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「何億円パンを売ろうが大量に捨てるなら何の価値もない」借金店を年商2500万円にした 捨てないパン屋

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
ブーランジェリー・ドリアンのパン(ブーランジェリー・ドリアンHPより)

Facebook(フェイスブック)に投稿された記事を読んだのが、「捨てないパン屋」の「ブーランジェリー・ドリアン」を知った最初だったと思う。

「捨てないパン屋」

僕が唯一、

ドリアンで誇りに思っていることは、

パンを捨てないところ。

例えば、

昨年(筆者注:2015年)秋から

年が明けた(筆者注:2016年)今日まで、

毎日たくさんパン焼きましたけど、

1つも捨ててません。。

「捨てないパン屋」

になろうと思ったのは、

まだ菓子パンもやっていた10年前。

その頃、

モンゴル人の友人がうちにホームステイしていて、

その子が、

「パン捨てるのはおかしい」

「安売りすれば?誰かにあげれば、?」と言いました。

「できないよ。そりゃ俺だって一生懸命作ったもの捨てたくないよ。」と僕。

「でも、やっぱり食べ物捨てるのおかしいよ。」

「できないよ。配って歩く時間もないし。」

と言い合いになって。

最後は、、

「日本じゃ、しょうがないんだよ!」

と声を荒げてしまった。

すごく、自己嫌悪だった。

泣きたかった。

正しいのはその子の方なんだ。

日本がおかしいんだ。

出典:「ブーランジェリー・ドリアン」フェイスブックページ投稿記事 2016年1月28日

ゴミ箱にパンを捨てる(フリー画像)
ゴミ箱にパンを捨てる(フリー画像)

830件ものシェア、人々の共感を呼ぶ

ブーランジェリー・ドリアンの店主、田村陽至(ようじ)さんのこの「捨てないパン屋」の投稿は、読んだ人の共感を呼び、830件ものシェア(共有)がなされた。

筆者はマスメディアの方から「食品ロスをなくしているいい事例を知りませんか」と声をかけられることがある。2016年11月、全国紙の朝日新聞の記者から依頼を受け、このブーランジェリー・ドリアンをご紹介した。

朝日新聞の記者の方は、ブーランジェリー・ドリアンを取材しに、広島市へ飛んだ。そして、2017年3月22日付と24日付の朝日新聞で、ブーランジェリー・ドリアンの記事を載せて頂いた。筆者のコメントも掲載された。

パンは捨てられやすい食品の筆頭格。「デパ地下では閉店まぎわまで商品を補充しなくてはならない。そうやって毎日、大量のパンが売れ残り、捨てられている」と食品ロスを研究する井出留美さんは話す。著書「賞味期限のウソ」で、食品廃棄の現状と問題点を指摘した。

 生産者、メーカー、小売り、外食、家庭のそれぞれで廃棄は深刻だが、どこも取り組みは鈍い。その理由を、井出さんは「当事者意識が欠如しているから」と指摘する。

 井出さんは「生活者が自ら動くこと」を提案する。陳列棚の手前から商品をとる。賞味期限は前倒しで設定されていることを知り、捨てる前によく考える。まとめ買いをしない、といったことだ。空腹で買い物に行くと買いすぎるという調査結果もあるという。

 「消費者が変われば業界が動きやすくなり、行政の重い腰もあがる」と井出さん。作りすぎと売りすぎからの脱却を実現することが食品ロスを減らすカギとなる。

出典:2017年3月22日付 朝日新聞

「食品ロスを減らせば売り上げが下がるんじゃないの?」という懸念を払拭

筆者は全国から依頼される食品ロスの講演でも、ブーランジェリー・ドリアンの事例を紹介している。というのも、事業者の間では「食品ロスを減らそうとすると、モノが無くなり、売り上げが下がるんじゃないの」という懸念を抱いていることが少なからずあるからだ。

ブーランジェリー・ドリアンは、売り上げをキープし、その上で、休みを増やすことができている。

雇用する人もパンの種類も減らし、そのかわり、原材料となる小麦は、北海道産の質の優れた小麦を使っている。

こういう事例を紹介しても、「食品ロスを減らすと経済が収縮するから減らしちゃダメ」という意見も多い。2018年10月の、ある地方都市での講演会場の質疑応答の時間にも、背広姿の男性から、そのような趣旨の質問が出された。

