メキシコ野球の奥深さ:プロアマ混成のウィンターリーグ
例えば、冬場のクラブチームの野球大会に、ジャイアンツの坂本が参加していたらどうだろう。
日本ではまず考えられないことだが、メキシコではそんなに珍しいことではない。さすがに夏のトップリーグのトップ選手は、トップウィンターリーグ、メキシカンパシフィックリーグでプレーするが、レギュラー級の選手も参加する冬場のアマチュアリーグがメキシコにはいくつも展開されている。
地域スポーツとしての野球
サッカーの国というイメージがあるメキシコだが、かつては野球人気がサッカー人気を上回っていた時期があり、現在でも、地域によっては野球人気がサッカー人気を凌ぐ、あるいは肩を並べているところもある。
この国に野球が伝わったルートは主に3つある。アメリカ海軍による太平洋岸ルート、テキサスからメキシコシティに至る鉄道建設に伴うアメリカ人労働者による伝来ルート、それにキューバ人による南部ユカタン半島ルートである。このルート上、あるいはその周辺は現在でも野球人気が高く、プロリーグのスタジアムも活況を呈している。このうち、ユカタン半島の中心都市、メリダにはメキシカンリーグの強豪、レオーネス・デ・ユカタン(ユカタン・ライオンズ)が長らくフランチャイズを置いており、国内最大級のククルカン・アラモ球場には毎試合多くのファンが詰めかける。昨年まではメキシカンリーグの冬季ファームリーグがこの周辺に開催され、この冬もユカタン半島に展開される地方リーグがこの球場でホームランダービーを行っている。
公設リーグ、「リガ・メリダーナ」
それとは別に、メリダ市周辺で行われてるウィンターリーグがリガ・メリダーナ(メリダリーグ)だ。メリダ市により実施されているこのリーグは、市郊外の球場をホームとする6チームが、9月末から12月半ばまでの週末に各チーム20試合ずつのレギュラーシーズンを戦い、上位2チームが3戦2勝制のプレーオフを行って年内にシーズンを終える。
試合の入場は無料、球場にもユニフォームにもとくに企業の広告などは入っていなかったので、スポンサー収入もないだろう。それでも、外国人を含むプロ選手には邦貨にして週4万円、アマチュア選手にも1万5000円ほどの手当てが支給される。日本の独立リーグと同等の待遇だが、こちらは平日については自由なので、ほとんどの選手は本業のかたわらリーグ戦に参加している。選手には一応報酬は支払われているが、プロ選手を除いては、これで生活しているわけではないので、リーグはアマチュア、セミプロということになっている。日本で言えば実業団のような扱いなのだろう。
チーム名には、ディアブロス、ロッキーズなどメキシカンリーグやメジャーリーグのチームと同名のものもあるが、各チームはとくに親球団をもっているわけではない。審判員に関してはメキシカンリーグから派遣されるが、選手の育成目的で行われているわけでもなく、プロ選手は夏の所属球団の意向とは無関係に自身の意志でこのリーグに参加している。プロ選手の中には、夏のメキシカンリーグのマイナーでプレーする若手のほか、トップリーグでプレーする者もいる。
プレーオフに進出したディアブロスの投打の主力選手は、メキシカンリーグのロッホスデルアギラ・デ・ベラクルス(ベラクルス・レッドイーグルス)の所属だった。チームリーダーのルイス・スアレスは、メキシカンリーグでも、レギュラー外野手として活躍し、投手のロベルト・エスピノサは、この冬、メキシカンパシフィックリーグのベナドス・デ・マサトラン(マサトラン・ディアー)でもマウンドに登っている。冬のトップリーグのベンチ入りロースターを外れた選手は、しばしば、下位リーグでプレーすることがあるようだ。
彼らの存在は、このリーグをスペクテイタースポーツとして耐えうるものにレベルアップしている。
地元民にも人気の娯楽
各チームの本拠地球場は、草野球場と言っていい小規模で粗末なものだ。その球場に試合となると、入場無料ということもあってか、多くの野球ファンが足を運ぶ。
取材した試合は、プレーオフとあって、500人ほどしか収容できない小さなスタンドは満員の盛況。スタンドには応援のバンドが陣取り、球場内外には屋台も出店している。
このような様子から、このリーグが地元民の娯楽として定着していることがわかる。昼間とあってか、球場内ではアルコールは売られていなかったが、1ブロック行ったところにある酒屋から仕入れたビール片手に男たちは声援を送る。日曜の昼下がり、人々は野球という娯楽を心から楽しでいた。
ユカタン半島にはプロサッカーの1部リーグのチームはない。このような草の根リーグにも多くの観衆が詰めかけるところに、「メキシコ野球発祥の地」における根強い野球人気を感じられずにはいられない。
(写真はすべて筆者撮影)