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林業が衰退したおかげでスギ花粉は少なくなった!?

田中淳夫森林ジャーナリスト
昨夏がよく晴れていたから今年の花粉は増える?(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 年が明けてまだ寒い日が続くが、すでにスギ花粉情報が出始めているようだ。今年は全国的に多くなるという予報が出ている。昨年の1.5倍以上になるとか。

 花粉飛散量の多寡は、花粉症の人にとっては最大関心事なのだろう。

 そんな人が、よく口にするのが「スギ花粉が多く飛散するようになったのは、大量に植えただけでなく、その後の手入れを怠ってスギが弱ったからだ」。

 この意見は「手入れされない木は弱る⇒弱った木は花粉を多くつくる」という発想から来るようだ。言い換えると「枯れかけた木は、死ぬ前に子孫をつくろうと花粉をたくさん出して飛散させ種子をつくろうとする」理論のようだが。

 誰が言い出したのか。科学的根拠はあるのか。ようするに林業が悪い、と言いたいのだろうか。

 たしかに現在、木材価格は低迷しているため、せっかく植林した山も林業を諦めて放置するようになって、結果、荒れたスギ林も増えた。

 スギは植林時に密に植えるため、間伐しないと密生してしまい、光がよく当たらないから木々は衰弱する。だから間伐など手入れする必要があるのだが、それを怠っている山が少なくない。

 そこで間伐を施せば、スギが元気に育つようになって花粉も減るだろうと考えるらしい。しかし、以前こんな記事を書いた。

花粉症対策の嘘。間伐すればするほど花粉飛散量は増え補助金で潤うカラクリ

 つまり、間伐すると残った木々に枝葉が増えて花粉は増えるという実験結果を紹介したのである。

 今回は、そもそも間伐しないと花粉が増えるという意見に疑問を呈したい。

 そもそも「枯れる前に子孫を残そうとする」と言われると、つい納得してしまいがちだが、なんかヘンだ。そんな実験結果があるのだろうか。あまり科学的とは思えないのだが。

 昔から「生物は死ぬ前に次世代の子孫を残そうとする」という言い方をされてきた。しかし、死ぬほど衰退している時にあえて繁殖をするかどうかは怪しい。

 なぜなら繁殖行動は、動植物ともに非常にエネルギーを使うからだ。花粉と胚珠、あるいは卵子と精子をつくるのは、生き物にとって非常に大きな負担となる。それを受粉(あるいは受精)させるのにも大変なエネルギーを消費する。栄養の多くをそちらに回せば、本体は弱る。しかもつくった花粉なり胚珠は、十分に成熟させられるのかどうかも疑問だ。

 だいたい人間でも飢えたり病気になったら、性欲はなくなるだろう。

 ただトマトは、虫に葉をかじされるなどされると、開花しやすくなることがあるという。ストレスが性成熟を早めるらしい。

 本当は、四季の移り変わりによる気温の低下や長雨などの刺激がスイッチになるのだが、異常なストレスが誤った信号となって花芽形成を始めるのだと考えられている。つまり勘違いによる開花である。

 これを「枯れる前に子孫を残そうとした」と考えるのは、人間側の勝手でちょっと感傷的な解釈だろう。

 それよりも繁殖活動をしばらく休止させ、体力を温存して自らが生き残る戦略を取った方がよい。条件が悪い時はじっと耐えて、隣接する木々が枯れるのを待つ方が戦略としてはよいのではないか。

 だから植物が衰弱すれば、花粉の生産量も減少すると考えた方が理に適っていると思うのである。

 そして、ここが重要なのだが、現在のスギやヒノキの人工林の多くが手入れ不足で健康に育っていないのだとしたら、むしろつくられる花粉量は減っているはずだ。本来はもっとたくさんの花粉をつくって飛散させることができるのに、衰弱しているから、木の本数のわりに少なすぎる量だと考えられないか?

 なにしろスギは、日本の森林面積の約2割、ヒノキも加えれば3割も植えられている。それらがすべて元気に育っている場合、花粉飛散量は、現在よりもずっと多くてもおかしくない。春先には、現在の何倍もの花粉が舞っているべきなのだ。

 現在の手入れ不足、間伐不足のため、花粉の飛散量だ“今ぐらい”で、今ぐらいの花粉症患者数に抑えられているとしたらどうだろう。現在の林業事情に感謝した方がいいのではないか?

 それなのに莫大な補助金を注ぎ込んで、間伐をせっせと行いスギやヒノキを元気にすれば、枝葉が増え、雄花がたくさん育つ。わざわざ花粉の飛散量を増加させる政策をとっているのかもしれない。

 拙著『虚構の森』では、花粉症を巡る異論も多く取り上げたが、花粉症が増えたのは林業のせいという見方にも一石を投じたい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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