「コロナ禍での成人式」という、自治体にとって複雑・困難なコンプライアンス問題
1月7日、私の事務所宛てに、横浜市民のA氏から電話があった。
「1月10日に予定されている、全国的に見ても最大規模の横浜市の成人式は、オミクロン株感染の急拡大の状況下で、十分な感染対策がとれているとは言えず、感染拡大を招く危険性があり、中止すべきだと、市当局や関連する団体や市議会等に繰り返し意見を述べてきたが取り合ってもらえず、市当局は全く聞く耳すら持たない」という話だった。
昨年7月までコンプライアンス顧問を務め、山中竹春市長を様々な問題で批判してきた私に、横浜市のコンプライアンス問題だとして情報を提供してきたものだった。
A氏によると、横浜市の成人式に於ける感染症対策は、所管課によると、「ワクチンの接種証明提示で抗原検査は免除となり、会場でも検温をしていて万全なので大丈夫。しかも、国のガイドラインにも従っている」との説明だったとのことだ。
しかし、オミクロン株に既存のワクチンは有効性が低く、また、2回目の接種から期間が経過し抗体価が減少しているので接種証明は役に立たないこと、抗原検査は精度も低く、特に若年層の無症状の感染者では精度が著しく低下し、検体採取は自分で行うので適切な採取が出来ず、検査結果が不正確になること、検査キットを事前に配られ自宅で自分で行うもので、結果は自己申告制なので、虚偽の申告が出来ること、会場での検温は、無症状感染者や解熱剤を服用している患者は発見できないことをA氏は懸念していた。
オミクロン株が出現して約2週間後には性質が判明し、現在の状態になるであろう事は専門家なら予測出来たはずなのに、「コロナの専門家」を自称する現在の横浜市長が予測出来ないはずはないと言って、山中市長の対応を手厳しく批判していた。
横浜市のホームページの市長定例会見の記録によると、昨年12月23日の年内最後の定例会見で、山中市長は、成人式の感染対策について、以下のように説明している。
と発言している。
しかし、コロナウイルス種の中でも、これまでで最も感染力の強いオミクロン株の感染が急速に拡大しつつある状況で、全国でも最大規模の参加者、しかも、新成人が飲酒の上で暴れたりして騒乱状態になることが多い横浜市の成人式を開催することは、コロナ感染拡大の危険という面でかなりのリスクを伴うことは否定できない。
山中市長が説明している程度の感染対策では不十分であり、オミクロン株感染急拡大の現状に鑑みれば、感染対策上は中止・延期かオンライン開催にすべきというのは、確かに「正論」だ。
しかし、「地域社会と市民の要請に応える」という地方自治体のコンプライアンスの視点から考えると、この成人式の開催をめぐる問題というのは、決して単純なものではない。
成人式は、新成人の門出を祝う、一生に一度のハレの場であり、そのために晴れ着を準備したり、着付けの手配をしたりするなどの準備が早くから始められる。そういう意味で、成人式を中止・延期する、或いはオンライン開催にする、というのは、主催する自治体にとっても大変重い判断だ。
昨年(2021年)の横浜市の成人式も緊急事態宣言下で開催されたが、そこに至るまでには紆余曲折があった。
約半年前の2020年7月、新型コロナ感染の第2波で緊急事態宣言が出ている最中に、横浜市は2021年の成人式の会場での開催を中止しオンラインで開催すると発表したが、そのわずか1週間後の7月15日に、当時の林文子市長が、従来どおり横浜アリーナの大規模会場を行う考えを示し、方針を変更した。市の決定が僅か1週間で市長の判断で覆されたことの背景に、何らかの政治的な力や、成人式の開催に重大な利害関係のある業界からの要望があったことが想像できる。
当時、横浜市のコンプライアンス顧問を務めていた私は、7月28日、市長以下局部長等の幹部が出席して開催されたコンプライアンス委員会の場で、「市民の関心の高い成人式の開催形式について、横浜市としての方針が僅か1週間で変更されたことは、市の重要事項の決定に関する信頼性にも関わる問題でもあり、方針公表の前に、市長も含めた十分な検討の上での開催形式の公表が必要だったのではないか」と意見を述べた。