2018年10月の、ある講演会場での筆者の講演。講演の対象者がスーパーか食品メーカーか、一般消費者か学生かによっても、出される質問や意見は異なる(主催者撮影)
2018年10月の、ある講演会場での筆者の講演。講演の対象者がスーパーか食品メーカーか、一般消費者か学生かによっても、出される質問や意見は異なる(主催者撮影)

回転寿司は、通常、決められた回転数を超えると、廻っていた寿司を廃棄する。これを「廻さない」形態の寿司店にし、食品ロスを減らし、かつ、売り上げを1.5倍に伸ばした回転寿司チェーンの「元気寿司」の事例なども、講演で紹介している。が、事業者の事例をエビデンス(証拠)としてさらに紹介していく必要があるのを感じている。

企業に経済効率向上と環境配慮を同時にもたらす「マテリアルフローコスト会計(MFCA)」

2000年にドイツから日本に紹介された、環境会計の手法の一つである「マテリアルフローコスト会計(MFCA)」も、経営手法として今こそ見直される時機だろう。製造工程で発生したロスに着目し、ロス(廃棄分)も考慮する。廃棄物のコストや廃棄による環境負荷の大きさを可視化できる。企業にとっては、環境負荷を低減すると同時にコストダウンにもつながる。

「何億円パンを売ろうとも、ドカドカとパンを捨てるのであれば、なんの価値もない」

ブーランジェリー・ドリアンの田村さんは、2018年11月16日、清流出版株式会社から著書『捨てないパン屋』を発行した。本の帯には「借金を抱えたパン屋を再建、年商2500万円に!」という文字が並んでいる。2015年秋から2018年11月に至るまで、焦がしてしまった数個を除けば、パンを1個も捨てていない。

本の中には、大手食品関連企業に、声を大にして伝えたい言葉が詰まっている。

僕は何億円パンを売ろうとも、ドカドカとパンを捨てるのであれば、なんの価値もないと思います。

今まではしょうがなかったかもしれないけれど、これからは本当に許されない。

時代は変わりました。バブルのようなイケイケどんどんの時代ではありません。社会も文化も成熟して大人にならないといけません。

出典:『捨てないパン屋』ブーランジェリー・ドリアン店主 田村陽至著(清流出版)

その通り。持続可能な開発目標(SDGs:エスディージーズ)が2015年9月に国連サミットで採択され、今さえよければ、自分(の会社)さえよければ、という考え方では通らなくなった。

持続可能な開発目標(SDGs:エスディージーズ)(国連広報センターHPより)
持続可能な開発目標(SDGs:エスディージーズ)(国連広報センターHPより)

売り上げの大きさばかりを追い求め、競い合う一部の企業の姿は、滑稽なばかりだ。いくら勝ち誇ろうとも、その裏で大量の食品を捨てていることは、高校生・大学生のアルバイトやパートとして働く人始め、何人もが知っている。

成人の日の新聞広告に掲載された、作家・伊集院静さんの言葉を下記に引用する。

真の大人というものは己だけのために生きない人だ。

誰かのためにベストをつくす人だ。

金や出世のためだけに生きない、卑しくない人だ。

品性のある人こそが、真の大人なんだ。」

出典:2015年1月、成人の日に、サントリースピリッツの全国紙広告に掲載された、作家・伊集院静さんの言葉より

「食べ物は、死にたくなかったのに、死んで恵みを与えている」

田村陽至さんは、著書の中でこうも書いている。

僕は27歳でパン屋になる前に、2002年からモンゴルに2年住んでいました。

その頃、現地で羊をさばくのを手伝ったことがありました。押さえる僕の手を振りほどこうとする羊の最後の力、生きたい、という本能。そこからは、神々しささえ感じました。それを経験すれば「これは余すところなく感謝して頂かないとな」と誰でも思うはずです。

(中略)

食べ物は、みんな死にたくなかったのに、死んで、恵みを与えてくれているのですから。

出典:『捨てないパン屋』田村陽至著(清流出版)

食べ物を捨てることは、食べ物の命を二度捨てることである。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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