2018年の「ローラーボール」
スポーツにある程度の危険はつきものとわかってはいても、動画を見たときはびっくりしたこの件。
(三尾圭- Yahoo!ニュース個人 2018年5月7日)
(朝日新聞2018年5月10日)
6日の試合で日大の守備選手は関学大攻撃の1プレー目、関学大のクオーターバック(QB)がパスを投げ終えた数秒後に背後からタックル。QBはそのプレーで負傷退場した。日大の守備選手はその後のプレーでも不必要な乱暴行為を続け、5プレー目で退場処分となった。
もちろん興味本位で取り上げるつもりはない。特に怪我をされた学生の方の快癒を心よりお祈りする。
5月6日に行われた試合でのできごとだ。動画がYouTubeで公開されていた。アメリカンフットボールには詳しくないが、動画を見る限り、どうみても危険きわまりない、というのが正直な印象だ。
とはいえ、これほど大きな反響を呼ぶまでにはしばらく時間がかかったように思う。Googleトレンドで見る限り、大きな話題になったのは5月14日だが、これは他大学が対戦を拒否したとしてマスメディアで大きく報じられた日だ。当初、批判が広がったのはネット上での拡散、特に動画が拡散したからではなかろうか。
別のいい方をしよう。もしこの動画拡散がなく、直接試合を見た一部のアメフトファンしか知らなかったとしたら、この件はこれほどの問題にはならなかったのではないか。
この点が気になるのは、ツイッター上でこの件に関するツイートやリツイートをしている中で、「あのくらい当然」「監督に指示されなくてもやる」「アメフトやってる人間ならわかるはず」みたいな反応がちらほらみられたからだ。メディアでみる限り、アメフト関係者を含むスポーツ関係者やその他さまざまな人たちが今回の事例に関して「これはひどい」と憤っているようにもみえる。みえるのだが、どうも内心そうは思ってない人もけっこういるのではないか、という気がしてならない。
この反則は監督の指示に基づくもの、とする報道が複数ある。
ニッカンスポーツ 2018年5月16日
内田監督は試合前に関学大QBを負傷させる趣旨の命令を選手にしていたともいう。実際に関学大戦後には「うちは力がないから、厳しくプレッシャーをかけている。あれぐらいやっていかないと勝てない。やらせている私の責任」と、指示を思わせるような発言もしていた。
HUDDLE WEB 2018.05.15
「試合に出場したかったら、1プレー目で相手のQBを壊してこい」
日大・内田正人監督が反則をしたDLにそう指示したのは試合前日だった。『壊してこい』というのは、『負傷をさせろ』という意味だ。当該選手は1年生の時から主力選手で、2年時の昨年も大活躍をしていたが、今年は試合出場機会こそ与えられていたものの干されており、精神的にはかなり追い込まれた状態だった。
そのDLに対し、内田監督は試合出場の条件として関学大のQBに負傷をさせることを指示し、コーチAは「何をしてもいいから壊してこい」と指示した。
さらに試合直前、監督から再度、当該DLに対し前日と同様の指示があった。その後、コーチAから「やらないというのはないからな」と念押しされた。
MBS 2018/05/14
関学のコーチ陣も「退場になっているにも関わらず、監督やコーチに怒られている様子も全く見られなかった」と、反則後の日大ベンチの反応を疑問視しています。
このような指示が本当にあったとすれば異常なことだ、とする意見が多くみられるようだが、本当にそうなのだろうか。この種のことがある日突然行われるとは正直考えにくい。ふだんから似たようなことをやっていたのだろうとみる方が自然ではなかろうか。ある種の「慣習」がある、と報じた記事もある。
反則タックルを指示した?日大アメフト監督は永久追放の可能性も
日刊ゲンダイDIGITAL 2018年5月16日
大学アメフトの強豪同士による一戦で起こった今回の騒動は、日大による報復ともっぱらだ。日大が27年ぶり21回目の頂点に立った大学日本一を決める昨年の甲子園ボウルでのこと。1年生QBの林が第3クオーターに相手の執拗なマークに遭い脳振とうで戦列を離れた。数分後に戻ったが、プレーに精彩を欠いた。アメフトでは、特に司令塔であるQBが潰された場合、相手のQBに倍返しする「慣例」があり「日大側は去年の甲子園ボウルの報復をしたのではないか」(アメフトに詳しいスポーツライター)という。
信じがたいがさもありなんでもある。こうしてみるとそもそも、このスポーツ全体がこうしたことが起きる素地を持っていた、とみる方が自然であるように思う。アメフトは日本ではいまひとつ人気がない感があるが、こうした部分が1つの原因なのかもしれない。
日本大学のアメフトチームが悪質タックル 暴力まかり通るチーム体質?