実際の2021年1月11日に開催された横浜市の成人式は、ちょうど、第3波の感染で緊急事態宣言が出される中、神奈川県では9日に新規感染者が999人に達するなど急増する中での開催となった。
横浜市は3万6000人を対象にした成人式を、横浜アリーナとパシフィコ横浜の2会場に分散して開催し、各開催時間も15分に制限したが、会場周辺で酒を飲んで暴れる新成人もいるなど、平穏な成人式とは言い難い状況だった。
感染者は、その後も増加を続け、ちょうど、成人式から10日後にピークを迎えた。まさに成人式強行の影響が感染者増加につながった可能性があるが、その後、感染者は急激に減少。結局、成人式開催が、コロナ感染者増加をもたらしたとして批判される事態にはならなかった。
成人式に向けての晴れ着の調達、着付けの手配などは、前年の春頃から予約が始まり、業者が準備を進めていくと言われている。開催中止や開催形式の変更が直前になって決定さされた場合、関連業界に重大な影響が生じる。2020年7月、成人式の半年も前に、横浜市が、一旦オンライン開催の方針を公表したのも、遅くともその時期までには開催形式を決定する必要があるとの配慮からであろう。
このような2021年成人式の前例がある以上、横浜市の担当部局としては、余程のことがない限り成人式開催の中止やオンライン化という決断はしにくくなったと言えるだろう。
今年2022年の成人式に向けての状況は、8月まではデルタ株の感染拡大で大変な状況になっていたが、その後、ワクチン接種の効果もあって感染は収束、年末には、一日の感染確認者が一桁という状況にまでなっていた。年明けからオミクロン株の感染が急拡大しているとは言っても、緊急事態宣言は出されておらず、コロナ蔓延防止措置の対象となったのは沖縄、山口、広島の3県のみで、イベントの開催制限も行われていないという状況だ。直前になって成人式の開催を中止したり、開催形式をオンラインに変更したりすることは考えにくい。
しかし、前述したように、オミクロン株の拡大に伴い、神奈川県の新規感染者が、昨日(1月9日)には443人と、前週比21倍に急増している現状において、成人式を通常どおり開催することによる感染拡大のリスクが相当程度高まっていることは否定できない。諸外国ではかなりの程度進んでいるワクチンのブースター接種が日本では殆ど行われていない中、感染力が極めて強いオミクロン株の感染が急拡大すれば、医療体制に甚大な影響を与え、市民の医療に深刻な影響を与える可能性もある。デルタ株などと比較すると重症化しにくいと言われているが、日本では実際の重症化の程度は未知数であり、感染が高齢者に拡大すれば、その中から一定数の重傷者・死亡者が出る可能性も否定できない。
横浜市として重要なことは、感染対策には限界があり、オミクロン株の感染リスクが相当程度あることを認めた上で、敢えて、予定どおりの開催を決断した市長が、新成人に、感染拡大防止に向けての行動自粛を求めるメッセージを発するべきであろう。
昨年末の定例会見では、「万全の感染防止対策を講じて、新成人になられる皆様を我々お迎えしたい」などと言っているが、「万全の感染防止対策」で新成人を迎えられるような状況ではないことは明らかだ。医学部教授だったとは言え、医師ではない「統計の専門家」であり、コロナ感染症の専門性もなく、本来「コロナの専門家」とはいえないのに昨年8月の市長選で「コロナの専門家」とアピールして市長選に当選したことが、市長就任後に批判されてきた。山中氏にとっては、それが一つの「負い目」になっていることは否定できない。しかし、それを意識する余り、「コロナの専門家」たる市長として開催を決断した以上、「感染対策は万全」などと見せかけようとする気負いは禁物だ。それは、今回の成人式での感染対策に限らず、横浜市のコロナ感染対策全般について言えることだ。
地方自治体が市民の提供する重要なサービスが、一方で、コロナ感染拡大の重大なリスクにつながりかねないという、成人式をめぐる複雑かつ困難な要請に応えていくため、状況に応じ、バランスのとれた判断と対応をしていくことが必要である。