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石破総理が年頭会見で語った「強い日本」と「豊かな日本」に続く「楽しい日本」とは何か

田中良紹ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

フーテン老人世直し録(784)

睦月某日

 石破総理は6日、新年恒例の伊勢神宮参拝を終えて年頭の記者会見を行い、明治の日本が目指した「強い日本」と、戦後の日本が目指した「豊かな日本」に続き、自分は「楽しい日本」を目指すと語った。

 これは作家の堺屋太一氏の著書『三度目の日本』に感銘を受けた石破総理が昨年末の記者会見でも紹介したコンセプトで、日本人はこれまでに二度の敗戦を経験したという。一度目は江戸末期の幕藩体制の崩壊、二度目は文字通り第二次大戦での敗戦である。

 しかしそれまでの価値観を喪失させられた日本人は敗戦のたびに立ち上がった。「一度目の日本」は富国強兵によって「強い日本」を目指し、「二度目の日本」は経済成長によって「豊かな日本」を目指した。吉田茂の「軽武装・経済重視路線」はまさにそれに当たる。

 そして堺屋氏は2020東京五輪が終わると、官僚機構が作り上げた日本が成長力を失い、少子高齢化と国民の意欲の喪失で三度目の敗戦を迎えるというのである。著書では2026年に誕生した与党5党による政権が改革派の世襲議員を総理に担ぎ、「三度目の日本」として「楽しい日本」を目指す近未来の話が書かれている。

 総理に担がれた改革派の世襲議員というのが石破氏にしてみれば自分のように思えるのかもしれない。しかし著書では若手のイケメンで世襲政治家の三代目とされている。堺屋氏は小泉進次郎議員を想定して書いた可能性がある。

 堺屋氏の著書では改革派の総理が思いきった改革を行う。議員定数を増加させ、東京一極集中を排して地方に権限を与えるため、大阪都を誕生させ、沖縄と奄美諸島を南海道にし、本州を8つの州にする2都、2道、8州体制に変革するのである。そして消費税とガソリン税、酒とたばこ税を地方の税収にする。中央集権体制を終わらせるのだ。

 そして何が「楽しい日本」かと言えば、官僚主導であまりにも安全で清潔で効率的な「天国」のような社会にしてしまったことを見直す。昭和の時代に人気があったスポ根漫画の「巨人の星」や「あしたのジョー」、高倉健や菅原文太のやくざ映画などに触れる機会を与え、世の中を活気づける。

 飲酒運転の取り締まりを厳しくしたため、地方のスナックや居酒屋が衰退したことを反省し、遊興やお祭りに寛容な社会を作ることが「楽しい日本」のコンセプトになる。しかし会見で石破総理がそこまで踏み込むことはなかった。聞いた側には何が「楽しい」のかさっぱり分からなかったかもしれない。

 少数与党である以上、石破政権の最大課題はどうやって野党の協力を取り付けるかにある。民主主義政治の在り方として対決型でない政治の典型を作り上げなければならない。そのためには具体的なカラーを打ち出しにくいのは致し方ない。

 年頭会見で分かったことは、石破政権が年金問題を中心に社会保障制度全般の議論に力を入れ、「令和の日本列島改造論」として地方創生に力を入れ、民主主義のコストをどうするか政治とカネを真剣に議論したいと考えていること、そしてトランプ米国大統領と会談する時期はアジア情勢へのスタンスが鮮明になってからと考えていることなどだった。

 ただ堺屋氏の著書もそうなのだが、フーテンが不満なのは日本の政治家や官僚の発言にはアメリカの存在がすっぽり抜け落ちることだ。同盟関係にあり、しかも日本が従属的立場にあるため言いにくいのかもしれないが、それが誤った印象を国民に与えることが多い。

 例えば堺屋氏は「豊かな国」を目指した戦後日本の路線が2020東京五輪まで有効だったかのように書いている。しかしバブル崩壊後の日本経済が「失われた時代」と呼ばれたことは周知の事実で、「三度目の敗戦」はバブル崩壊後に訪れ、それが今も続いている。

