移民背景のある若者に「安心できる居場所」がないままなら、北欧社会の分断は広がるという懸念
ノルウェーでは社会の分断を表す言葉として、「私たち」「あの人たち」(彼ら/彼女たち)を意味する「oss」「dem」という表現がある。言語と文化が似ている「スカンジナヴィア諸国」の「ノルウェー」「デンマーク」「スウェーデン」は似ているが、移民政策と移民・難民に受け入れに対する社会の空気が大分異なる。最も受け入れに厳しいのがデンマーク、対照的に寛容なのがスウェーデン、ノルウェーはその真ん中を右往左往している。
「oss」「dem」という分断を示す地域やシンボルは複数あるが、首都オスロの「あの人たち」の象徴として「グロウダーレン」(Grouddalen)という地域がある。ここは肌の色が茶色系の人が多く、イスラム教徒、移民、貧困層が多めという、「首都オスロの課題」が集中した街のひとつだ。統一地方選挙となると、このエリアの市民がどの政党に投票するのか、そもそも「ソファに座って投票に行かない『ソファ有権者』が投票行動をとるか」が注目点となる。
先日、この地域でオスロ・メトロポリタン大学主催の「オスロ南部の若者、リンケビーとスウェーデンから学べることは何か」というセミナーが開催された。オスロ中央駅から電車で30分以上離れた南部には、グロウダーレンなど「課題が多い地域」がある。「リンケビー」(Rinkeby)はスウェーデンの首都ストックホルムにある、同じく「首都の課題」「市民の不安や不満」が集中した「移民の若者による暴動」「貧困」「排除」のイメージが強めの場所だ。
ノルウェーでなぜ「スウェーデンの課題から学ぼう」という態度が浮上しているかというと、現在スウェーデンでギャング抗争が問題となっており、組織が隣国ノルウェーでもネットワークを広めつつあるとノルウェー警察筋で報道されているからだ。「移民の若者」「若者」は組織に「リクルート」されており、リクルートを止めるためにも、社会が若者や移民との「溝」を埋める努力が防止策にもなる。グロウダーレンなどの「課題のある地域」はギャングがリクルート対象として狙いを定める可能性もあるため、リンケビーの関係者がここで体験談を共有するのは筋が通っている。
セミナーではストックホルムで若者のための施設で働くShureh-Zamir Abdiさんが来て、現地での取り組みを紹介した。「リンケビーには若者たちによる独自の言語と文化アイデンティティが形成されています。『聞いてもらいたい』『見てもらいたい』『カオスを作ったら注目を浴びれる』という欲求が若者たちのなかにはあり、若者のコミュニティでは独自の『権力空間』が構成されています」
「今の時代の子どもたちは、これまでの時代の子どもたちとは違うことを私たちは理解する必要があります。出身国がそれぞれ異なる子どもたちの集合体で、TikTokやイーロン・マスク時代の子どもたちなんです。親は子どもたちのいる空間からはじき出されていますが、子どもたちの『言葉』を理解しなければ、子どもたちの問題が何かさえも理解できません。親はTikTokを使って理解しようとする必要がありますし、子どもたちが組織にリクルートされないように、『安心できる居場所』を私たちは提供する必要があります」
スウェーデンとノルウェーの経験から以下のようなことも指摘された。
- 若者やリンケビー出身やソマリア出身など、似たような背景以外の人とも子どもたちはつき合う必要がある
- 子どもたちは「自分は誰かを知ろうとしている」プロセスの真っただ中におり、影響されやすい
- 男子は暴力、女子は家庭内コントロールなど、男女の課題は異なる
- 今の時代の人間関係にはSNSが深く関わっており、昔のような「友達の家のドアを叩く」文化はない
- 地元市民と自治体機関の信頼関係にヒビが入っている
- イスラム教徒の家族内では、男子は「兄たち」こそが「自分たちを気にかけてくれる・守ってくれる存在」であり、警察や国を信頼していない
- 若者は「問題扱いされる」ことに嫌気を感じている
- 若者を「問題扱い」するのではなく、地域の「課題解決役」になってもらう。その際は労働証明書や給料も出す。大人とは違う解決策を若者は提案できる
- 若者のための施設では適した職員を雇う必要があるので、若者に面接官になってもらう
- 負の側面にフォーカスしすぎると「負の連鎖」が起きる
- メディアはネガティブなことばかり報道
- リンケビーは若者が有意義なフリータイムを過ごせる「居場所」として「未来の家・Framtidens Hus」を運営
- 「課題のある地域」を「ゲットー」扱いするのではなく、「good vibes/グッドバイブス/良い雰囲気がある地域だ!」という解釈をする
- ノルウェーはスウェーデンにもデンマークのようにもなりたくはない。デンマークのように一部地域を「ゲットー」指定するなどの厳格すぎる政策もとりたくはないが、スウェーデンのように気が付くと若者がリクルートされ暴動に巻き込まれているという事態も避けたい
ノルウェーは兄弟のようなスウェーデンとデンマークの間で、「どうしようかな」と良い点・反省点の両方から学び、「いいところどり」「別のモデルを模索したい」をしたい立場にいる。だからこそ、「なぜ、今スウェーデンで暴力の波が続いているのか」という分析記事がいくつも掲載されている。
社会の分断であれ、ギャングにリクルートされる若者問題であれ、共通するのは社会が現代の移民背景のある若者文化を理解できていないという壁だ。「私たち」「あの人たち」という裂け目がある限り、問題はこれからも複雑化していくだろう。スウェーデン・移民背景のある若者・特定の地域だけを「問題児扱い」するのではなく、セミナーで指摘されていたように若者コミュニティのコードを大人たちがもっと理解しようとし、若者にも課題解決役になってもらうなどの取り組みをしてみるなど、北欧各国で共に考えていく必要があるのだと思う。「社会に除外されていることを感じる地域」ではなく、自宅・学校・職場でもない「ほっとできるサードプレイス(第三の場所)」づくりは解決の鍵のひとつとなりそうだ。
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