマが台湾と断交し中国と国交を樹立した。さらに習近平は意識的に南米諸国との関係強化を進め、南米大陸でのアメリカの影響力が低下している。

 それに加えてトランプはカナダがアメリカの51番目の州になるよう要求した。それらは南北アメリカ大陸に対する他国の干渉を排し、アメリカの支配権を強める狙いがある。トランプ発言の狙いは中国と欧州を含めた他国のアメリカ大陸に対する影響力の排除である。

 第二の憶測はトランプ流の交渉術だ。初めに強硬姿勢を示して相手を怯えさせ、有利な立場を確保して有利な条件で妥協する。グリーンランドではレアアースなどの地下資源を有利に開発させれば、パナマではアメリカの通行料金を引き下げれば、カナダとは有利な貿易協定ができれば、要求を引っ込めて妥協する。

 そして最も楽観的な憶測は、現実にトランプが大統領に就任すれば、いずれも思い通りにはならないことに気付き、他の課題に取り組まざるを得なくなり、主張はいずれ忘れられるというのである。

 しかしグリーンランド買収は今回が初めてではない。トランプは1期目でも要求した。ただし1期目は閣僚がトランプとは考えの異なる共和党主流派で固められ、思い通りのことができなかった。今度は忠実な人間だけを閣僚に起用し、しかも4年間でやりたいことをやり切ろうとしているので、簡単にあきらめることはないと思う。

 トランプの考えにモンロー主義があるのはその通りだ。さらに言えばアメリカ民主主義を最高の価値と考え、それを世界に広めようとするネオコン的な理想は絶無だ。アメリカには他国の面倒を見る余裕などなく、アメリカ大陸に引きこもって自力を養うしかないと考えている。つまりソ連崩壊後に唯一の超大国になったアメリカの生き方をすべて清算するのがトランプ政治だ。

 そして思うのは、トランプの考えを読み解くのに、欧米中心のものの見方では間違える。22年2月24日にロシア軍が国境を越えてウクライナに侵攻した時、欧米のメディアは一斉に「プーチンの侵略戦争」と非難し、プーチンを悪の権化のように報道した。

 しかしプーチンはウクライナ戦争を「戦争」と呼ばずに「特別軍事作戦」と言った。兵隊の動員も小規模で動きも緩慢だった。ところが欧米メディアは悲惨なウクライナと軍事独裁のプーチンを対比させた。その時トランプは「プーチンは頭が良い」とプーチンを絶賛した。国民の反発を考慮してその後は言わなくなったが、彼は最初からこの戦争をプーチンが勝つと考えている。欧米メディアのものの見方とは違うのだ。

 冷戦の終わりから米国政治を見てきたフーテンも欧米メディアとは見方が違った。ところが怒涛のような報道が世界を覆いつくし、フーテンの見方は理解されない。そうした中でシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授とフランスの人口学者エマニュエル・トッドだけがフーテンの考えと一緒だった。

 そのエマニュエル・トッドが最近『西洋の敗北』(文芸春秋)という本を書いた。ウクライナ戦争で米国と欧州は自滅したという本である。欧州の中心国であるフランスの知性が欧州のリベラル・デモクラシーを厳しい視線で見ている。おそらくトランプ発言に対するドイツのショルツ首相やフランスのバロ外相とはものの見方が違う。

 その本の中に「デンマークはアメリカの諜報機関の付属機関」と書いてあった。デンマークがドイツのメルケル前首相の電話盗聴に関与していたというのだ。グリーンランドを領有しているデンマークがアメリカの諜報機関の下請けだという情報を考慮すれば、今度のトランプ発言の見方はまた変わってくる。

 フーテンはデンマークと言えば高福祉で国民の幸福度が高く、アンデルセン童話の国という印象しかなかったが、トッドによれば別の顔がある。トッドの見方はウクライナ戦争でロシアとドイツを結ぶ海底パイプライン「ノルドストリーム」を爆破したのはアメリカとノルウェーの犯行という点から始まる。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:1月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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