 また堺屋氏はバブル経済も日本が「豊かな国」を目指した結果であるかのように書いているが、それもフーテンは違うと思う。アメリカの存在を消してしまうからそうなるので、「豊かな国」を目指した戦後日本はアメリカの存在なくしては語れない。しかし政治家や官僚の話にはタブーであるかのようにアメリカが出てこない。

 吉田茂がアメリカに対し「軍事では負けたが外交で勝つ」と考えていたことはブログに何度も書いてきた。占領時代の吉田の基本スタンスは金のかかることはすべてアメリカにやらせようとしたことだ。それが「豊かな日本」を目指す出発点である。

 食糧難で日本人に餓死者が出ても吉田はアメリカが食糧を持ってくるまで何もやらなかった。憲法9条を受け入れて非武装国家にしたのも金のかかることはアメリカにやらせるという考えからで、決して世界平和のためではない。

 マッカーサーは日本がアメリカに歯向かわぬよう、国際法で認められている自衛権を日本に認めず、憲法草案に9条を盛り込み、さらに日本を農業国にしようとした。これに対して吉田は9条を受け入れ、朝鮮戦争が起きてアメリカから再軍備を要求されてもそれを拒否し、代わりに軍需産業を復活させて武器弾薬を作り、それを米軍に提供して日本を工業国にすると同時に巨額の戦争特需を得た。しかも狡猾なのは野党に9条の護憲運動をやらせたのである。

 野党が先頭に立って護憲運動する姿をアメリカに見せ、アメリカが過大な軍事要求をすれば政権交代が起きて親ソ政権が誕生すると思わせた。しかし3分の1の議席で憲法改正は阻止できる。野党は過半数の候補者を選挙に擁立しない。つまり政権交代は起きない。それにアメリカは騙された。

 こうして万年与党と官僚と財界が一体となり、それに労働組合も協力して日本は米国経済を潰しにかかった。安い製品を輸出してアメリカ製造業の市場シェアを奪う。アメリカ企業は倒産に追い込まれ、製造業の拠点があったアメリカ中西部はラストベルト(さび付いた工業地帯)になった。

 戦後日本はアメリカという刀を持った侍に対する町人だった。日本は蹴られても殴られてもじっと耐えて反抗しない。江戸時代は商人が侍に金を貸し、侍を操るようになる。そう考えて日本は愛想笑いを浮かべながら金をしっかり貯め込んだ。その結果、1985年に日本は世界一の債権国、アメリカが世界一の債務国になったのである。

 ところがそこで吉田の手品は効かなくなった。侍が騙されてきたことに気づいたのだ。日本の経済的成功は輸出に頼る貿易立国路線と、銀行を経済の中心にした間接金融体制、そして政権交代のない政治体制にあることを見抜かれた。

 アメリカは85年のプラザ合意、86年の日米半導体協定、87年のルーブル合意で日本の貿易立国路線と間接金融体制を潰しにかかる。ところが軍事をアメリカに委ねた日本はこれに抵抗する術がない。プラザ合意と日米半導体協定で輸出主導の貿易立国路線を潰され、ルーブル合意で低金利を強制され、日本はバブル経済に誘導された。

 金利収入が見込めなくなった銀行は土地と株の投機に活路を求め、その結果、不良債権を抱えて没落した。しかもそこに国際決済銀行(BIS)から自己資本比率の引き上げを強制された日本の銀行は「貸し剥がし、貸し渋り」に走り、中小企業が次々に倒産して日本は深刻なデフレ経済に陥った。

 ところが不思議なのはバブル経済になったのも、バブルが崩壊してデフレ経済になったのもすべて日本が単独で行った経済政策の失敗であるかのように言われる。アメリカの存在が消えた議論ばかりが横行する。

 かつては蹴られても殴られてもじっと耐え、侍に愛想笑いを浮かべることで金もうけに励んだ町人が、今では金もうけの道を断たれ、侍から小刀を買えと強制されて侍の真似をし始め、貯め込んだ金を侍に支払わなければならなくなったのだ。侍の真似をして何の得があるのだろうか。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:1月26日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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