THE PAGE 2018年5月15日
実は、相手チームのエース、特に司令塔であるQBをターゲットに定めて「潰せ」「倒せ」を合言葉にハードタックルを仕掛けることは珍しいことではない。オフェンスラインを突破してQBにタックルを仕掛けるプレーは「QBサック」と呼ばれて賞賛される好プレーだ。指導者や、チームリーダーは、試合前に極限まで集中力とモチベーションを高めて恐怖心を消し去ってフィールドに選手を向かわせる。筆者は「殺す気でいけ」という物騒な言葉をミーティングで発したという話を聞いたこともあるし、実際、ハードタックルで、エースQBが負傷して優勝を逃すーーという事態まであった。
この監督は日大の常務理事(人事担当)であるわけで、もし監督の指示があったということであれば、一般の常識からみてこれは大学全体の一大不祥事であるはずだが、大学のウェブサイトには何も出ていないようだ。以下の流れをみても、大学側の対応もあまり真剣であるようにはみえない。組織のリスクマネジメントとして大変に拙い対応といわざるをえないが、もし大学の経営陣の一角を占めるこの監督がふだんから似たような指示をしていたのであれば、大学全体がそれほどの問題とは考えなかったとしてもおかしくはない。
ニッカンスポーツ 2018年5月16日
◆7日 関学大QBが右膝軟骨損傷と腰の打撲で全治3週間の診断受ける。後に左脚のしびれを訴える。
◆9日 関東学生連盟が理事会で協議。
◆10日 同連盟が日大DLの対外試合禁止、日大指導者に厳重注意の処分。日大は内田監督が8月末までの現場指導を自粛することを連盟に申し入れ、部のウェブサイトで謝罪文を掲載。関学大は直接謝罪がない日大に抗議文を送付。
◆11日 関学大が抗議文の配達証明を受け取る。夜、日大コーチから関学大に「当該選手を連れて謝罪に行きたい」との連絡が入ったが保留する。
◆12日 関学大の鳥内監督らが会見。抗議文への回答期限を16日とし、内容次第で来年度以降の定期戦拒否の考えを示す。鳥内監督は全体練習で部員に一連の経過を報告。日大の内田監督はこの日の関大戦以降も姿を見せず。
◆14日 日大が予定していた20日法大、6月9日東大、同10日立大のオープン戦中止が決定。対戦相手3校が連名で安全優先を理由に対戦を拒否した。
スポーツと体罰については、以前に書いたことがある。その中では、学校スポーツの現場において体罰が容認されやすい傾向にあるという複数の調査・研究を紹介しているが、危険性があるがゆえに禁止されているはずの反則も、こうした傾向がある人々の間では一定範囲で容認されやすいのではないか、と想像する。ツイッターでは「けずるのは当たりまえ」といった声もみかけた。真剣勝負ならそのくらい「厳しく」やらなければ勝てない、という考え方だ。
シノドス2013.10.07
こうした考え方の人々も、おそらくこの考え方が社会一般には通用しないことを心得ているのだろう。だから隠そうとするわけだ。大相撲における暴力が話題になったことも記憶に新しいが、その際も相撲協会の閉鎖的な対応が目立った。学校スポーツにおける体罰も同様だ。その意味で今回のケースは、動画がネットで拡散したことによって「たまたま」多くの人の目に触れて「しまった」ために大きな問題となったものであり、彼らにとっては不本意な流れだろう。逆にいえば、ネットでの可視化が問題を明るみに引き出すことにつながった。不幸なできごとではあったが、今後の流れによっては問題の「改善」につながるかもしれないし、ぜひそうあってもらいたい。
ただ、問題はスポーツ関係者だけにとどまるものではないと思う。上掲のシノドス論考では、そうした考え方の背景に、スポーツに対する一般の人々の「期待」がある、と書いた。自分では耐えられないような厳しい世界で生きる選手たちのようすを娯楽として消費している(「感動をもらった」とかいうのはまさにそれだ)わけだ。
