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アップルのVision Pro「鶏が先か卵が先か」のジレンマ アプリの数とユーザー数、どっちが先か?

小久保重信ニューズフロントLLPパートナー
(写真:ロイター/アフロ)

米アップルが今年2月に発売した同社初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレー(HMD)「Vision Pro(ビジョンプロ)」が苦戦を強いられている。

開発者が積極的にならずアプリの数が増えない。端末の売り上げも予想を下回っているようだ。

新規アプリの登場ペース、大幅鈍化

米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)によると、ソフトウエア開発者の中には、当面この端末用アプリを開発しないと決めた人もいる。

キラーアプリが十分にそろっていないことから、あまり役に立たないと感じ、端末を売却した人もいるという。

「これは鶏が先か、卵が先かのジレンマだ」と、かつてアップルでVision Proに携わり、現在はカナダのベンチャーキャピタルで、この分野の投資に関わるバートランド・ネプブー氏は述べている。

米調査会社のアップフィギュアーズ(Appfigures)によると、Vision Pro向けの新しいアプリが登場するペースは大幅に鈍化している。

24年9月にリリースされたアプリはわずか10本で、端末発売後最初の2カ月間にリリースされた数百本から減少した。

利用できるアプリは9月時点で約1770本あったが、そのうちVision Pro専用に開発されたものはわずか34%にとどまった。残りは既存のアップル端末向けアプリにVision Proの機能を追加したものだという。

アップルは24年8月、Vision Pro向けに開発されたアプリは2500本以上あると発表した。アップフィギュアーズはこの2つの数字の違いについて、一部のアプリが分析チャートに載るほど利用されておらず、同社のような調査会社が検出しにくいことが一因だとしている。

Apple Headset Stalls, Struggles to Attract Killer Apps in First Year

https://www.wsj.com/tech/personal-tech/apple-vision-pro-software-sales-fec324c0

Vision Proの初年出荷台数を引き下げ

Vision Proのエコシステム(経済圏)は、スマートフォン「iPhone」や腕時計型端末「Apple Watch」よりも成長が遅いとWSJは報じている。

2008年にiPhone向けアプリ配信ストア「App Store」が立ち上げられてからほぼ1年後、アップルはアプリが5万本あると明らかにした。Apple Watchは発売から5か月後に1万本に達した。

アップルはVision Proの販売台数を明らかにしていない。だが同社製品の市場動向やサプライチェーン情報に詳しい中国TFインターナショナル証券のミンチー・クオ氏によれば、アップルは初年の出荷台数を当初の70〜80万台から40〜45万台に引き下げたという。

実験的な販売戦略、端末価格60万円

アップルが「空間コンピューター」と呼ぶこの製品は、完全にデジタルの映像世界に没入させる仮想現実(VR)と、目の前の現実風景にデジタル情報を重ね合わせて表示する拡張現実(AR)、を融合させた複合現実(MR)のヘッドマウント端末だ。

オペレーティングシステム(OS)「visionOS」を搭載しており、ユーザーは目、手、声を使って操作し、ゲームやエンターテインメント、ビジネス、教育分野など様々な用途で利用できる。

アップルによれば、動画配信サービス「Apple TV+」をはじめとする様々なプラットフォームのコンテンツを幅100フィート(約30メートル)相当の画面で視聴できる。

このほか米マイクロソフトの「Microsoft 365」や、米セールスフォースの「Slack(スラック)」といった生産性・協調作業アプリも利用できる。

Vision ProはApp Storeを搭載しており、iPhoneやタブレット端末「iPad」向けに提供されている100万種類以上のアプリが利用できる。

ただ、端末価格は3499ドル(日本では59万9800円)からと、高価だ。これについてWSJは、「アップルは、実験的な戦略でVision Proを発売した」と報じている。

つまり、幅広い消費者に受け入れられる前に、高価格製品を市場投入し、まだ初期段階にあるこの業界に弾みをつけようとした。しかし、Vision Proが人気を得るには、iPhoneで用意されているようなキラーアプリが必要だった。

これまでのところ、多くの開発者が様子見段階にあるため、この端末のエコシステムはゆっくりとした進展にとどまっている。

VR・AR端末の世界出荷台数、24年は1.5%減

米調査会社IDCによると、VR・AR端末の24年4〜6月期の世界出荷台数は、前年同期比28.1%減の110万台にとどまった。

米メタが60.5%のシェアでトップとなり、その後ソニー、アップル、中国・北京字節跳動科技(バイトダンス)、中国XREAL(エックスリアル)と続いた。

減少は今後も続くと予想され、24年の年間出荷台数は前年比1.5%減の670万台になる見通しだ。

一方、25年は新しいテクノロジーと、より手頃な価格の端末が登場し、市場は41.4%の成長を遂げるとIDCはみる。

28年には2290万台にまで拡大し、それまでの5年間の年平均成長率(CAGR)は36.3%になると予測している。

Mixed and Extended Reality Headsets to Drive Strong Growth Through 2028, According to IDC

https://www.idc.com/getdoc.jsp?containerId=prUS52598524

  • (本コラム記事は「JBpress」2024年10月24日号に掲載された記事を基にその後の最新情報を加えて再編集したものです)
ニューズフロントLLPパートナー

同時通訳者・翻訳者を経て1998年に日経BP社のウェブサイトで海外IT記事を執筆。2000年に株式会社ニューズフロント(現ニューズフロントLLP)を共同設立し、海外ニュース速報事業を統括。現在は同LLPパートナーとして活動し、日経クロステックの「US NEWSの裏を読む」やJBpress『IT最前線』で解説記事執筆中。連載にダイヤモンド社DCS『月刊アマゾン』もある。19〜20年には日経ビジネス電子版「シリコンバレー支局ダイジェスト」を担当。22年後半から、日経テックフォーサイトで学術機関の研究成果記事を担当。書籍は『ITビッグ4の描く未来』(日経BP社刊)など。

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