そうした、スポーツに「感動」、選手に「ストイックさ」を求める私たちの無邪気で無慈悲な好奇心と期待が彼らをどれだけ追い詰めているか。体罰やそれに起因する諸問題だけではない、スポーツをめぐるさまざまな問題がここから生まれている。
アメリカンフットボールはもちろんきちんとしたルールのあるスポーツだが、数あるスポーツの中では有数の激しい、悪くいえば「暴力的」なスポーツといえる。それを最も歓迎しているのは観客だ。YouTubeには競技中の激しいプレーの動画が数多く公開されている。いくつか挙げたこれらは、見た限り、今回のようにボールを持っていない選手への反則行為ではなく、あくまでルールに基づいたもののようだが、これだけ多くの動画があるところをみると、多くの観客たちがこうしたラフプレーそのものを娯楽として楽しんでいることは否定できまい。
ルールに基づくラフプレーと悪質な反則は違う、と主張されるだろうが、今回のケースのような露骨な場合はさておき、実際のゲームにおいてラフプレーと反則の分かれ目が微妙であることは、判定をめぐるもめごとがよくみられることからもわかる。しかも、反則は危険だがルールに則ったラフプレーであれば安全、とは限らない。上掲の動画をみればとても安全とはいいがたいことが一目瞭然だが、実際こうした激しい衝突で健康を害する選手は少なくない。脳へのダメージについては昨今大きな問題となっている。
Almost every NFL player who donated his brain to science had brain disease
QUARTZ September 19, 2015
Expert discusses dangers of high contact sports
Al Jazeera 17 Sept 2017
むしろ反則を「当然の一部」として取り入れ、決定的な問題が生じないように競技者が協力して工夫しているプロレスの方が安全ではないかとすら思う、というのは半ば冗談だが、アメリカンフットボールに限った話ではなく、そもそもこうした激しい身体的接触が日常的に起きるようなスポーツのあり方自体を考え直すべき時期にきているのではないか、と思う。安全を志向すれば迫力が減り観客が減る、と危惧する声もあろう。もしそうなら、それこそが、上掲シノドス記事で「スポーツ関係者を追い詰めている」と指摘したものだ。
今回の件でまっさきに頭に浮かんだのは、古くて申し訳ないが1975年の米国映画『Rollerball』だった。ルール無用の暴力的なスポーツを刺激的に描いたこの作品で「近未来」と設定された舞台は、調べたら奇しくも2018年だ。東京も舞台の1つになっている。特に印象的だったのは、選手より、退屈から逃れようと暴力的なスポーツに熱狂する観客の姿だった。
ローラーボールは架空のスポーツだが、こうしたラフプレーを娯楽として消費する人々は現実にも存在する。その結果選手たちが直面する問題も現実だ。2015年の作品『Concussion』はNFLの選手たちと慢性外傷性脳症との関連を発見した医師の実話が元となっている。
個人がその自由意志に基づいて自らの身を痛めてまでも高いパフォーマンスを追求することについては、ある程度の自由が認められるべきだろう。だがそれは、たとえばスポーツ基本法第1条に定める「国民の心身の健全な発達、明るく豊かな国民生活の形成、活力ある社会の実現及び国際社会の調和ある発展に寄与する」という目的に沿うものといえるだろうか。そこそこ高い確率で健康を害する行動を政策的に保護し公的に支援すべきものなのだろうか。それを選手たち、指導者たちに求めているのは、彼らから「感動をもらっている」私たちなのだ。
悪質な反則も、一部の不心得な選手や指導者が悪意で行うというより、上記の路線、すなわち、怪我をおして競技に出る選手、勝利のためにはすべてを犠牲にすることを厭わない選手が讃えられる社会の延長線上にある、と思う。このことへの自覚と反省が社会の中で広く共有されなければ、この種の悲劇がなくなることはないのではないか。そんな気がしてならない。